『私しかいない』への応援コメント
コメント失礼いたします。
この世界は誰かが見ている夢である、という仮定がありますね。その者にとっては内から湧き出した人々だから、全てが自分と同一であると言えるでしょう。
そういった者は、おそらく神と呼ばれるのでしょうね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
たしかに、それを「神」と呼ぶこともできるのかもしれません。
この世界は誰かが見ている夢であるという仮説は、小説の作者と、その創作世界に生きる登場人物の関係にも、どこか似ているように思います。
作者にとってはすべて自分から生まれたものでも、登場人物にとっては、その苦しみも愛も紛れもなく自分だけの人生です。
ただ、一人の人間として生きる側からすれば、自分がその「神」でもあったと自覚させられることは、果たして救いなのでしょうか。
自分と他人、その境界さえ自分が作ったものだと知ったとき、「私」はどこまで残れるのか。
神になるより、神だったことを思い出してしまう。
今の私には、その方が恐ろしく感じられます。
『私しかいない』への応援コメント
同じことを考えたことがあります。もしも世界中の人間が、何度も転生している私自身だったら?と。
「我、思考する。故に我あり」という言葉がありますが、思考するだけで私が私になるのは、宇宙全体の「時間」が物差しの端から端へと進むような単一の動きである場合のみです。
そして、世界がそんな単純な作りであるとは、私自身の複雑怪奇な内面を見る限り、どうしても思えません。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
時間を超越して順番に全員を生きるのか、自覚がないだけで同時に全員として存在しているのか。
どちらであっても、そのことを自覚してしまった先にある孤独と虚無は、とても恐ろしいですね。