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  • “孤独の太陽”へと参りましたヾ(・∀・)ノ

    脩さんが退部してしまったお話は…
    早慶戦に限らず、野球業界で実際にモデルとなるお話があったのかなぁ? と、思ってしまいました。
    今年の甲子園でもスゲィのがありましたよね。
    『二死満塁のホームスチール』ではありませんでしたが…『タッチアップ』になるのかな?
    三塁走者がいて、打者はライトフライ…
    ライトは三塁走者が「走らない」と判断してセカンドへゆっくり送球…
    それを受けたセカンドは…「もう終わったもの」として、三塁を全然見ていなかった…
    そこの咄嗟の判断でスタートした三塁走者がホームイン!
    正に「迷ったらゴー!」なファインプレーでした!

    ハルピン征き当時…
    博くんは4歳ですか。
    「お母さんを頼んだぞ」と言われて、どんな気持ちだったのでしょうね。

    戦地での野営でウトウトの件…
    お爺様の体験談でしょうか?

    『ラーゲリの早慶戦』の件は、そんな映画がありそうなアイデアですね!
    ソ連の軍人たちも気晴らしになって、きっと楽しかったのではないでしょうか。

    ラストシーン…
    脩さんがホームスチールに成功したのかよりも…
    その後、無事に帰国できたのかどうかが気になります。

    作者からの返信

    コメント有り難うございます!!

    さて、本作『孤独の太陽』につきまして、
    頂いたコメントへの返信並びに、この場をお借りして、「解説」(?)をさせて頂きますね!

    まず、本作の主人公の「脩(おさむ)」さんですが、
    「戦争4部作」の第1作、『流れる雲を追いかけて』の冒頭でも少し書いた通り、プロ野球の名監督・三原脩(みはら・おさむ)さんが、そのモデルです。

    三原さんは、早稲田時代に、早慶戦で「ホームスチール」をやってのけた事が有り、それが決勝点となって、早稲田を勝利に導きましたが、
    ある早稲田OBから、「無謀なプレーだ」と非難され、それに嫌気が差した事と、当時、三原さんが「学生結婚」した事により、早稲田野球部から咎められまして、そんな事も重なって、三原さんは早稲田野球部を、さっさと辞めてしまいました。

    なので、本作では、三原さんに関する、そういった「史実」を踏まえております!

    ホームスチールの件も、失敗してしまったならまだしも、
    成功した上、早稲田が勝ったのですから、それで良いではないか…と、三原さんは思っていたようですが、そのOBとは考え方が合わなかったようですね。

    このように、三原さんは「こうだ!」と思ったら、即断即決する所が有り、結婚のときもそうだったようですが、
    「その即断即決によって、私は人生を切り拓いて来た」
    と、後に三原さんは言っていたそうです。
    本作の「脩さん」も、そういった三原さんのキャラクターに基づいて、書かせて頂きました!

    夏の甲子園での、隙をついたタッチアップの件、面白いですね!!
    それは、本当に三原さんが大変好きそうなプレーだなと思いました!笑

    夜営でウトウトの件は、
    三原さんではなく、元阪神タイガースの藤村富美男さんとか、
    大岡昇平の小説『野火』などに、似たようなエピソードが有ったので、「引用」させて頂きました。

    三原脩さんも、3度も出征し、3度目の時は地獄のビルマ戦線に行かされたのですが、ある時、部隊から「置き去り」にされそうな時に、積極果敢に行動し、危うく、その部隊に追い付いて、辛くも助かった…という事が有ったそうです。

    なので、戦場では、そういった判断が、まさに生死を分けた…という事が多々有ったのかなと思いますね。

    ちなみに、私の祖父は、
    満州でソ連軍の捕虜になり、シベリアに連れて行かれそうになった所、仲間達と共に、シベリアに送られる途中の列車から飛び降りて、そのまま逃げ延びて、辛くも生き残ったそうです。
    私の祖父もまた、その一瞬の判断で、生き残る事が出来たそうです。

    あと、私の祖父と結婚した女性…私の祖母になった人は、
    実は長崎に原爆が落ちた時、爆心地ではなかったそうですが、その場に居ました。

    当時、彼女は勤労動員で工場に居たそうですが、
    原爆が落ちた時、ピカッと閃光が光った後、一瞬の間を置いて、物凄い爆風と共に、後ろの方に吹っ飛ばされました。

    彼女には、工場の窓ガラスが全身に突き刺さり、血だらけになりましたが、命は助かりました。
    しかし、工場の外に居た人達は、みんな死んでしまったそうです。
    つまり、工場の内外を分ける壁一枚が、人間の生死を分けたのですね。

    その話、祖父母からは一度ずつしか聞いておりませんが、強烈な印象に残っております。
    その後、日本に帰って来た彼(※私の祖父になった人)と、彼女(※私の祖母になった人)が長崎で出逢い、2人は結婚し、2人の間に生まれた女の子が、私の母親なのですね。

    なので、一歩間違えたら、私の祖父母になっていた人達は死んでいたかもしれませんし、そうなったら、私も、この世には居なかったわけです。
    そう考えると、本当に運命は紙一重だなあ…と思います。

    …という事ですが、
    上記の話、もしかしたら、改めて一つの記事に書くかも??
    これを書き残すのは、私の務め?かなあ…とも思いますので…。

    それと、「ラーゲリの早慶戦」は、あまり世の中には知られていないそうですが、実際に有った出来事のようですよ!
    (※実際の三原さんは、ビルマに行っていたので、居ませんでしたが…)

    この後、脩さんがどうなったのか…につきましては、
    是非とも、「戦争4部作」の最終回をお読み頂ければと思います(笑)。

    編集済