青春編・裏

心得11. 年下の嘘には騙されろ

「あの……先輩、すきです」

顔を真っ赤にした文芸さんが目の前にいた。

青春を失ったはずの僕に何故こんなことが起きているのか。

一つずつ記憶を辿ってみる。


文芸さんは一つ下の学年で同じ文芸部に所属していた。

といっても文芸部に入部したのは僕の方が後だった。

高3のときにオタクさんの手によって半強制的に文芸部への入部を決め、週一回のペースで活動していた。

文芸さんはかなり寡黙な子で、文芸部の活動中もほとんど発言せず、黙々と自分の小説を書いていた。

文芸さんに話しかけられたのは入部して二か月ほど経った頃だった。

『先輩の小説おもしろいです』

文芸さんはそう言ってくれた。

その日はその一言だけで、その後は何も返事をしてくれなかった。

ただその一言で僕に小説を書き続ける理由ができた。


文芸さんに読んでもらうためだけに小説を書く日々が続いたが、文芸さんは部活中は自分の作品の執筆に夢中で人の作品を読んでいる様子はなかった。

「文芸さんって家でみんなの作品読んでるの?」

急に話しかけたため文芸さんはビクッとして動きが止まった。

「急に話しかけてごめん。ふと気になって」

文芸さんはゆっくりと視線をこちらに向けた。

「はい。皆さんの作品は家で読ませていただいています」

そう答えて文芸さんは再び執筆を始めた。

一日に一度しか話せないルールなんだろうか。

「この間、僕の小説を『おもしろい』って言ってくれたけど、どのあたりが良かった?」

文芸さんは俯いた状態で執筆に集中しているようだった。

あんまり邪魔しても悪いので質問は一日に一つまでにしよう。

そんなことを考えていたら文芸さんがこちらを見ていた。

「あ、あの……先輩、あんまり話しかけないでください」

やはり邪魔してしまったようだ。

しかしこんなにストレートに話しかけるなと言われると少し悲しい。

「邪魔してごめん」

ただ誠実に謝ることしか僕にはできない。

「あ、いやっ、その、邪魔とかじゃなく……」

文芸さんは慌ててしまって言葉が上手く出てこない様子だった。

「い、一旦落ち着こう」

「あの……その……い、イケボすぎて、ドキドキしてしまって」

「え?」

イケボ?

僕が?

イケボって、あれだよな。

イケメンボイスってことだよな。

いや、イケてるボイスか?

どっちでもいいけど、僕の声が良いってことか?

「いや、そんなこと初めて言われた」

そのまま声に出ていた。

文芸さんは顔を真っ赤にしていた。

「よ、用事思い出したので帰ります!」

文芸さんは慌ててノートを片付けて教室を飛び出してしまった。

『ははは』とオタクさんが笑っている。

「いや〜、おもしろいから傍観してたけど、まさかコナンくんのことが好きとは思わなかったなあ」

「別に好きとは言われてないよ」

「いやいや、あれは確実に好きだね。文芸さんを泣かせたら許さないからね」

そう言ってオタクさんも教室を出ていってしまった。

文芸さんとはこれまでほとんど絡んでない。

それで好きになることなんてあるのか?

これはきっとオタクさんの罠だ。

好かれてると勘違いした僕が文芸さんに告白して粉砕するのを期待しているんだ。


翌週、文芸部の教室に行くと、まだ文芸さんしか来ていなかった。

「おつかれ〜」

いつも返事は無いが無言で入るのも気まずいので声をかける。

「お、お疲れ様です。先日は、その……変なこと言ってすみませんでした」

予想外に返答があった。

「ああ、全然気にしないで。急に話しかけてびっくりさせちゃったよね」

あれから冷静になって考えたが、『イケボすぎてドキドキする』なんて言うのは焦って咄嗟に出た嘘だろう。

執筆中に話しかけられたくないというのを文芸さんなりにオブラートに包んで伝えてくれたんだ。

それを今さら荒立てようなんて気はない。

ここは年上の余裕を見せるところだ。

「あ、あの、これ……お詫びの気持ちです」

そう言って文芸さんは小さな包みを差し出してきた。

「え、あ、ありがとう。なにこれ?」

「クッキーです。よかったら食べてください……あ、恥ずかしいのでおうちに帰ってから開けてください」

文芸さんは僕に包みを手渡してすぐに教室を出ていった。

『お詫びの気持ち』と言っていたが、まさかそこまで罪悪感を与えてしまっていたとは思わなかった。

悪いことをしてしまった。

オタクさんに見つかるとまた囃し立てられてしまいそうなので包みはすぐ鞄にしまった。

これ以上オタクさんに勘違いされたら文芸さんが可哀想だ。

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