第21話 午後六時の接触者

「瀬尾さんの居場所は?」


篠宮が椅子を引くより早く尋ねた。


相良は、瀬尾から渡された数字をスマートフォンに入力した。十一桁。連絡用の番号だと思っていたが、発信すると《現在使われておりません》という音声が流れた。


数字を三桁ずつ区切る。六〇四、二一七、三八。


黒瀬が横から画面を見た。


「中央駅西口の貸倉庫に、六〇四号室があります。二一七は建物番号かもしれません」


検索すると、住所の末尾が二番十七号だった。


「三八は?」


「暗証番号の一部か、別の指示です」


残り一時間七分。


相良は高梨から受け取った名刺を取り出した。電話は三回目の呼び出しでつながった。


『一人で動くなと言ったはずです』


「だから電話しました。瀬尾さんが、六時に死ぬかもしれません」


高梨は未来の名簿について何も言わず、場所と状況を尋ねた。相良が貸倉庫の住所を伝えると、先に所轄を向かわせると答えた。


通話を切った直後、黒瀬の私用スマートフォンが震えた。


画面には、瀬尾が革の書類鞄を抱えて床に倒れている写真が表示されていた。撮影場所は狭い個室で、背後の壁に《604》と書かれている。


本文は一行だけだった。


《相良直人を連れて来い》


「これで接触予定者になったのか」


相良が言うと、黒瀬は写真を拡大した。


「この写真が今撮られたとは限りません」


「でも、場所は合っている」


「だから罠です」


「瀬尾さんが中にいれば、罠でも行くしかない」


篠宮が二人の間に立った。


「警察を待ってください。犯人は黒瀬さんの位置を追跡していた。二人が動けば、瀬尾さんの居場所まで案内することになる」


黒瀬の社員証から見つかった発信機は、瀬尾を捜すためではなかった。黒瀬が相良と行動し、いつか瀬尾へたどり着くと読んだ者が仕込んだのだ。


名簿に書かれた《接触予定者》は、犯人の名前ではない。


死へつながる最後の一人を示している。


「なら、黒瀬君はここに残れ」


「私のIDで倉庫を借りている可能性があります。現場で説明できる人間が必要です」


「それも予測されている」


「残って瀬尾さんが死ねば、もっと後悔します」


黒瀬は社員証を机へ置いた。会社支給のスマートフォンも電源を切り、篠宮に預けた。


「私用端末も追跡されているかもしれない」


「では、これも置いていきます」


写真だけを相良の端末へ転送し、黒瀬はスマートフォンを重ねた。


相良は迷った末、篠宮へ言った。


「私たちが出たあと、五分待って高梨さんへ連絡してください。経路は伝えないで」


「相良さんまで罠に入る必要はありません」


「写真の要求に、私の名前がある」


犯人が欲しいのは鞄だけではない。二十年前の勤務表を入力し、今も会社に残る相良自身なのだ。


本社を出た時点で、午後五時九分だった。


エレベーターを待つ間、真紀から着信があった。


『今日も遅くなる?』


いつもなら、それだけの用件だった。相良は返事をしかけて、廊下の監視カメラを見た。


「今は話せない。家の戸締まりをして、知らない人が来ても出ないでくれ」


『何かあったの?』


「あとで説明する」


自分でも嫌になるほど曖昧な言い方だった。家族を守るために黙る。その選択を、久我も三田村も二十年前にした。


「必ず帰る」


約束ではなく、自分へ言い聞かせるように告げて電話を切った。


二人はタクシーを途中で降り、地下道を使って西口へ回った。黒瀬は何度も振り返ったが、目立つ尾行は見つからない。


貸倉庫は、閉店した家具店を区切って作られた建物だった。受付は無人で、利用者は暗証番号を入力して入る。入口の操作盤へ《21738》と打つと、電子錠が開いた。


瀬尾の数字は、建物の場所と入館番号だった。


中は人の気配がなく、空調の低い音だけが続いていた。


六〇四号室は二階の奥にあった。扉の下から、細い透明の管が差し込まれている。黒瀬がしゃがみ、においを確かめた。


「排気ガスです」


相良が扉を叩いた。


「瀬尾さん! 中にいますか」


返事はない。


暗証錠には三回の入力制限があった。瀬尾が残した最後の数字、《38》を入れても開かない。


午後五時四十三分。


黒瀬が廊下の消火器を持ち上げた。


「警報が鳴ります」


「構わない」


二人で錠の周囲を叩いた。金属がへこむたび、建物全体に硬い音が響く。三度目で警報が鳴り、五度目で扉が内側へ傾いた。


隙間から、濁った空気が流れ出した。


相良は息を止め、床へ身を低くして中へ入った。


瀬尾は写真と同じ姿勢で倒れていた。だが、革の鞄はない。手首には結束バンドが巻かれ、口元に布が押し当てられている。


黒瀬が管を引き抜き、相良が瀬尾の身体を廊下へ引きずった。


呼吸は浅い。


「瀬尾さん、聞こえますか」


まぶたがわずかに動いた。


遠くで階段を駆け上がる足音がした。


黒瀬が身構えたが、現れたのは高梨と制服警官だった。


救急隊が酸素マスクをつけ、瀬尾を担架へ移す。時計は五時五十五分を示していた。


「鞄は……」


瀬尾がかすれた声で言った。


「持っていかれた」


「中身は?」


「全部では、ありません」


それだけ言うと、瀬尾は目を閉じた。


午後六時。


救急車の中で心拍を示す電子音が鳴り続けていた。


相良のスマートフォンが震えた。


《瀬尾奈津美 退職理由変更》


《死亡》の二文字が薄くなり、消えた。


代わりに表示されたのは、見たことのない文言だった。


《予測結果を再計算しています》


未来は、変わった。


だが画面の下には、もう一行残っていた。


《計画実行者は再試行します》


一度変えた未来は、終わりではなかった。


次の計算が始まっただけだった。

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