第10話

 子供は、隣の村の診療所に預けることになった。アッシュが届けにいく間、僕はまた一人歩法の練習に励んだ。

 アッシュが戻ってくる頃には日が暮れていた。

 剣術の指導はあまり受けられなかったが、今日は、もっと大切なことを学ばせてもらった。僕はいつも魔獣を倒すことこそ人々を救う方法なのだと思い込んでいた。

 もちろん間違いではない。実際に、多くの人を救ってきたとわかっている。

 ただ、僕には目の前で消えそうな命の灯火を、守る力は持ち合わせていなかった。

 もっと貪欲でありたい。そのためには強くなり生き延びる必要がある。 

 思いの丈をアッシュに伝えると「いいんじゃないか」と言われた。

 もうすでに二日が過ぎた。残る五日で何ができるだろう。しかしそんなことは僕が考えることではない。アッシュに言われたまま、修練すればいいだけだ。

 その夜、また夢にアッシュが出てきた。

新しい歩法を見せてくれた。僕は夢だとわかっていたから、おかしくなって笑ってしまった。

「真面目に見ろ」とアッシュにたしなめられた。

 僕に残された時間を、なんとしても延ばしたい。

 アベルの行方も気になっている。しかし、アッシュの話してくれた未来で共に戦っていたのなら、もうすぐ会えるはずだ。

 余計なことは考えない。目の前のことに集中しろ。そう自分に言い聞かせ、夢の中での修練にも真剣に向き合った。


 朝から、剣術の新しい鍛錬が始まった。アッシュに、今日からは応戦してもいいと言われた。とはいえ、応戦しようとすればできるものでもなかった。

 今までは同じ位置にいてアッシュの剣を受けていたが、これからは動ける。一人で練習した歩法を試せるチャンスだった。

 防戦一方だったが、それでも歩法はそれなりに使いこなせていた。

「なかなかやるな」

 アッシュにも褒められ、僕は少し得意になった。

「だが、歩法だけでは、敵を倒せないぞ」

 たしかにアッシュの指摘どおり、多少、逃げるのが巧くなっただけだと言えなくもない。

 そうして、昨日とは打って変わり、みっちりとアッシュからの手ほどきを受けられ、充実した一日になった。

 トカゲ料理も三日目ともなると、何も感じなくなってきた。もう食事ではなく薬の感覚だ。食べ終わる前に、突然人が訪ねてきた。

 アッシュはドアの前で訪問者としばらく話したあと、「少し出てくる」と言って出かけた。

 僕はただならぬ雰囲気に、何かが起こったことを察した。しかし、僕に関することならばきっと話してもらえたはずだと確信があった。

 アッシュが帰るのを待つか迷ったが、待つ必要があればそう指示されたはずだと気づき、いつも通り早めに床についた。

 今日の夢は驚いたことに、アベルが出てきた。

 アベルからもらった防御用アクセサリーの説明だった。

 元々、魔道具の類いは国か支給されていくつか持っていた。しかし、アベルの作ったアクセサリーは、用途や効果が様々で、持っている物よりも性能がいいようだ。

 一つ気になったのが、アッシュに借りた指輪によく似たデザインの物があったことだ。ただ、夢の指輪は新品だった。

 これだけ数があれば、似たものあるだろう。そもそもこれは夢なのだ。と僕は考え直した。


 そして朝になって、実際にアベルにもらった箱を確認してみた。今つけている指輪と似たデザインの物は入っていなかった。

 僕はどこか期待していたのだ。

 夢の中とはいえ、本当にアベルに会えたのではないかと。


 いつものように台所に向かった。

 そこで僕は息を飲んだ。

 アッシュはなにやら調理をしている様子だが、その近くに、灰色の髪をした子供が立っていた。

「起きたのか?」

 アッシュが僕に話しかけたのをきいて、子供が振り返った。

 金色の目をしている。

 アッシュのいうように、一族はみな灰色の髪をして金色の目を持ちのだろう。

 それにしても……。

 顔がアベルにうり二つだった。

 アッシュは随分年上で、頬に傷もあって、面影を感じた程度だったが、今目の前にいる子供に関しては、僕とアベルが出会った当時の姿そのものだった。

「その子は?」

「驚くなよ」

 アッシュはそう前置きした。

「こいつは、おととい助けた子供だ」

 僕は目を見開いた。今もここに運ばれたときの爛れた顔を鮮明に覚えている。

「どういうことですか?」

「知らん」

 アッシュにもわからないことがあるらしい。

「傷の治りが早すぎるせいで不気味がられて、早々に診療所から引き取るよう言われたんだ」

 昨日の夜、突然呼び出されたのはそういう理由だったのか。たしかに信じられない回復力だ。人間では考えられない。

「どうも、この子は体内の魔力量が規格外のようだ」

 僕は「え?」と聞き返した。

 アベルが魔塔に入ることになった理由。それも、人並み外れた魔力量があったからだった。

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