『滅びた地球でおじさんが神社を守っていたら、最後のAI少女と巡礼旅に出ることになりました。』

水月

第1話 最後の巡礼者

雨はしばらく降っていなかった。

それでも、石段には苔が生きていた。

誰もいない山の中。

朽ちかけた鳥居だけが、静かに空を見上げている。

かつて人々が願いを託した神社。

今では、その場所を知る者すらいなかった。

風が吹く。

鈴の音が、かすかに鳴る。

その音を聞く者も、もう誰もいない。

ただ一人を除いて。

男は鳥居の前で立ち止まった。

四十代半ば。

日に焼けた手で鳥居の柱に触れる。

剥がれ落ちた朱色。

無数の傷。

その一本一本が、長い年月を語っていた。

「……ただいま」

誰に聞かせるでもない言葉。

それでも、神社は少しだけ嬉しそうに軋んだ気がした。

男はゆっくりと境内へ足を踏み入れる。

落ち葉を掃く。

石畳を磨く。

賽銭箱の蓋を直す。

誰も来ない神社。

それでも彼は毎日続けていた。

祈る人がいなくなっても。

神社は、そこに在り続けるからだ。

空を見上げる。

雲一つない空の向こうには、細い光の帯が横切っていた。

軌道エレベーター。

人類が地球を捨てるとき、最後に造った巨大建造物。

遠い宇宙では、今も何十億という人々が暮らしている。

だが、この星にはもうほとんど誰も残っていない。

神社だけが、地球の時間を数え続けていた。

男は本殿の扉を開ける。

中には古びた木箱が一つ。

代々受け継がれてきた箱。

その中には、一冊の経典が納められているはずだった。

しかし。

箱は空だった。

男は静かに目を閉じる。

驚きはない。

この日が来ることを、ずっと前から知っていた。

「……始まるんだな」

その瞬間だった。

境内に足音が響く。

人の足音。

百年以上、この神社で聞くことのなかった音。

男は振り返る。

石段の上に、一人の少女が立っていた。

白い髪。

旅装束。

透き通るような瞳。

人間にしては、あまりにも美しすぎた。

少女は鳥居を見上げ、小さく息を呑む。

まるで、何千年も探し続けてきた場所へ、ようやく辿り着いたように。

そして深く一礼した。

「……やっと見つけました。」

男は少女を見つめたまま、静かに問いかける。

「君は……誰だ?」

少女は微笑む。

どこか懐かしく、それでいて少し寂しそうな笑みだった。

「私は巡礼者です。」

一拍置いて、彼女は続けた。

「おそらく人類最後の。」

風が吹いた。

止まっていた鈴が、高く澄んだ音を鳴らす。

その日。

百年もの沈黙を守ってきた神社に、最後の参拝者が現れた。

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