第22話
第二章 傭兵団
第1話 再会
レオンはしばらく当てもなく通りを歩いた。石畳の両側には露店がひしめき、香ばしい匂いが絶え間なく漂ってくる。串に刺した肉、焼きたてのパン、香辛料の効いたスープ――アロウラでは目にしなかった品が、次から次へと並んでいた。
「兄さん、旅の人かい。一本どうだい、安くしとくよ」
串焼きの屋台の主人に声をかけられ、レオンは足を止めた。差し出された串からは、脂の焼ける匂いが立ち上っている。財布の中身を思い出しながら、レオンは小さく頷いた。
「もらう」
銅貨を渡し、串を受け取る。齧りつくと、香辛料の効いた肉の味が口いっぱいに広がった。悪くない。歩きながら食べるのは行儀のいいものではないだろうが、誰に咎められるわけでもない。レオンはそのまま人混みの中を進んだ。
次に足を止めたのは、果実を並べた露店だった。見慣れぬ赤い実が籠に山と積まれている。
「これは?」
「西の方で採れる果実さ。酸味が強いが、旅の疲れにはちょうどいい」
主人の言葉に、レオンは一つ買い求めた。かじってみると、確かに強い酸味が舌を刺す。だが不思議と、後を引く味だった。
通りを進みながら、レオンはふと思いついて、屋台の主人に声をかけた。
「この辺りで、いい宿は知らないか」
「宿かい。そりゃ黄金の羊亭が一番だな。値は張るが、飯も部屋も悪くない。旅の護衛だの傭兵だのがよく使う宿だよ」
「値が張る、か」
「そのぶん安心できるってことさ。安宿もあるにはあるが、荷物には気をつけな。この町も、人が多い分だけ質の悪いのも紛れ込んでる」
主人はそう言って肩をすくめた。レオンは黙って頷き、頭の隅にその名を刻んだ。
「助かる」
「あと、名物は……そうだな、これといったものは特にないが、最近は魔物の素材を使った加工品が増えてきてね。皮の小物とか、魔石を使った装飾品とか。土産に持って帰る奴も多いよ」
「素材が、そのまま土産になるのか」
「昔はここまで多くなかったんだけどな。ここ最近、周りの村々から運ばれてくる素材の量が段違いに増えてる。加工屋も職人も、嬉しい悲鳴ってやつさ」
主人の口ぶりには、商売人らしい満足と、わずかな戸惑いが同居しているように聞こえた。レオンはアロウラやカラル村で見てきた光景を思い出しながら、小さく相槌を打った。この町でもまた、同じ流れが押し寄せているらしい。
礼を言って歩き出そうとしたところで、不意に背中から声がかかった。
「よう! アーチゲートにようこそ、レオン」
振り返ると、見覚えのある顔があった。傭兵団『赤鷲』の斥候の一人だ。カラル村での戦いの折、何度か言葉を交わした覚えがある。だが、名までは思い出せなかった。
「ああ、久しぶり……えーと……」
「ワングだ。こっちだ、行こうぜ」
ワングはレオンの返事を待たず、気安く肩を叩いて歩き出した。断る理由もなく、レオンはその後についていった。
案内された先は、通りから少し外れた場所にある建物だった。看板は掛かっていないが、造りからして、かつては宿屋だったものらしい。一階は広い食事のスペースになっており、テーブルがいくつも並んでいる。
「元は宿屋でな。団長が買い取って詰所にしたんだ。上の階は部屋になってる」
ワングはそう説明しながら、空いているテーブルに腰を下ろした。レオンも向かいに座る。
「おい、エール二つと、つまみ適当に見繕ってくれ」
カウンターの奥に向かってワングが声を張ると、店番らしき男が心得た様子で頷いた。程なくして、木製のジョッキが二つと、干し肉や豆を炒ったものが並んだ皿が運ばれてくる。
「再開を祝して、乾杯だ」
ワングがジョッキを掲げた。レオンも軽くそれに合わせる。
「他の連中も、そろそろ来る頃だ」
ワングは上機嫌にそう言うと、ジョッキを傾けた。喉を鳴らして半分ほどを一気に飲み干し、満足げに息を吐く。
レオンはエールを舐めるように少しずつ口に運びながら、ワングの話に耳を傾けていた。
「カラルの一件のあとは、こっちも忙しくてな。あちこちの村から討伐の依頼が舞い込んでるんだ。斥候なんて、休む暇もありゃしない」
「そんなに、依頼が」
「ああ。お前が思ってる以上にな。この辺り一帯、どこも似たようなもんらしい」
ワングはそう言うと、干し肉を一切れ摘み、口に放り込んだ。
「団長たちは、しばらく町に留まって、次の依頼を選り分けてるところだ。数が多すぎて、どれから手をつけるか頭を悩ませてる」
「選ぶ余裕があるのか」
「あるさ。次から次へと依頼がすぐに埋まる。」
ワングは苦笑しながらジョッキを傾けた。今の傭兵という仕事の性質が、その一言に滲んでいるようだった。
見渡せば、食事のためのテーブルが並ぶこの一階は、ただの食堂ではないらしかった。壁という壁に、紙片がところ狭しと貼られている。近隣の村の地図、討伐依頼の詳細、魔物の目撃情報を記した走り書き――待機中の傭兵たちが目を通すための情報が、隙間なく貼り出されていた。
奥のほうに目をやると、テーブルの配置が変わり、帳簿を広げた男が数人の傭兵と何やら言葉を交わしているのが見えた。スペースの半分近くが、事務所と受付を兼ねているようだった。依頼の受け渡しも、報酬の精算も、この場所でまとめて行われているらしい。
傭兵の詰所というより、ひとつの商いの場に近い。レオンはその様子を、ジョッキ越しにぼんやりと眺めた。
店の奥からは、料理の煮える匂いと、時折响く笑い声が漂ってくる。傭兵たちの根城らしい、雑然としながらも活気のある空気だった。
レオンはジョッキを両手で包むようにしながら、その空気に身を委ねていた。
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