古い家を改装したスペイン料理のカフェ。
庭には大きな楓の木があり、カラスが遊びに来て、祖母の手料理には人をほっとさせる温かさがあって……。
そんな穏やかな日常から始まる物語なのですが、読み進めるほどに「この家には、まだ誰も知らない時間が眠っている」と気づかされていきます。
本作の大きな魅力は、カフェで過ごす何気ない時間がとても丁寧に描かれていることです。
パエリア、ガスパッチョ、フラン、バスクチーズケーキ、水出しコーヒー……どれも香りや温度まで伝わってきそうで、読んでいるこちらまで「この店に行ってみたい」と思わされます。
そして何より好きなのが、祖母・澄江と孫娘・芽衣の関係です。
亡くなった家族の記憶も、新しく築かれた家族とのつながりも、どちらか一方を否定することなく大切に抱えている芽衣。
そんな彼女を穏やかに受け止めながら、時には一緒になって好奇心を燃やす澄江。
この二人が作るカフェそのものが、「家族とは何か」「家とは何を残す場所なのか」という本作のテーマを映しているように感じます。
けれど、この作品は温かなカフェ物語だけでは終わりません。
昔の写真。残された図面。不可解な記憶。家の中に潜む小さな違和感……。
日常のすぐ隣にひとつずつ謎が置かれ、それらが少しずつ線で結ばれていく感覚が実に楽しいです。
怖さ一辺倒ではなく、美味しいものを食べて、笑い合い、人が集まる明るい日常がしっかり存在するからこそ、その足元に潜む「何か」がいっそう気になってしまいます。
タイトルにある『遺言』の意味とは。
そして、この家はなぜ残されなければならなかったのか。
古民家カフェのほっこりとした日常、人と人との優しいつながり、家族の記憶、そしてじわじわと深まっていくミステリー。
「居心地のいい物語をゆっくり楽しみたい。でも、続きが気になってページをめくる手も止めたくない」
そんな方にぜひオススメしたい一作です!