第34話 惚れさせゲーム③


 女子を呼び出すという経験は人生で初めてのことだった。

 本気ではないとはいえ、普通に緊張する。


 手汗を服で拭い、震えを止めようとぐっと拳を握って俺は彼女のもとへと進む。


「連絡ありがと。まさか、ほんとに倫太郎があたしを選んでくれるとは思わなかった」


「……なんで?」


 訊ねると、黒江はすっと視線を逸らした。

 その先には茂みがある。そこに郷原がいるのだろうか、などと考えてしまう。


「だって、七菜香や凪からアプローチ受けてて、二人とも可愛いし、あたしといるときより楽しそうだったし?」


 じとり、と半眼を向けてくる黒江。

 楽しそうだったかはともかく、黒江に比べると赤城と久白といるときが楽だったのは事実だろう。


 それは気が合うとか優しいとか、そういうのではなくて。黒江きららは終始、まっすぐでありながら、その奥底にあるものが見えなかったのだ。


「可愛いって点で言えば黒江も可愛いと思うけど」


「楽しそうって点では、あたしは違うんだね」


 そういうところだよ。


「でも、俺はお前を選んだ。黒江は自分のことを知ってもらおうとする中で、精一杯俺のことを知ろうとしてくれた。こんな俺でも、誰かに好きになってもらえるんだって思えた」


「……そっか。それがほんとなら、嬉しいな」


 ぽつりと。

 消えるような声で漏らした言葉は、まるで彼女の本音のようで。


 俯いた俺はふうと息を吐く。

 告白をする。そうすれば、黒江は俺を振る。そのタイミングでどこかから現れた郷原御一行が登場し、俺を盛大に笑う。


 それが郷原の筋書き。


「黒江。俺、お前のことを好きになったんだ。付き合ってほしい」


 緊張する。

 結果なんて分かってるのに、あくまでも作戦の上でのプロセスでしかないのに、体も声もめちゃくちゃ震えてる。


 これ、もし本当に誰かに告白するときが来たらどうなるんだろ。襲ってくる緊張は今の比じゃないはずだし、耐えられそうにないな。


 俺はお辞儀をするように頭を下げて、そして右手を差し出す。

 オッケーならば手を握ってくれとでも言うように。逆に、ダメなら叩かれたりするだろうな。


 数秒の沈黙。

 黒江のやつ、エンターテイナーかよ。結果は分かってるんだから、さっさとしてくれ。どこかで見てるであろう郷原を楽しませようとするな。


 そんなことを考えていると。


 すっと、俺の右手が温かいものに包まれた。

 その感触は、まるで俺の存在を確かめるように力強くなる。黒江が両手で俺の右手を包んだのだ。


「よろしくお願いします」


 そう言って、黒江は優しく微笑んだ。

 俺の心臓はその表情に撃たれ、どきんと跳ねてしまう。これまで見てきた彼女のどの笑みよりも、女の子としての魅力が詰まっていたから。


「……黒江」


「あたしも倫太郎のこと好き。付き合お」


 再確認するように彼女が気持ちを言葉にした――そのとき。


 

「どォいうことだよ!」



 茂みから荒くなった声がした。

 そちらを向くと、郷原が鬼の形相をして立っていた。分かっていたけど、その表情を見ると足が竦みそうになる。


「きらら。説明しろよ」


 俺のことは見向きもせず、黒江のところへと向かう郷原。彼に睨まれても、黒江は表情をぴくりとも動かさない。


「ごめんなさい。彼と関わっていくうちに、ほんとに好きになったの。ミイラ取りがミイラにってやつ?」


 からかうように笑った黒江に、郷原がギリッと歯を鳴らす。そして、ようやくこちらを見た。今にも襲いかかりそうな迫力に、俺は後ずさりそうになる。


「おい成瀬。きららはな、お前を馬鹿にするためにオレが提案したゲームに乗ったんだ。お前への態度は全部演技で、こいつはお前を騙そうとしたんだぞ!」


 ごくり、と喉を鳴らす。

 乾いた唇を舐めてから、俺は口を開いた。

 

「……知ってるよ。黒江から聞いたから。彼女はそれでも、俺を好きだって言ってくれたんだ」


 黒江が惚れさせゲームに参加していた。

 という事実を、俺は本当に彼女から聞いていた。この一週間の間に、本当のことを話してもらったのだ。


 いや、これに関しては話してくれたと言うべきか。

 俺は聞くつもりはなかったけど、こちらの話を聞いたとき、彼女が自分から口にしたのだ。



 ――黒江が告白を受ければ、必ず郷原はこのことを口にするだろうと、彼女は確信していたから。


「そういうこと。彼はそれも含めてあたしを受け入れてくれたわ」


 黒江が挑発するように言うと、郷原の眉間にさらに力が入った。今にも殴りかかってきそうな勢いだ。


 一瞬の間ができた、そのとき。


「ちょっと待って!」


 声がした。

 振り返ると、そこには赤城がいて。隣には久白もいる。どうやら久白は復活したらしい。


「七菜香、凪」


 ぽつりと呟いたのは郷原だ。

 しかし、そんな彼のことなど見えていないのか、赤城と久白は俺のところへやってくる。


「わたしもきららと一緒にゲームに参加してたの。でも、信じてほしい。全部嘘なんかじゃなくて……わたしも、成瀬くんのことが好き!」


 ……え?


「わ、私も。ゲームに参加してたけど、でも、騙そうとしたんじゃなくて、成瀬と話す、きっかけが欲しかったの。だから、私も……好き」


 ……ええ!?


「えと、ちょっと待って」


 俺は黒江の方を見る。

 彼女はじとりと半眼を向けてきていて、つまらなさそうにつーんとそっぽを向いた。


 いやいや、こんなの聞いてないぞ。


「だから、もう一度考え直してほしい」


「私を、選んでほしい」


「……えっと」

 

 俺たちがそんなことを繰り広げていたとき、郷原がにやりと笑った。まるで、逆転の一手でも思いついたように。


「……お前らさァ、まじでそんな奴のこと好きになったのかよ?」


 ねちゃりとした、耳障りな声。

 ぞわりと背筋に悪寒が走るような、おぞましい表情。


 郷原はスマホを取り出し、そして画面をこちらに向けてきた。


「そいつ、高校デビューのクソ陰キャなんだぜ?」


 赤城が。

 久白が。

 黒江が。


 郷原のスマホを目にする。

 そこに写っていたのは――中学時代の俺だった。

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