第3話 面接日、オヤジ亭の朝
オヤジ亭の朝はさほど混雑しない。
冒険者達は、仕事がない日は昼からしか起きて来ねえ。だから、朝はどちらかというと仕事をしている女達の社交場になる。
あちらこちらのテーブルで、女性達が楽しそうに話しながら食べている。
今日も注文をすませ席で待っていると、オヤジ亭の女将さんと給仕の女性が、いつもの朝食プレートを持ってやってきた。
「ヨランダ! 昨晩は武器屋のおやじにかましたそうだね。よくやったよ」
「あそこの奥さん、ケリーと私は幼馴染でね。よその女にばかりかまって、家族には優しい言葉ひとつかけないって。いつも旦那の愚痴を言ってるもんだからさ。昨日のあんたの話に胸がスカッとしたよ。ありがとね」
「私は思った事を話してるだけだ。たいしたことはしていないよ」
「いやいや、若いのにたいしたもんだよ。それにしてもさ、話にでてきた酒場の女のコも、別に仕事の一環で仕方なくご飯に付き合っただけだろうに。どうして男ってやつは、自分に気があるなんて勘違いを平気でできるのかね。よく考えりゃ、わかることだろ? そう金持ちでもない家族持ちの、しかも家族を大事にしない男が、若い女性にモテるはずないじゃないか」
「ほんとおめでたい頭をもったやつが多いさね、この辺りの男は。まあ、だからこそ、うちなんかも商売が成り立つんだけど。複雑な気持ちさ」
「そうですね。朝昼は、あたし達大きなこどもがいる主婦で大丈夫ですけど、夜は若いコがいないと、売上が下がりますもんね。悔しいけど」
二人の会話を聞いて、俺は口を挟んだ。
「私は、女性の魅力に年齢は関係ないと思う。色々と経験してきた女性は、いや性別にかかわらず、内側が豊かで優しく強い人は、魅力的だと思うよ。女将さんとラトゥさんも、とてもチャーミングで素晴らしい先輩方だ。いつも世話になり、本当にありがとう。今日の朝飯も美味しそうだ」
瞬時に二人の目じりが下がった。
「いやあだ、もう、ヨランダ! あんた、こんなおばさん相手に何言い出すんだい?」
「まあまあ、いくつになっても褒められると嬉しいもんですね。ありがとね、ヨランダ。ゆっくり食べてっとくれよ」
二人は照れながらも、笑顔で席を離れた。
木製のプレートの上には、定番の品が並んでいる。
大きな麦入りのパンに厚切りベーコン、半分に割ったリンゴ。
泥みてえに濃いコーヒーをすすりながら、さっきの話を反芻する。
俺が宝海にガツンと言ってくれたと、2人は喜んだ。
だが、俺は別に嬉しくもねえ。
むしろ、自分が叱られてるような気になっちまうな。
俺が男どもを諫め、女性の役に立つよう努めているのは、俺が良い人間だからでも、社会の役に立ちたいからでもない。
自分の為だ。
これは、過去のバカな自分の行いへの、贖罪だ。
自身が女として生きるようになり、また、周りの女性から色々な話を聞くうちに、自分の過ちに気づかされた。
俺は今までに、女性に俺との関係を無理強いをした事は一度もない、と思う。……だが、惚れられてると勘違いした事は、多々あるんだろう。
先程のラトゥさんの、どうして男ってやつは自分に気があるなんて勘違いを平気でできるのか、という言葉が耳に刺さる。
昔の俺、デューンの頭を殴りつけて教えてやりてえ。
全て勘違いだ。
お前のそのモテてる、惚れられてるという考えも、カッコいいと思ってする行動も、向こうからしたら迷惑なだけだ。恥ずかしいから、もうやめろ、と。
また、デューンだった頃には考えもしなかった事実にも直面した。
この世の中は、思っていた以上に、不平等だという事に。
金持ち、貴族連中と俺達、平民に確固とした格差があるのは俺だって知っていた。
そして、同じ平民の中にも小金持ちもいれば、学がなく否応なしに低賃金の仕事につく者、明日もわからない傭兵まで、色んな奴がいる。
だが、性別が違うというだけで、男女でこんなに差があるなんて、思ってもみなかった。
自分の事を、女には優しい無頼漢だと思っていたが、大きな勘違いだ。
俺は、女を、女性を、自分と同等の人間だとは認識していなかった。
女性は、男より弱いもの、能力が下の者、か弱き庇うべき存在。
だから、俺が守ってやらねえとな、と思っていた。
失礼な話だぜ。
ヨランダとして、俺は今、男どもから日々洗礼を受けている。
奴らから向けられる性的なギラついた目つきも反吐が出るが、多くの男が無意識にもつ女性(俺)への侮蔑も、どつき回したくなるほどイラッとする。
女性が日常的に受けている善意の膜で包まれた嘲笑を、この8年間イヤになる程に浴びきた。
そして、体格の差からくる男への恐怖、女はこうあるべきだという世間の常識に、社会的な地位の低さ。
単に身体的な違いだけではない。
見えない格差ってやつは、確かにあるんだ。
それと同時に、男性であることの優位性と痛みについても考えさせられた。
男は常に強く、涙を見せず、皆を守って当然。
そんな固定観念に縛られて、男だって辛え。
まあ、俺なりに色々悩んで、何ができるのかを考えた。
それが、バカの昔の俺みたいな男どもへの教育的指導だ。
勝手な自己満足だとはわかっている。
だが、何かせずにはいられねえ。
……アリアと、そして昔関わった女性達へ少しでも償いがしたい。
女性がなるべく幸せに暮らせる環境を、整える手伝いをしたい。
できれば、男も笑って暮らせれば言うことねえ。
それが、愚かな行いを反省しながら、男どもにダメ出しをしてまわってる理由だ。
この身体の元の持ち主、ヨランダという女性への供養にもなると思った。
そんなバカ野郎が、愛の伝道者なんて呼ばれるようになっちまった。
つったく、人生ってのは気まぐれなもんだ。
俺のこの贖罪活動が、女性の役に立ってるかどうかは、正直わからねえ。
だが、俺は現世ではなるべく後悔したくない。
どうせ後悔するんなら、行動しないより、やって後悔する道を選ぶと決意した。
前世の俺は、間違ってた。
自分の気持に気づかないふりをして、行動しなかった。
ただの、臆病者だ。
カッコつけずに、アリアに好きだと言えばよかったんだ。
振られてもいいから、共に生きたいと気持ちを伝えればよかった。
彼女を愛していたのに、大事にしなかった。
……クソっ! アリアの事を考えると、いつも後悔ばかりだな……。
俺は湿っぽい考えを振り払うかのように、勢いよく立ち上がる。
「ごちそうさま、美味かったよ。ありがとう。女将さん、ラトゥさん、良い一日を」
「ああ、いってらっしゃい」
「気をつけてね、ヨランダ」
俺は二人に手を振りながら、オヤジ亭を後にした。
さて、と。
昨日、宝海に偉そうに言った手前、俺も気合い入れねえとな。
この半年間。
愛の伝道者としてまずまず名も売れたし、冒険者としてもコツコツと確実に仕事をこなしてきた。
貴族であるリムリック小隊長との縁もできた訳だし、どう考えても落ちる要素はねえ。
広場には、既に多くの面接希望者が集まっていた。
人々の興奮した声と、埃っぽい空気のなか、守備隊剣士と書かれた受付場へと向かう。
今度こそ、今日こそ、キャラバンの一員になってやる。
そして、大砂漠を越えて、アリアのいる街に行く。
アリア、待っていてくれ。
どうか、あの場所に今も住んでいてくれ。
正直、会えるかどうかはわからない。 そして、会えたところで、俺はいったいどうするつもりなんだ?
何度考えても、わからねえ。
18歳の小娘が、俺は元デューンだと言ったところで、相手にされる訳がねえ。
万が一信じてもらえたとしても、今更昔の男が訪ねてきたって、迷惑なだけだろう。
だが、それでも。
罵られたって構わねえ。
一目だけでもいいんだ。
アリアに会う。
それだけを目標に、俺はヨランダとしてこの8年間を生き抜いてきた。
何が何でも、キャラバンに潜り込んでやる。
俺は、前世で戦士だった。
だが、戦士としての覚悟と技術は、今もなお、このヨランダの魂と体に刻まれている。
女とか男とか、関係ねえ。
俺は俺だ。
俺はアリアにもう一度会う。
絶対に。
決意を固め、剣士受付の長い列に並ぶ。
ひと癖も二癖もありそうな男ばかりだ。
順番が近づいてきた。
面接官の面々を見て、驚いた。
8人中5人は、この半年間に相談にのってやった野郎どもだ。
「おお、愛の伝道者殿ではないか」
「ヨランダ殿、その説は世話になったな」
「ヨランダさん、キャラバンに参加希望なのですか?」
「彼女は本当に素晴らしい愛の伝道者なのだ。私達夫婦も、大変世話になった」
「ヨランダ、なんだ、君は隣町へ行きたいのかい? 昨晩合った時に、相談してくれればよかったのに」
皆が笑顔で俺に話しかけてくる。
この感触。いける!!
俺は、面接官達ににこやかな笑顔を向けた。
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