第3話 バッバイ、マイダンジョン
暖房の操作器には、文字が多すぎた。壁の白い箱が冷暖房であることは、見た瞬間に分かった。だが正体の知れない設備を、いきなり最大出力で動かす気にはならない。前世の感覚では論外である。
三森は説明書を探し出し、最も弱い暖房を選んだ。しばらくすると、部屋全体が温まり始めた。火は起こしていない。煙は出ず、薪を足す必要もない。
操作器と吹き出し口を交互に見る。
「これは、相当に高位の生活魔術では?」
魔術ではなく電気だ。その知識も同じ頭の中に浮かんでいる。ただし仕組みは説明できない。ならば三森にとって、差はなかった。
残りの設備は、説明書と掲示板の過去ログに頼った。冷蔵庫は止めない。電子レンジへ金属を入れない。給湯器は温度を確かめてから使う。最低限の注意さえ覚えれば、火も水も自分で用意せずに済む。
パソコンでは、動画が待たされもせずに流れ出した。電子書籍の無料見本も、押した直後に開く。どちらも家の外へ出る必要がない。
最後に通販を試した。通帳の数字と商品の値段を何度も見比べる。注文したのは、少額の保存食を一つだけ。配達方法は、玄関先へ置くものを選んだ。見知らぬ相手と顔を合わせずに済む。以前の三森も、この仕組みを好んで使っていたらしい。
翌日、端末へ到着の通知が届いた。玄関を開けると、箱が一つ置かれている。見張りも交渉も、道中の護衛も要らない。
箱を抱えて室内へ戻り、鍵を閉める。
「戦闘もなく、補給物資が領内まで届くとは……」
家電は便利だ。ただし資産は有限で、買い続ければいずれ底をつく。外出を勧める回答は、この時点で除外できる。
三森は再びパソコンの前へ座った。温泉と食べ歩きの話を閉じ、新しい投稿欄へ条件を書き足す。外出不要。対面不要。長期間楽しめること。
題名を入力する。
【条件追加】家から一歩も出ずに楽しめるもの
前日のように、板を三つも同時に開く失敗は繰り返さない。今回は趣味全般の板、一つだけである。
**【条件追加】家から一歩も出ずに楽しめるもの**
1: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:08:12.43 ID:Xcr3Jk6Rv
外出不要。対面不要。長期間楽しめること。
この条件で薦められるものはあるか。
2: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:08:24.18 ID:Gkg1Pv9Rq
ゲーム。以上。
3: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:20:21.61 ID:Jdj3Nn4Qx
映画とドラマ。定額の配信サービスなら、一生かかっても見切れない量がある。
4: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:21:17.05 ID:Jtd7Dh8Js
ライブ配信を見る。雑談、ゲーム実況、料理、寝てるだけの配信まである。無料で足りる。
5: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:22:14.84 ID:Vtb3Xu6Jr
VTuber。姿も設定もいろいろだから、好みの一人くらいは見つかる。
6: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:23:34.22 ID:Gkg1Pv9Rq
出た。布教が始まる。
7: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:23:44.17 ID:Gxw3Km3Pk
見るのに飽きたら作る側。絵でも音楽でも配信でも、家から出ずにできるぞ。
三森は薦められた語を、一つずつ別の画面で調べた。映画とドラマは、物語を映像で見るもの。ライブ配信は、今どこかにいる人間の様子を、大勢で同時に眺める仕組みらしい。どちらも意味は取れた。
VTuberだけは、説明を読んでも像を結ばない。絵の姿で話す配信者、とある。
絵は動かないものではないのか。
疑問は残ったが、候補としては保存しておく。
8: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:28:45.29 ID:Xcr3Jk6Rv
見る側は理解した。なぜ、自分で作る必要がある。
9: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:39:30.36 ID:Gxw3Km3Pk
>>8
必要はない。作るのが楽しいからやる。
10: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:39:34.52 ID:Jtd7Dh8Js
何か詳しいことがあるなら配信してみたら。人と話さずに始められる方だぞ。
11: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:40:54.51 ID:Xcr3Jk6Rv
なぜ娯楽を探しているのに、我が働く話になるのだ。
12: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:42:30.68 ID:Gkg1Pv9Rq
我って何だよ。
13: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:43:49.55 ID:Gxw3Km3Pk
趣味は給料の出ない労働だぞ。楽しい部分だけ自分で選べるから続く。
14: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:44:34.07 ID:Jdj3Nn4Qx
昨日、旅行板で護衛の相場を聞いてた人じゃない?
15: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:45:04.63 ID:Vtb3Xu6Jr
園芸板では畑の防衛設備を聞いてた。世界に来たばかりの設定で遊んでる引きこもりだと思う。
16: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:45:16.92 ID:Xcr3Jk6Rv
遊んでいるのではない。これから遊ぶために聞いている。
17: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:45:20.45 ID:Jtd7Dh8Js
>>16
外に出られない事情があるなら、家で楽しめばいいよ。見るだけなら金もかからない。
18: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:45:24.10 ID:Gkg1Pv9Rq
設定は面倒だけど、現代を楽しむ気だけはあるんだな。
19: 名無しさん@おーぷん 2026/01/02(金) 13:46:09.31 ID:Vtb3Xu6Jr
とりあえずゲーム実況かVTuberの切り抜きを見ろ。合わなかったら閉じればいい。
設定ではない、と書き込むことも考えた。しかし、前世でダンジョンマスターだったと説明しても、証明する手立ては魔法か迷宮しかない。顔も名も知らない相手へ手の内を開く。そこまでして言い争う価値はなかった。
三森は反論の代わりに、薦められた候補を一覧へ保存していった。ゲーム実況。ライブ配信。VTuber。動画制作。見るだけのものと、自分で作るものが混ざった。
それでも、作る行為が娯楽だと言われれば心当たりはある。前世では通路を引き、罠を組み、侵入者の反応を見ては直していた。あれを労働だけだと思ったことはない。
だからといって、すぐ自分を見世物にする気もない。
画面を閉じると、部屋へ田舎の静けさが戻ってくる。前世へ帰る道筋は、いまだに見当がつかない。座標も術式もないまま世界を越えれば、どこへ出るか分からない。そもそも扉が開いた後のあの迷宮が、まだ形を保っているのかも不明だった。
眷属も迷宮も忘れてはいない。ただ、今は家があり、食料が届き、攻めてくる者もいない。戻れるかも分からない場所へ命を賭けるより、こちらを知る方が先だった。
三森は椅子へ深く腰かけ、保存した候補の一覧を眺めた。
「バッバイ、我がダンジョン。しばらく我は、こちらで隠居する」
言ってみると、妙に収まりがよかった。
その直後、腹が鳴る。机の脇には、届いたばかりの保存食の箱がある。流しには昨日から浸けたままの食器が沈んでいた。使っていない部屋には、薄く埃が積もっている。
三森は箱と流しを見比べた。それから自分の細い腕へ視線を落とす。
「……隠居とは、誰が飯を作るのだ?」
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