透明な羽
尾糊夕
声が聞こえる
シャンシャンシャンシャン――
……うるさい。
せっかくの夏休み初日だというのに、朝早くからセミに叩き起こされる。まだ6時前だ。二度寝しようにも、頭にガンガンと響くセミの声は私の意識を引き戻す。起き上がる気にもならず、大の字のままぼんやりと天井を見つめる。
ああ、今日から夏休みだ。すべての問題を一ヶ月先送りにできる夏休み。だから余計なことは考えなくていい。なにも考えない。頭を空っぽにするんだ。
そうね、そうして、腕を伸ばすの。
腕は今伸ばしてる。
もっと、もっと伸ばすの。遠くの山にも、届くくらい。
え、なに? 誰?
思わず体を起こす。明らかに誰かの声がした気がしたのに、周りには誰もいない。
幻聴……?セミの大合唱を聞きすぎて……?
幻聴なんかじゃないわ。ねえ、こっちに来てごらんなさい。
耳が壊れそうな大合唱に混ざってかすかに聞こえる声。それに導かれるかのように、私の体はベランダに出ていた。
シャンシャンシャンシャン!
一歩外に出ただけでセミの声が体に突き刺さるような感覚になる。耳だけじゃない。肌が、指の先までビリビリして、これは、もう、
あーもう、うるさーーーい!
私は右腕を目いっぱい伸ばし、グッと空気を掴む。指揮者がする演奏停止の合図だ。その瞬間、あんなにうるさかったセミが、滝のように降り注ぐ鳴き声が、ピタリと止まった。
……え、ウソでしょ?
どれだけ耳を澄ましても、一匹の声も聞こえない。まさか今の指揮に反応して…? いやいやいや、まさかまさか。
混乱がおさまらないまま部屋に戻ると、一匹、また一匹と少しずつ、セミが再び鳴き出した。なんだ、さっきのは偶然か。私は少し安心して、一瞬前のファンタジーな勘違いに苦笑した。
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