かなり、前衛的な聯作であると感得を致した次第である。
此の島嶼の韻文詩――とりわけ短歌と呼ばれる詩形に於いては、
峻別をするならば四つの評価軸があると考えられる。
第一、「音韻の調べが佳いか」
第二、「意味の景が立つか」
第三、「一首が独立をしても印象的か」
第四、「暗誦性を附帯しているか」
当作の御作者は、上記四条件の裡、
第三の条件に集中をなされて作歌を為されている箇所に特徴を附帯していらっしゃると考えられる。
「一首の独立印象性」此の一点に特化しているが故に、
他の三条件を半ば棄却していらっしゃる事が最大の個性であり、復弱点である、と評者は考える。
秀歌名歌の条件とは――例外はあれども――前記四条件を突破した地点に見出されうるものであるとするならば、
端から名歌を目的とせぬか、名歌の前提条件を転覆する程の偉業を成し遂げる外には、御作風の活路はあるまい。
尤も、破綻限界まで調律をされた実験作も、評者の嗜好には合致しない訳ではないものであるから、
何時か度肝を抜かれる様な絶唱の一首に相まみえたくも考える所存である。
問題は、
実験の爲の実験に、
自己の詩を喪失をして仕舞う可能性が、
前衛の修辞には常に付き纏うことである。
大仰に傲岸を宣べ奉る程の身分の評者ではないが、一抹の参考ともなれば僥倖に存じ上げる次第である。
最後に、
評者は第二、第十首を殊に愉しく拝読させて頂いた次第である。