第5話 主役の座
(俺は、何度も望んでいたんだ。皇族に生まれて特別な扱いをされた。でも、俺に特別な力なんて何もなかったんだ…)
大男はある日の記憶を呼び起こした。
「彰仁くんの前では絶対言えないけどさ~なんか鈍くさいし、ちょっとあれよね~」
「彰仁って皇族じゃなかったら人生大変だったよなー」
「彰仁様、他の子と比べてもやっぱり色々物覚えが悪いわよね」
(何度も特別に憧れた。特別な力さえあれば変われるって、自分に言い聞かせていたんだ。そして、特別な力を得た。特別な力を持って、誰かに必要とされている。今が一番楽しいんだ)
「それじゃ、ボス戦前に最後の確認な。すみれは後方で攻撃魔法と、味方の支援、彰仁さんとソフィは前衛で相手からのヘイトを買う。ケヴィンは赤竜で上から攻撃。俺は一応盾は持っておくけど、基本的に支援に回る。これでいいか?」
勇者たちは男の話に頷きました。男もその反応を見て扉の前に立ち、両の手で力いっぱいに押し開けました。
「あれ?誰もいないね」
「いや、こういうのは上から来るんだよ!」
男の言う通り、上から大剣を持つ竜が現れました。灰色のその竜は赤竜の倍近くの大きさがあり、勇者たちの恐怖心を逆なでしました。たった一人を除いて。
「みんな!さっき言ったとおりだ!」
男の号令で皆の足が動きました。幼女は誰よりも早く灰被りの竜の足元に辿り着き、何本もの剣を刺していきました。
「彰仁さん!すみれがイメージするまで俺たち二人で守ります!ケヴィンはソフィのサポートを」
「おっけーだよレオン!」
「う、うんわかった」
幼女の素早い動きは竜を翻弄しました。しかし、竜にも最後の壁というプライドがあります。大剣を振り回して幼女に回避を強制させました。
「くっ!」
「ソフィ!僕たちが一度注意を引く!体制を立て直すんだ!」
「了、解!」
赤竜の炎が灰被りを焼きました。しかし、灰被りは大剣で防ぎ、鉄の温度を上げるだけでした。
「ケヴィン!ソフィは一度立て直した!お前も引け!」
その言葉に青年は反応し、赤竜に振り落とされないよう、身をかがめて赤竜につかまりました。
「レオ、イメージできた」
「ああ、わかった。みんな!すみれの魔法が当たらない位置に移動してくれ!」
「ソフィ!僕たちの方に!」
青年は幼女に手を伸ばし、竜の鱗に共に跨ったのです。そして、女の魔法が灰被りの竜を刺しました。
「刺されて」
女の言葉に反応するように、地面からは巨大な薔薇の花が咲き、その棘に竜は貫かれ、竜は動くことを許されませんでした。
「今だ!ケヴィン!」
「ああ!」
再び赤竜の炎が灰被りを再び焼きました。今度は防がれず、全ての熱が体を焼いたのです。
『押せる!このままいけば確実にやれるぞ!って…え?』
「レオ!」
男は何が起こったかはわかりませんでした。ただ、幼馴染の背中を光線がかすめたのを、全てが起きた後に気づいたのです。
「す、すみれ!」
「レ、レオン君!」
再び光線が勇者たちを襲いました。今度は大男が間一髪で間に合い、何とか盾で防ぐことができました。
「レオン!魔法だ!この竜、魔法を使ってる!」
いくつもの魔方陣が竜の周囲に展開されました。一つひとつの魔方陣は小さいものでしたが、その数は勇者たちに絶望を与えるのに十分でした。
「ケヴィン!早く、高度を、落として!ここから、落ちたら、死ぬ!」
「はっ!赤竜!頼む!」
幼女が気づいた頃にはも既魔法は行使されていました。しかし、赤竜も決して弱い魔物ではありません。魔法を避けながら地上を目指して高度を下げます。しかし…
「うわ!」
赤竜の翼に魔法が当たり、左翼の制御が不完全になり、青年は振り落とされそうになりました。
「け、ケヴィン、重いから、早く…あっ!」
幼女が青年の手を取り、必死に持ち上げようとしましたが、その重みには耐えられず、青年は落ちてしまいました。幸い、地上からの距離はおよそ3メートルほどでしたので、青年は軽傷で済みました。
「ぐっ!がは…はあ」
「ケヴィン!早く立って!」
「はっ!」
青年の腕が魔法で貫かれ、その場に悶えました。一方その頃、男はというと…
「す、すみれ!すみれ!」
「れ、レオ…私は、ただかすっただけだから、大、丈夫」
男にとって女の泣くのを必死に我慢しているその声は正常な判断を乱すのに十分すぎました。そして、大男もただ、この状況を見ていることしかできなかったのです。
(お、俺はどうすれば…そ、そうだ、俺は不死身なんだからみんなを守らないと…せ、せっかく特別な力を得たんだ。立たないと…もう役立たずでいるわけには…)
二人の勇者の心は乱されていました。だけど、幸運なことに、男には幼馴染がいるのです。
「レオ、早く立って!魔法…くる!」
「はっ!」
男は女の言葉を誰よりも聞き、その意味を理解してきました。なので、今回も女の言葉を聞いて、勝手に体が動いていたのです。持っていた盾で魔法を受け止め、その衝撃で多少の冷静さを取り戻しました。
『意外と軽い。そうだ、動け、このまま座ってたら、すみれが死ぬ。だから動け…周りを動かせ!』
「彰仁さん!すみれを頼みます!俺は竜の注意を引きます!」
「あ、え…う、うん」
「ソフィ!そっちはお前に任せる!」
そうして男は竜に向かって走りだしました。灰被りの魔法は男に向かっていきました。しかし、男には絶望の淵で新たな言葉を得たのです。
『魔法の声が…聞こえる』
「右足!」
「左脇!」
「頭!」
男は全ての魔法を弾き、その攻撃を凌いでみせました。
『何で聞こえるかはわかんないけど、これなら凌げる。まだ竜はすみれの魔法で動けない。だから何とかあと一発、デカいのをぶち込めれば』
「レオン!ケヴィン、は回収、した!赤竜も、何とか、飛べる!」
「ああ!わかった!彰仁さん!少しだけ変わってもらってもいいですか?」
「う、うん!」
男は女の元に駆け寄り、大男に前を任せました。大男は震える足と、強張る顔で前に出ました。大男を突き動かしたのは、仲間を守るためではなく、ただ、無能を露呈するのが怖かったのです。
「すみれ、悪い、もう一度だけ魔法を使えないか?あいつを倒せる威力のやつだ!」
「はぁ…はぁ…ごめん、レオ、実はね、ボスと戦う前に結構消耗しちゃってて、今凄い疲れてるの。だから、少し休まないと使えないかも」
「おい!大丈夫なのかよ!少し休んで本当に回復するのか!?」
「ねえ、レオ、この猫耳ね」
「はあ?猫耳?こんな時に何言ってんだ!」
女は、男の言葉には耳を貸さず、そのまま言葉を続けました。
「多分、魔力を勝手に回復してくれるの。そんな感覚がする。だから、もう少しだけ休ませて」
「本当、なんだな?無理をして魔法を使うわけじゃないんだな?」
「うん、そうだよ」
「わかった。時間は俺たちで稼ぐ、お前はここで休んで…」
「自分勝手なのはさ…わかってるんだよ。でも、レオには傍に居てほしい。私、一人は寂しいよ」
男はその言葉を聞き、女の自分勝手を背負いました。
「彰仁さん!すみません、もう少し一人で耐えられませんか!」
男と女は動けず、青年は痛みに苦しみ、幼女はその応急処置で動けず、大男以外に竜を相手にできる者はいませんでした。しかし、大男の内心は…
(もう嫌だ、怖い、怖い。逃げたい。でも、逃げたらまた無能になっちゃう。痛いけど、痛いけど…それでも俺はここにいないと。俺は不死身で特別なんだから。魔法が当たったら死んじゃうみんなを守らないと)
大男は今、自分は特別なんだと言い聞かせ動いていた。やりたくもないことをやるために。
「彰仁さん!」
男は叫んだ。しかし、大男には届かない。今、現実逃避の真っ最中なのだ。
(ああ、そうだ。俺がいないと。俺が守らないとみんなダメなんだ。だから、だから…)
大男は涙を浮かべ、鼻水を流し、苦悶の表情で魔法を受け続けた。いつの間にか盾は砕け、もうただ立つことしかできなかった。
『俺は、なんですみれの手を握っているんだ?仲間があんなにも苦しんでいるのに。俺は今日、何をしたんだ?能力が劣っているから、不死身じゃないからってここに居ていいのか?仲間が不死身だからってあんな表情になるまで任せていいのか?いや、違うだろ。こんなダサいことしてるの、俺じゃない…』
「悪いすみれ、俺行くよ」
男は離れたくないという顔をする女の手を振りほどき、盾を持った。そして、大男の前に立って、叫んだ。
「彰仁さん!俺が代わりに引き受けます!だから、一回引いてください!」
「え?」
「今日の俺、なんもしてなくてすっげーダサいから、ここいらでみんな守って主役の座貰っていきます!だから早く下がって!」
大男は、その意味不明な状況に立ち、冷静さを取り戻しかけていました。
(あれ?なんでレオン君が前にいるんだ?彼は不死身じゃないだろう?え?どうして?確かにレオン君も凄いけど、戦いにおいては俺の方が特別だろ?なんで俺は…特別な力を得たのに守られているんだ?)
「ば、ばか!君は不死身じゃないんだぞ!早く引くんだ!」
「何言ってんすか。不死身でも痛いもんは痛いんでしょ。あんな顔させたまま放置はできないっすよ!」
男は魔法の声を聞いて盾を動かす。しかし、段々と魔方陣は増え、飽和攻撃は密度を増していきました。その度に声は増え、男も限界に近づいていきます。
「それは、そうだけど!君は裏方だ!戦いは俺たちに任せるべきだ!だから、だからやめてくれ…」
(これ以上、俺から特別を奪わないでくれ…)
「やめてほしいだ?だったら俺から奪い取れよ!主役の座ってのをよ!」
男は吠えた。仲間への鼓舞でも、自身を奮い立たせるためでもなく、本心の言葉を。
「こっちはな!やりたくてやってんだ!脇役でいるなんて御免なんだよ!だから、俺を脇役にしたいなら、あんたが主役になれよ!」
大男は、男の言葉を聞いて目を大きく、開き、自分の中で何度も反芻させました。そして、結論に至ったのです。
(そうか、そうだったんだ。必要なのは、特別な力じゃなかったんだ。ただ、主役でありたい、その真っすぐな情熱が人を特別にするんだ。だったら、俺にでもできるじゃないか。だって俺は…)
「くそっ!」
男は飽和攻撃に対応できず、盾が弾かれてしまいました。そして、魔法が彼を貫こうとした時、再び男は突き飛ばされました。今度はガタイの良い大男に。
「彰仁さん!」
「ありがとう、レオン君。やっと俺は特別になれたよ」
(俺は誰よりも特別に憧れていたんだ。情熱なら、ここにある)
大男は胸の熱さを感じ取りました。そして全ての魔法をその身に受け、覚悟を決めます。
「レオン君、もう大丈夫、みんなは俺が守る。もう俺は揺るがない」
「くっそ、超かっけーじゃんか」
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