第2話

「師匠?」


 僕はあえて不快感を露わにした。

 男は口の端を片方だけ微かにあげた。僕の反応を愉しんでいるように見え、さらに不快になった。


「教えを請う相手を敬うのは当然だろう。そんな当たり前のことも知らずに生きてきたのか? 勇者に選ばれて傲慢になっているようだな。まず、なぜ剣を持ち歩かない」

「剣はすぐにでも出せます」


「勇者の装備が召喚できることくらいわかっている。強くないんだからせめて油断はするな」


 僕は拳を強く握りしめた。僕には勇者として多くの人を救ってきた自負がある。そこに驕りがまったくないとは言い切れない。しかし、初対面の相手に、いきなり罵られる謂れはない。


「そちらこそ、最低限の礼儀も身につけずに年を重ねてこられたようですね」

 男は目を細めながら鼻を鳴らした。


「それは違うな。俺くらい修羅場をくぐると、礼儀が無駄だと思い知っているだけだ」


 他にも、年齢を重ねて厚かましくなった人物と出会ったことがある。だからといって受け入れられるわけではない。


「しかしお前、噂通り髪も目も赤いんだな」


 勇者の剣の一つ『フルネーズ』に選ばれたときから髪と目の色が変わった。アベルが驚く姿を楽しみにしていたのに、なぜか今、見知らぬ男から面白がられている。


「僕は『フルネーズ』のマスターなので、当然です」

 男は「ご立派なことで」と皮肉な笑いを浮かべた。


「その勇者様の師匠になるんだから、俺はどれほど立派かわからんな」

「あなたが僕の師匠になることはないので、ご心配には及びません」


 男は肩をすくめておどけたあと、真顔になった。途端に威圧感が迫ってきた。


「俺はすぐさまお前から『師匠』と呼ばれるにはどうすればいいかもわかっている」

「なぜそこまでの自信をお持ちなのか、理解しがたいですね」


 アベルの父親が勇者だったという話は聞いていない。勇者に選ばれていない時点で、覚醒者として僕より劣っているのは確かだった。


「お前が一番自信を持っているのは剣術だろう? それなら剣術で俺がお前を圧倒すれば済むことだ」

「もちろん、圧倒できるのであれば師匠と呼ぶでしょうが」

 僕はあり得ないと思っていた。


「俺が一番得意なのは肉弾戦だ。直接殴りつける時が一番攻撃力を発揮する。だがあえて剣術で勝負してやる。さあ、剣を出せ」

 あまりにも唐突な宣戦布告に、僕は戸惑った。


「待ってください。僕はアベルに話があると言われてここに来たんです。あなたの勝負を受けてたつ理由はありません」


「怖気付いたか?」

「逆です。あなたに怪我を負わせるわけには……」


 言い終わる前に、剣先が煌めき、僕の喉元に迫ってきた。

 避けられないと思ったが、無事だった。


「お前は今、死んだ」

 男は目で追えないほどの速さで剣を抜いて、僕の喉スレスレのところで止めたのだ。


「お前の死因は俺を侮ったことだ」


 男が剣を鞘に収めた。僕の心臓はまだ早鐘を打っていた。今更ながら、背中に嫌な汗が伝う。


「不意打ちは、卑怯ではありませんか」

 男の表情が険しくなった。


「そんな甘い考えだから、お前は死ぬんだよ」


 僕は何も言い返せずに奥歯を噛みしめた。アベルは父親の話をあまりしなかった。父親のせいで苦労を強いられたからだと思っていたが、それだけではなかったのかもしれない。初対面の相手にこれだけの無礼な発言ができるのだから、身内に対しては輪をかけて酷かったのだろう。


 とはいえ、実力はかなりのものだとわかった。だとしても、師匠と呼ぶ気にはなれない。


「ご指摘は真摯に受け止め、これからの修練に反映させます」

「お前が自己流で行う修練ではたいした成長は見込めない」


 歴戦の勇者に比べれば至らないにしても、僕は年齢や経験のわりには実力があると言われている。


「自尊心を傷つけられ憤っているようだが、俺にすら勝てないのであればすぐに『勇者狩り』の餌食になるぞ」



 勇者狩り。ここ一年ほどの間に度々聞くようになった言葉だ。

 勇者は任務の際、基本的にはパーティを組んで行動する。だが、休暇中などの単独行動時を狙われ、命を落とす者が出ていた。

 かなり上位の勇者も含まれていたため、相当な強者が勇者を狙っているのだと噂されていた。もし僕が標的にされたとしたら、確実に殺されてしまうだろう。


「ご心配には感謝いたします」

「わかったならいい。ついてこい」


 男は、今にも外れそうな扉を開けて、家の中に入ろうとした。

「待ってください。弟子入りするとは言っていません」


 男は勢いよく振り向いた。その拍子に扉が外れてしまったため、傍らに打ち捨てた。


「まだわからないのか」

 僕は男を見据えた。


「僕の実力が不足している自覚はあります」

「わかっているなら、来い」


「いえ、まず、確認しなければならないことがあります」


 僕をここへ呼んだのは、あくまでアベルなのだ。まずアベルに会わないことには、決断はできない。


「アベルは、ここにいますか?」

「若い魔法使いなら、もうここにはいない」

 男はアベルと似ているだけで、あまり親しくないのだろうかと疑問が湧いた。


「僕はアベルに呼ばれてここへ来たのです。ですから彼に会ってから今後どうするかを決めます。どこへ行ったんでしょうか?」


「それは俺にもわからん」

「アベルとは会ったんですね?」


 僕の質問に対し、男は無言だった。そして、しばらく僕の顔を見つめたあとで口を開いた。


「ひとつ言えるのは、俺がお前を鍛えるのはその若い魔法使いの希望だ」


 僕は男の顔を見つめて真偽を見極めようとした。僕を殺すつもりで近づいたのであればとうに葬り去られている。それだけの実力差があるのだ。

 本当にアベルから頼まれたのかは確信が持てない。しかし、男の指摘通り、このままでは勇者狩りの犠牲者になりかねない。


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