第5話 専任剣士
「次、体術」
ドートンは温度のない声で指示をだした。
俺はミーガンから足をのけた。
すぐさま、次の相手が前へと出た。
「第二班、アウグ、いきます」
二番手は俺と同じ背丈、体重は100Kgほどありそうな、重い中年男。
先ほどの若造ほど表情は豊かではないが、しかし眉間と頬は嘘をつかねえ。
俺への忌々しい気持ちを隠しきれねえようだ。
俺は木剣を床に置き、アウグへと近づいた。
体を斜めにして、体の真ん中をずらすように立つ。
片方の掌は胸の前に、もう片方は少し前方の顔の前に。その向こうには相手の顔が見える。
互いに、相手の出方を伺いながら、見つめ合う。
体重がある奴は強い。
普通にぶつかれば、俺は一発でやられる。
奴が先に動いた。俺の腕を取りにくる。
俺は奴の動きに合わせて、ダンスを踊るように奴の手を取った。
そして、相手の勢いを利用しながら、人差し指を握りしめた。
肉弾戦では、頭より先に、体が勝敗を理解する。
奴の指から伝わる筋肉の硬直が、俺の勝ちを教えてくれた。
体重対体重、では勝てない。
だが、俺の全体重を相手の人差し指にのせれば、簡単に折れる。
「グギャ……ぐっ! やめろ!!」
アウグは顔を歪め、目をつぶった。
おいおい、もう降参か?
まだ、指は折っちゃいねえぜ。
「やめるなら、お前の負けになるがいいのか」
一瞬、完全に互いの動きが止まる。
その場にいる全員の呼吸が止まり、時間が完全に静止したように感じた。
そして、奴の瞳に怯えが現れた。
「……やめてくれ……」
「わかった。私の勝ちだ」
俺は、すぐに奴の指を離した。
アウグは、もう片方の手で人差し指を押さえ、呻きながらうずくまった。
戦い。
己と相手が尊厳をかけてぶつかるこの瞬間。
正直、今も心が湧きたつ。
だが、この痛みに満ちた声を聞くと……罪悪感を覚える。
愛の伝道師だなんだと呼ばれてはいるが。昔から、たいして成長してねえな、俺は……。
「次だ」
再び、ドートンの声がした。
その声のトーンは、微妙に違っていた。
奴の顔を見ると、俺を見る目つきが違う。
やっと、俺を本気で見定める気になったらしい。
「第一班、シヴァ、剣術の相手だ。よろしく頼む」
最後の試合は剣術。 俺の前には、かっての自分のような男が立った。
190cm程の長身、筋肉過剰な短髪男。
典型的な傭兵だ。
他の奴らとは違う。
こいつは、嫌味のない本当の笑顔を浮かべてやがる。
昔の俺よりだいぶ軟派な野郎だな。
ロイから剣を受け取り、軽く振る。
やはり、重い。
かと言って、ここに細身の剣はないだろう。仕方ねえ。
勝つためではなく、負けないための方法を考える。
もし、俺が奴だったとしたら。 2試合して勝った女戦士相手に、油断はしねえ。
確実に、慎重に。 『軽く勝つ自分の姿』を、みんなに見せつけようとする。
力で押し抜く。
連続して攻撃を続け、相手の体力切れを待つ。
この男も似たような事を考えるだろうよ。
つまり、俺は奴に近づいたり距離をとったりを繰り返し、体力を温存しながら戦わなきゃならねえ。
この身体にとって重すぎる剣を操り、奴とどれくらいやりあえるか。
体重の軽さを利に変える方法は?
何より、俺の本気を見せずに、実力を見せつけなくてはならない。
なかなか難しいな。
俺は、剣を両手で持ち、剣先を相手へと向けた。
「シヴァ、こちらこそよろしく頼む」
挨拶を返す。
それを合図に、相手も剣先をこちらに向けた。
数秒の静止時間が過ぎると、シヴァは片手で軽々と剣を打ち込んで来た。
力みのない、滑らかな動き。
相手の剣先にこちらの剣を一瞬添わしてから、相手の勢いを利用して軽くはじき返し、即座に後ろへさがる。
奴が打ち込み、俺が奴の剣を流し、すぐに距離を取る。
それを5回ほど繰り返すと、シヴァの笑みは消え、ムスッとした表情へと変わった。
剣での試合ではあるが、聞こえるのは高音の軽やかな金属音。
いつもの練習で聞こえるガキッ、ガン、という低音とは違う。
この違いに、この中のどれだけの人間が気づいてんだろうな?
だが、今は周りを見る余裕はねえ。
俺の腕や足は既に重く、剣を握る掌に痺れが出ている。
だが、ここが、耐えどころだ。
距離を詰めてくる奴の攻撃をかわし、即離れる。
額から汗が流れ落ちる。
悔しいが、奴も汗を流しているから、良しとしよう。
後は、どこで落としどころとするかだ。
逃げ切るか、少しは反撃の動きをみせてやるか?
だが、半端な攻撃じゃ、返り討ちにあうだけだ。
……もう何度、かわして逃げてを繰り返しただろうか。
俺の逃げの戦法に、奴の瞳にも苛立ちと、妖しい狂戦士の光が灯りだした。
ヤバい、こいつが本気をだすと面倒だな。
俺も手加減しながら戦い続けるのは、きつい。
疲れを感じはじめたその時、ドートンの声が響いた。
「終了だ。双方、動くな」
俺達は、動きを止めた。
ドートンが、俺とシヴァの間に割り込んできた。
シヴァが剣を下ろすのを見て、俺も真似する。
ドートンの顔は相変わらずだが、その声は最初よりもほんの少しだけ軽いように感じた。
「ヨランダ、君の能力は理解した。今回のキャラバンの最重要保護対象の専任剣士に任命する」
やれやれ、何とかもぎ取ったな。
「……ありがとうございます」
「このシヴァは、守備隊隊長だ。そして、私の手足として動くキャラバン本部の副隊長が、ロイ。他の者は、追って紹介する」
俺は、シヴァを見た。
奴は柔和な笑みを取り戻し、右手を胸の前に置き、剣士の礼をとった。
俺も同じように礼を返す。
ロイへと目を向けると、奴は仮面のような笑顔を貼り付け、俺にむかって左手をふった。
俺は軽く頭を下げてから、奴に剣を手渡した。
「今日は以上だ。詳しい話はリムリック小隊長から聞いてくれ。リムリック小隊長、これでよろしいか」
「ドートン隊長、お忙しいところ、時間をとっていただき感謝する」
二人が会話をした後に、俺も礼を述べた。
「ドートン隊長、ありがとうございました。よろしくお願いします。皆さんも、今後もよろしくお願いします」
男達の俺へ向ける感情は、一変した。
正確には、より尖ったと言うべきか。
俺を受け入れる者と、嫉妬の感情を向けるもの、腹に何かをおさめながら冷めた目で見る者。違いがよりはっきりしたな。
刺すような視線を背中に受けながら、俺はリムリックと共にさっさとその場を去った。
「リムリック小隊長、ありがとうございました。お陰で、キャラバンでの職を得る事ができた。感謝します」
「こちらこそ、感謝するよ。『愛の伝道師』への礼ができ、また頭を悩ませていた『専任剣士』を得る事ができた。これで安心だ」
現世で、体を鍛えてきた。だが、ここまで真剣に戦ったのは初めてだ。
キャラバンにもぐりこめた喜びの実感はまだ感じられねえ。
それよりも、先程の追い詰められたヒリヒリした感覚、シヴァのあの目、そして自身の体の痛みに囚われる。
「ヨランダ殿。私は面接会場に戻るが、君はどうする? 説明は、また後日でもかまわない。疲れたのではないか?」
確かに。この身体は、限界のようだ。
「そうですね。今日は帰って、汗を流して、一杯飲んで寝ることにします」
「ああ、それがいい。他の面接官には、君の合格を伝えておこう」
「ありがとうございます。まだ実感はありませんが、やっと砂漠をこえる目途がついてホッとしました。これで、旅を再開できる」
「なるほど、君には目的地があるのか。そこには、何があるのだ?」
「……どうしても会いたい人がいるんです」
「そうか……。あらためて、専任剣士就任、おめでとう。そして、宜しく頼む」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
街の喧噪が戻ってきた。 人々の話声、馬のいななき、生活音、煙突から流れ出る煙の臭い。
さっきのドートン邸での出来事が、まるで夢のようだ。
そうか、俺は、キャラバンに参加できるんだな。
アリアへと近づく大きな一歩を、ついに踏み出す。
リムリックの後ろを歩きながら、俺は胸の内側から、じわじわと温かい喜びが湧いてくるのを感じた。
同時に、キャラバンで専任剣士として務めるために、武器が必要だとも思った。
「……そうだ。リムリック小隊長、宝海の店には、珍しい武器が揃ってるとおっしゃいましたよね」
リムリックが振り向き、頬を緩めながら答えてくれた。
「ああ。私は行った事はないが、部下達はよく出入りしているようだ。この辺で見ない形状の剣等があっておもしろいと言っていた。あの亭主も、武器の手入れの腕は確からしいぞ。奥方からの点数は辛いらしいがね」
小隊長と明日また会う約束をして別れた後、宝海の武器屋へと向かうことにした。
おもしろい武器、か。
どんな品揃えなのか楽しみだ。
疲れているはずの体が、足どり軽く進む。
何か、ある。
俺が求める獲物が俺を待っている。
そんな、予感がした。
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