第12話 十八人と二十九人


 各領家からの返書が揃ったのは、監視団発足会議の二日前、第三刻を少し過ぎたころだった。


 正確には、一通多かった。


「ベルセイン家から、二通届いております」


 私は長卓の上へ、二通の書状を並べた。


 どちらにも、深緑の封蝋が残っている。


 一通目には、同行者を含む総人数が十八名と書かれていた。


 馬は二十二頭。


 馬車は三台。


 二通目は二十九名。


 馬は十四頭。


 馬車は六台。


 人も、馬も、馬車も合っていなかった。


「新しい返書は、こちらです」


 私は十八名と書かれた方を指した。


「ベルセイン家の公印が押されています。ですが、二十九名と書かれた方には、ヴィンセント様ご本人の署名があります」


「どちらも正式な書状です」


 向かいに座るエドガー・フェルナー書記官が言った。


 三十歳を少し過ぎたくらいだろうか。


 淡い茶色の髪は短く整えられ、濃紺の官服には皺一つない。長卓の前には、王宮から持参した書類が大きさまで揃えて積まれている。


 セドリック様の部下で、中央行政院から派遣された書記官だった。


 王立行政学院を首席で卒業したことまで、自己紹介に含まれていた。


 必要な情報なのだと思う。


「王宮文書局で、印章と署名の確認は済んでいます」


 エドガー書記官は続けた。


「偽造の可能性はありません」


「では、どちらが最終的な人数でしょうか」


「日付の新しいものを採用するのが、通常の事務処理です。十八名として扱えばよろしい」


「二十九名で来た場合は?」


「ベルセイン家の申告不備です」


「十一名分の控室がなくてもですか?」


「申告したのは先方です。その記載に誤りがあったとしても、準備委員会の責任ではありません」


 責任がなければ、十一人が消えるのだろうか。


 消えないと思う。


 私は二通の書状を見比べた。


「ベルセイン家へ、再照会を出してはいかがでしょう」


 会議に同席していた若い行政官が提案した。


「回答は、いつ届きますか?」


 私が尋ねると、行政官はエドガー書記官を見た。


「早馬を使えば、二日ほどでしょう」


「監視団発足会議は、明後日の第一刻です」


「では、ぎりぎり間に合うのでは?」


「今から出して二日後でしたら、第一刻には届きません。それに、確認できるのは領地を出る前の予定人数です」


 私は二十九名と書かれた書状を持ち上げた。


「こちらも、作成された時点では正しかった可能性があります。その後で十一名減ったのかもしれません。逆に、十八名と回答したあとで、護衛兵を追加した可能性もあります」


「では、何を確認しても意味がないと?」


「一行はすでに王都へ向けて出発しているはずです。返書と一行が、同じころに到着します」


「到着してから確認すればよいでしょう」


 エドガー書記官が言った。


「到着してから、控室を決めるのですか?」


「必要であれば」


「食事も?」


「各領家の随行員にかかる費用は、派遣元の負担です」


「費用ではなく、用意する場所の話です」


「それも、申告に基づいて準備すればよい」


「十八名として準備するということですか?」


「先ほどから、そう申し上げています」


 エドガー書記官の声は変わらなかった。


 言葉も丁寧だった。


 でも、一つ質問するたびに、私が理解していないことだけが確認されている気がする。


「ウェルズ特別行政官」


 エドガー書記官が、指を組んだ。


「王宮が返書を受理したことと、記載内容の正確性を保証することは別です。正式な行政教育を受けておられない方には、少々わかりにくい区別かもしれませんが」


「なんか、こいつむかつくな」


 隣から、テッサの声がした。


 小さな声ではなかった。


 会議室の端にいた書記が、持っていたペンを落とした。


 エドガー書記官が、ゆっくりテッサへ顔を向ける。


「……今、何と?」


「頭だけはいいのに、耳は悪いのかよ」


「テッサ、黙ってください!」


「はいよ」


 返事はした。


 謝ってはいなかった。


「申し訳ございません。補佐官の発言については、私から注意いたします」


「補佐官?」


 エドガー書記官が、テッサの上着を見る。


 今日は洗濯籠を持っていない。


 その代わり、私の手帳と、会場の見取り図を丸めて抱えていた。


「はい。私の補佐をお願いしています」


「王宮の行政実務を、そちらの方に?」


「文字を読む仕事は、私がします」


「読めないわけじゃねえぞ。難しい字が多すぎるんだよ」


「テッサ」


「黙るって」


 二度目の返事も、謝罪ではなかった。


 エドガー書記官は、こめかみを指で押さえた。


「話を戻しましょう」


「はい」


「ベルセイン家の正式な返書は十八名。準備委員会は、その申告に従って控室を用意する。実際の人数が異なった場合、責任はベルセイン家にあります」


「確認してもよろしいでしょうか」


「まだ何か?」


「監視団発足会議の主催は、どちらですか?」


 エドガー書記官の指が止まった。


 会議室が静かになる。


 落ちたペンは、まだ床に転がっていた。


「……王宮です」


「では、二十九名が到着して控室に収まらず、馬車が門を塞ぎ、発足会議の開始が遅れた場合も、王宮側の不備にはならないと考えてよろしいでしょうか」


「原因は、ベルセイン家の申告にあります」


「会議へ招いた方を、どこで待たせるか決めるのは誰ですか?」


「準備委員会です」


「馬車の入構順を決めるのは?」


「王宮の警備部門です」


「その警備部門へ、予定台数を伝えるのは?」


 エドガー書記官は答えなかった。


 私は手帳を開いた。


「今回の準備委員会は、セドリック様の監督下にあります。ベルセイン家の申告不備が原因であっても、王宮の門前で混乱が起き、会議が遅れれば、セドリック様の監督責任を問われる可能性はないと考えてよろしいでしょうか」


「私を脅しているのですか?」


「いいえ」


 私は首を横に振った。


「責任の所在を確認しております」


 エドガー書記官の口元が固くなった。


 怒っているらしい。


 声を荒らげる人より、静かな人の方が怒っていることもある。


「よろしい」


 エドガー書記官は、卓の上の書類を揃えた。


 最初から揃っていたけれど、もう一度揃えた。


「本会議の運営は、すべて中央行政院で引き受けます。会場、正規構成員の席次、議事進行、記録官の配置。こちらで不足なく整えましょう」


「ありがとうございます」


「その代わり、それ以外の控室、食事、厩、馬車置き場、荷物の管理については――」


 そこで言葉を切り、私を見る。


「優秀なウェルズ女史に一任することにします」


 優秀という言葉は、褒めるとき以外にも使えるらしい。


「使用できる範囲を確認してもよろしいでしょうか」


 エドガー書記官の眉が動いた。


「王宮の西側付属棟、南の控室、第二厩、厩裏の倉庫。それで十分でしょう」


「人員の配置も、こちらで決めてよろしいですか?」


「構いません」


「既定予算内であれば、備品の移動と消耗品の購入も?」


「好きにしたまえ!」


 初めて、エドガー書記官の声が大きくなった。


 私は手帳へ書き留めた。


 西側付属棟。


 南の控室。


 第二厩。


 厩裏倉庫。


 人員配置。


 備品移動。


 消耗品購入。


「ただいまの決定を、議事録へ記載いたします」


「そうしてください」


「決裁者は、エドガー・フェルナー書記官でよろしいでしょうか」


「私で結構です!」


 これで、あとから確認する必要はない。


 エドガー書記官は立ち上がった。


「私は本会議の準備がありますので、失礼します。せいぜい、現場で培われたご経験を生かしてください」


「承知しました」


 エドガー書記官は返事をしなかった。


 書類を抱え、会議室を出ていく。


 二人の行政官も慌ててあとを追った。


 扉が閉まった。


「逃げたな」


 テッサが言った。


「職務を分担されたのです」


「難しい言葉にすると、逃げてないことになるのか?」


「本会議は引き受けてくださいました」


「面倒な方だけ、ロージーに押しつけただろ」


「使ってよい場所と予算と人員が決まりましたので、先ほどより仕事はしやすくなりました」


 テッサが私を見た。


「腹立たないのか?」


「立ちます」


「立つんだ」


「ですが、腹を立てても控室は増えません」


「そういうとこ、たまに怖いよな」


 褒められたのだろうか。


 たぶん違う。


     ◇


 南側の控室には、椅子が三十脚あった。


 壁際へ十脚。


 長卓の周囲へ二十脚。


 窓は二つあるけれど、片方は開かなかった。


 私は見取り図へ、窓一つ、修理、と書き加えた。


「テッサ。この部屋では、何人が食事を取れますか?」


「まともに食うなら二十四人」


「椅子は三十脚あります」


「食事の雰囲気が最悪でもいいなら、三十人」


「二十九名なら入りますね」


「入るよ。給仕は入れなくなるけどな」


 テッサは長卓と壁の間へ入り、横向きになって歩いた。


「椅子を全部使ったら、皿を運ぶやつがここで詰まる。奥の人間が便所へ行きたくなっても、五人くらい立たないと出られない」


「では、二十四名まで」


「飯を出すならな。待ってるだけなら、もっと詰められる」


 待っているだけでも、人は水を飲む。


 長くなれば、座りたくなる。


 書類を広げる人もいる。


 十九人なら問題ない。


 二十九人なら足りない。


 でも、この部屋をベルセイン家のために空けておけば、ほかの領家へ回せる部屋が一つ減る。


 十八人しか来なければ、余った場所は当日まで使われない。


「次、見に行くぞ」


 テッサが扉を開けた。


 隣の控室は、さらに狭かった。


 椅子が十六脚。


 卓は一つ。


 暖炉はあるけれど、煙突の掃除が必要だった。


 その隣は十二人。


 廊下の向かいは二十人。


 どの部屋にも、各領家の名前を書いた札が掛けられている。


 大きな部屋を、人数の多い領家へ。


 小さな部屋を、少ない領家へ。


 人数が決まれば、それでよい。


 人数が決まらないから、何も決められない。


「なあ」


 テッサが、ベルセイン家と書かれた札を指で弾いた。


「監視員と補助員は、七人なんだよな?」


「はい」


「その七人は、本会議に出る」


「そうです」


「じゃあ、残りはここで何すんの?」


「待機です。必要があれば、監視員の方を補助します」


「全員、同じ部屋で待たなきゃ駄目なのか?」


 私は札を見た。


 ベルセイン家。


 その隣は、別の領家。


 向かいにも、別の領家。


 領家ごとに部屋を用意するものだと思っていた。


 同じ馬車で来る。


 同じ色の上着を着る。


 同じ方に仕える。


 だから、同じ部屋へ入れる。


 でも、監視員と補助員は本会議室へ行く。


 護衛兵は警備をする。


 従者は呼ばれるまで待つ。


 御者は馬車と馬を見る。


 同じ領家から来ても、することは違う。


「ロージー?」


 私は、ベルセイン家の札を外した。


 隣の領家の札も外す。


 向かいの部屋の札も。


 全部で四枚。


「ベルセイン家が何名で来るかは、まだわかりません」


「うん」


「ですが、部屋は決められます」


「どうやって?」


 私は、外した札を重ねた。


「各領家の一行を、一つの部屋へまとめる必要はありません」


――――――――――――――――――

【あとがき】


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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