第7話 顔合わせ

 キャラバン出発まで2週間。

 広場で一部を除く全員が招集された。


 文字が読めない人間も少なくない。

 実際に顔を突き合わせての、約束事の確認だ。


 キャラバンは、通常、荷物と人を運ぶのが目的だ。

 護衛の兵士、荷物運びとラクダを世話する下働き、そして運ばれる人間で構成される。

 運ばれる人間は主に商人で、ラクダの借賃も含まれる為、安くない料金を支払う。


 隊は大きく分けて3つに分けられる。


 先頭を進む本隊。ドートン隊長が率いる、全体をみる部隊だ。  


 真ん中が、ブランカ隊。ブランカ大商家のお嬢様を守護するための、つまり、俺の担当する部隊。

 シヴァが部隊長となるらしい。


 最後は、一般部隊。

 キャラバンに護衛代を支払い、砂漠を越える商人達の集まりだ。

 ここは、守備隊副隊長のラムセスが最後尾を務める。


 今回の一般部隊は、前方に芸能一座が、そして後方に商人が配置された。

 有名な踊り子がいるらしい。


 つまり、俺が守るお嬢様がいるブランカ隊から、すぐ後ろにつく芸能一座までは、女性だらけって事だ。


 正直、不安は多いが仕方ねえ。


 200名もの人間が集まっていると、ざわつきも大きい。期待に満ちた人々の熱気と土埃が、独特の雰囲気を醸し出す。

 

 だが、ドートンが広場の演台に現れると、急に静けさが広がった。

 奴は、俺達を目で支配しながら、言葉を発した。


「キャラバン隊長のドートンだ。これから、重要なことを3点話す。一つ、各自の部隊長の顔を覚えておけ。このキャラバンにおいて、私と部隊長の言葉は絶対だ。指示に従わぬ者は、旅の途中であれ隊から出て行ってもらう。二つ、ラクダ経験のないものは、出発までに乗れるよう訓練を受けろ。三つ、事前の説明通り、今回の旅は、命の危険が伴う。自分の命は自分で守る。この意識を持って参加してくれ。以上だ」


 低い静かな声が、広場の全員の耳にしっかりと届いたようだ。

 誰もが、ただ静かにドートンを見つめている。


 彼は普段の練習着だが、その姿はやけに大きく見えた。


 ロイがドートンの横に立つ。

 やっぱりニヤケた面してやがる。


「みなさん、こんにちは。第一部隊の部隊長を務めるロイです。ドートン隊長の指示を、各隊に届ける役も務めます。宜しくお願いします。第二部隊のブランカ隊は、シヴァ隊長。第三部隊の一般隊はラムセス隊長が責任者になります。彼らの顔をよく覚えていてください」

 

 演台のすぐ下に、シヴァの姿が見えた。その隣には、ドートンに似た雰囲気の男が立つ。奴が、ラムセスか。


「では、これからは各部隊にわかれての説明会を行います。各部隊長の元に集まってください」

 

 他の隊と違い、シヴァの元に集まったのは、20人程の女性達のみだ。


 下働きの人間は同じような服装を着ている。その年季の入った衣服と年齢から、彼女達がかなりの経験者だとわかった。


「いつもは、女だからと給金をケチられるけど、今回は嬉しいね。ベテラン女性世話人がご希望だろ」


「そうだよ! 相場の倍貰えるなんて、有難いさ」


「まあ、見知った顔ばかりだから安心だね」


 女性達の表情から、喜びと誇りが溢れている。

 シヴァが皆に声をかけた。


「あらためて、ブランカ隊隊長のシヴァだ。こいつは、俺の部下のピピートだ。宜しく頼む。そして、こちらが専任剣士のヨランダだ」


 俺は、彼女達に笑顔で挨拶する。


「ヨランダです。宜しくお願いします」


「あっらあ、こんなに若いお嬢さんが、専任剣士なの?」

「あんた、たいしたもんだね!」

「ラクダには乗れるの?」


「お姐さん方に比べればまだまだヒヨッコです。色々教えてください」


 顔を合わせての和気あいあいとした空気が、ピピートの冷たい声で破られた。


「おい、誰が話していいと言った? このブランカ隊は、貴人の護衛を任されているんだ。遊び気分は困る」


「ピピート、その辺にしておけよ。今日は顔合わせなんだから」


 シヴァは傭兵らしさが漂う男だが、ピピートはその逆。

 国の騎士団にいそうな、堅物のこうるさい兵士という感じだな。


 こいつは、面接の日にはいなかった。

 俺への侮りの目がそう告げている。


 下働きの女性は、目を伏せて黙り込んだ。


「ひと月間を共にする仲間との、友好的な関係づくりは、むしろ必要ではないですか?」


 俺は爽やかな笑顔をつくり、ピピートに向かい淡々と発言した。


「なんだと? 私に意見するのか?」


「私は、大切な方を御守りする専任剣士の任につくと認識しています。砂漠では何が起こるかわからない。その時に、彼女達、経験値の高い人材は貴重です。護衛の任務は、まわりといかに連携できるが肝だ。シヴァ隊長、私の考えは間違っていますか?」


 俺はあえてシヴァを、巻き込んだ。

 ピピートは眉間にしわを寄せながら、そして下働きの女性達も、皆シヴァを見た。


 さあて、お手並み拝見といくか。


 シヴァは、俺の顔を少しだけ目を見開いて見つめてから、クシャっと顔を縮めた。


「アハハハ……。さすがは、ドートン隊長が認めた専任剣士だ。頭も切れる。よし、ブランカ隊はなるべく、あんたの意見を尊重するよ」


 驚いた。想像以上に、頭が柔らかいヤツだな。


「シヴァ隊長? 何を言うのだ? こんな平民の小娘の言いなりになるなど!」


「ピピート、俺も平民だぜ」


「あなたは剣の腕と経験がある。なぜ、この者の」


「ピピートさんは、ドートン隊長に逆らうのですか?」


 俺は、二人の間に割って入った。


「はあ? 何を戯言を」


「私を小娘呼ばわりして認めないということは、ドートン隊長の決定に不服を申し立てている、って事ですよね。私から隊長にそうお伝えした方がいいですか?」


 にこやかにそう告げると、ピピートは口を歪めた。

 そして、額に血管を浮き上がらせ俺を睨んだ後に、ふっと目をそらした。


「シヴァ隊長、私は所用を思い出した。失礼する」


 足早に遠ざかるヤツの後ろ姿を見ながら、シヴァが呑気な声をあげた。


「あぁあ、あんなに煽っちゃって、どおすんだ?」


「あんたこそ。火種をつくったのはそっちじゃないですか」


「もう少し、平和におさめてくれるかと思ったんだが」


「私は専任剣士ですよ。無駄な軋轢は避けますが、舐められたままでは任務に支障がでますから。仕方ないですね」


「ふぅ。楽しい旅になりそうだな。ヨランダ、そしてお姐さん方、よろしく頼むよ」


 俺だけでなく皆に笑顔をみせるシヴァの姿勢に、女性達も笑みを取り戻した。


「シヴァ隊長、ヨランダさん。こちらこそよろしくお願いします」

「うちら、がんばります!」

「あら、でも、ブランカ商会の偉い人の隊に、この人数じゃ少なくないかい?」


 お姐さんの一人が、俺の疑問を口にしてくれた。

 そうだ、肝心のお嬢様の姿がない。


「ああ、ブランカ商会の方々は、別で説明会を行ったんだ。商会からは、偉い人達とお付きの人間、護衛人なんかも合わせて、20人以上いるかなあ」


「珍しいね。当日まで顔合わせがないなんて」

「よっぽど偉い方なんだね」


「まあ、そんなところだ。皆、よく知っているだろうが、この後は最後の書類書きだ。契約書にサインをしてもらって、今日は終了とする。出発まで、各自、体を整えておいてくれ」


 シヴァの言葉で、解散する。


「ね、ヨランダ。あんたカッコいいね」

「本当に。剣士さん相手に言い返すなんて、あたしゃ怖くてできないよ」

「たのもしいね。よろしく頼むよ」


 女性達が、俺の肩を軽く叩きながら、嬉しそうに笑う。


「お姐さん達こそ、頼もしいです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、ピリついた説明会は終わった。


「ヨランダ、少し話をしておきたい。夜、時間はあるか?」


 別れ際にシヴァが小声でささやいた。


 俺は、どうするか一瞬迷ったが、受けることにする。

 何か、裏情報が得られるかもしれねえ。


「では、オヤジ亭でどうですか? 私のネグラです」


「わかった。では、今晩、オヤジ亭で会おう。……お前、よく見ると、傷が増えてないか? 腕にも、顔にも切傷や青アザがあるじゃねえか」


 すっかり、素でお前呼びをするシヴァに、昔の自分が思い出される。

 俺も、こんな感じだったな。

 いや、だがコイツほど馴れ馴れしくなかったと思うが……。


「一応、色々と鍛錬してるんですよ。専任剣士の名に恥じないよう腕を磨いているところです」


「……そうか。俺も負けてられねえな。じゃあ、また夜に」


 そう素直に言って去っていくシヴァに、親近感をもった。

 裏表は少なそうだし、こいつとは上手くやれそうだ。

 信頼関係を築いておくのも、悪くねえ。……他の剣士は、期待できそうもないからな。


 その後、契約書の書類にサインをして、鍛錬を数時間してから、宿に戻った。


 水を浴びサッパリしてから、一階へ降りる。

 まだ少し早い時間で、オヤジ亭の客の入りは半分にも満たない。

 宝海が奥さんのケリーと一緒に、中央の席に座っていた。


「よお、ヨランダ! ここに座れよ」


 宝海が子どもみたいに手を振りながら、大声で呼びかけてきた。


「……声がでけえよ……」

 

 俺は呟きながら、二人の席へと向かった。


「ヨランダさん、こんにちは。って、その顔、どうしたの?」


 ケリーが目を丸くして俺を見た。

 俺は苦笑いしながら、近くの若い女性給仕にビールとつまみを頼んで席に座る。


「新しい相棒、三節棍を練習中なんですよ。なかなか言う事を聞いてくれなくてね」


「それは……まあ、時間がかかるよね、あの武器は。今日は、あらためてお礼がしたくて来たんですよ」


「お礼は、既にいただきましたよ。相棒を、半値の更に半値で譲ってもらったんだ。もう充分に助かりましたよ。ありがとうございます」


 面接の次の日に、店を尋ねた時の姿が思い出された。

 二人そろって出迎えてくれた。お陰で俺は、三節棍を250ダールで買う事ができた。


「こいつが、どうしてもヨランダにこれも渡せって言うからよ。受け取ってくれ」


「あんただって、それが良いって言ったじゃないか」


 照れながらも、嬉しそうな顔をする宝海と、肩を触れ合いながら話をするケリーの姿に、俺は柄にもなくジンときちまった。


「……よかったな、宝海。捨てられずにすんで」


「ほんと捨てる寸前でしたけどね。ヨランダ、あんたのお陰ですよ。本当にありがとう。これ、受け取ってくださいな」


「てやんでえ。……俺は前から、かかあの事は、ちゃんと好いてんだよ!」


 そっぽを向く宝海を、温かい目で見つめるケリーに、ついアリアの姿を重ねてしまう。

 ……俺達にも、こういう道があったんだろうか……?


「失礼、ヨランダに仕事の話があるんだが、いいか?」


 いつの間にか、シヴァがテーブルの脇に立っていた。


「おお、シヴァさん。あんたも今回のキャラバンに参加するのか?」

「よお、武器屋のオヤジ、そしてケリーさん、こんばんは。ヨランダは俺の隊の新メンバーなんだ」

「シヴァさん、ヨランダのことを、くれぐれもよろしく頼みますね」


 なんだ、皆知り合いかよ。

 やっぱり、兵士はみんな、武器屋に出入りするもんな。

,

 俺は立ち上がりながら、もらった紙袋を手に取った。


「ケリーさん、遠慮なくいただくよ。ありがとう。また出発までに一度、顔を出します。宝海、飲みすぎんなよ」


 シヴァと奥のテーブルに移動する。

 周りに客はいない。


 シヴァはテーブルの向こうから、無言で見つめてくる。

 静かな、しかし強い眼で。


 なんだ、何を読み取ろうとしてるんだ?

 バレて困る事など、俺には何もないぜ。

 

 俺は目をそらさず、そのまま同じように視線を返した。

 こういう無言の話し合いは、嫌いじゃねえ。


 1分か10分が過ぎたのかは、わからない。

 互いに引かない冷戦の後、ヤツは先に目を閉じた。


「ふう、ダメだ。お前、きれい過ぎるぜ……」


 そして、こう続けやがった。


「めちゃめちゃ、俺の好みだ。なあ、俺と付き合わねえか?」


 は?

 戦士の会話かと思えば、てめえ、そういう意味だったのかよ。

 ……ふざけんな。 俺をそんな目で見るんじゃねえ!


 俺は、殺気を込めた目に切り替えて、奴を睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る