第11話

「どうかしら、クレア」


 ある日の午後、婚約の儀用のドレスが届いたとのことで、クリスはメイドたちに囲まれ、試着をしていた。


「とてもお似合いでございます。このドレスは何でもゲオルグ様御自ら選ばれたそうでございます」


「ゲオルグ様が?」


「そう聞いております」


「そう……」


 なんと嬉しい心遣いだろうか。


 しかも、わざわざご自身でなんて!


 それだけで心が躍る。


「本当にお似合いです、クリスティン様」


「お美しいですわ、まさにあなた様のためにあるよう!」


 その様子にメイドたちも口々に褒めそやした。


 ドレスは彼女の瞳に合わせたのだろう、深紅を主体にしたもので、色合いもデザインもクリスでなければ着こなせないと思われる独特なものになっている。


 何しろ、シルエットのすべてが細身の彼女に合わせてあり、そのあちこちに見事な金糸の刺繍が豪奢に施され、華やかな中にも気品が感じられた。


「髪型もドレスに合わせてもらえる?」


「畏まりました」


 ドレッサーの前に座り、メイドたちに髪型を整えてもらう。


「今の流行を入れながら、クリス様らしさを失わないようにしましょう」


 クレアがそう言い、他のメイドたちもそれがいいですと同意していく。


「綺麗な黒髪に映えますから、こちらの髪飾りなどどうでしょう? 紅珊瑚で作られておりまして、上品ですわ」


「こちらの髪飾りも金色細工でお似合いです。宝石も紅石を使用しておりますし」


「どちらも素敵で、迷うわね」


 クリスがそう言うと、クレアが同意する。


「これもまたゲオルグ様がお選びになったそうですから、迷われて当然かと」


「これも……」


 一つ一つが彼女のために選んでくれたもの。


 きっとこんなことは苦手だろうに。


「首飾りや指輪なども数種類ございますし、それらとも合わせてみましょう」


「そうね、お願いするわ」


 ゲオルグがどれほど自分を想ってくれているのかを感じながら、クリスは来るべき婚約の儀の準備を進めることに喜びを心から感じていた。


「クリスティン様は本当にお美しいから、お世話の甲斐があります」


「本当ですよ、御髪も艶やかで、お顔立ちもお美しくって、羨ましいです」


「褒めてくれて有り難う。でもあなたたちだってとても可愛いわ。わたくしに付いてくれて感謝しているもの」


 アルラウネ家のものたちももちろん尽くしてくれているが、日も浅いというのに彼女らも心からクリスに尽くしてくれているのがよく分かる。


「クリスティン様にお褒めいただけて、我々も鼻が高いです」


「ますます心を込めてお仕えいたしますわ」


 そんな心からの言葉が嬉しい。


 つくづく、わたくし、周囲には恵まれてるわね。


 そこに素直に感謝する。


 それにしても、と思う。


 やはりというか、当然と言うべきか、この屋敷に来て以来、彼女を狙うものは鳴りを潜めていた。


 公爵家にはやはり何者かが入り込んでいたに違いない。


 屋敷のものの仕業とは考えたくはないし、その証拠もない。


 そうなると、普段から屋敷へ出入りしても不自然ではないものたちを考えるべきだろう。


 商人であれば多少、屋敷の奥に入り込んでいても不思議はない。


 祭司たちもそうである。

穢れを祓うという名目があれば、彼らはある程度、屋敷を自由に歩ける。


 流石に王弟の屋敷では罠を仕掛けることも難しいはずだ。

警備は公爵家のそれとは段違いだ。


 そもそもが王宮内にあるのも大きい。


 そして、何よりも武人であるゲオルグの存在がある。


 その正式な婚約者になる予定の自分――相手には恐らく予想外だったはずだ。


 ここから導き出される答えは幾つかあるが、それを急ぐ必要はない。


 動きがあるのなら、それは婚約の儀の時に違いなかった。


 ある意味の油断が生まれやすいと相手は思うだろうから。


 特に儀式の要と言える役割を担うドーザ教の関係者が動くには絶好の機会だ。


 パウエル自身が動くか、それとも配下の者かは分からない。


 もう一つの懸念。


 王太后の存在も忘れてはいけない。

彼女がどう動くか。


 それに忘れがちではあるが、第二王子とその婚約者となる予定のラウラの二人もいる。


 窮鼠猫を噛む……それは厄介なことになりかねない。

ここは注視すべきことだ。


 どのみち、何かしらの動きはある――それは間違いない。


「いかがでしょう?」


 思索に耽っているとふいにクレアがそう声をかけてきた。


「有り難う」


 そう言って鏡を見れば、メイドたちは本当に腕がよいことが分かる。


 ドレスに合わせた髪型、クリスらしさを損なうこともなく、だからと言って地味なわけでもない。


 添えられている髪飾りは彼女の髪のためにあることが分かるほどに、繊細な細工がされているのも見逃せない点だ。


 二羽の金色の小鳥が向き合い、その瞳には紅色と蒼色の宝石がそれぞれ填め込まれている。


 これは明らかにクリスとゲオルグをイメージしたものだろう。

仲睦まじい小鳥たちは未来の二人を祝福してくれているようだとクリスは思った。


 そこまでみてから、ふと先に見せてくれていた髪飾りとまた違うものであることに気が付いた。


「こちらはゲオルグ様が特にお気に召しておいででしたの。それはもう、クリスティン様に是非お選びいただきたいご様子でしたので」


 そうクレアは軽くウィンクして、いたずらっぽく微笑った。


 その仕草は普段の彼女からは想像もつかないが、とても可愛いと思った。


 それにしても、なるほど、この髪飾りがとっておきだったのね。


 それも彼が強く望んでくれたなんて!


 なんて素敵なのかしら!


「驚いたけれど、とても美しい髪飾りだわ。ゲオルグ様には本当に感謝しないといけませんわね」


「それでは、当日にはこちらの髪飾りに致しましょう。やはり一番お似合いですから」


「ドレスにも合っていて、素敵ね」


「お気に召していただけたのなら、私どもも嬉しゅうございます」


 鏡に映る自分は贔屓目を抜いても美しいと思う。


 愛おしい人に心から愛されているという自信が、自分をそう輝かせているのかもしれない。


「本番も頼むわね、みんな」


 そう微笑み、クリスは改めて気を引き締めるのだった。

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