第13章 その火を、絶やすな。(五)

 「西むら」に戻ると、店の風景がいつもと同じなのに、どこか違って見えた。

 厨房の棚に、見慣れないものが置かれている。

 バラ公爵が残していった、金色の縁取りのされた、ピカピカの鉄板だった。

 しゅんがそれを見つめていると、後ろから、じいちゃんがやってきた。じいちゃんは、その新しい鉄板を手に取ると、店の棚の、一番すみっこに、そっと置いた。

 そして、初めて、しゅんの目を見て、はっきりと言った。

 「火はな、貸し借りしていいもんじゃねぇ」

 その言葉は、ぶっきらぼうだったけれど、温かかった。

 「でも、くれてやるほど、安くもねぇ」

 じいちゃんは、いつもの黒い鉄板を、布でごしごしと磨きながら、続けた。

 「……気に入ったなら、焼け。おめえが、焼きたいように」

 それが、じいちゃんからの、最大の褒め言葉であり、火を継ぐ者への、静かな免許皆伝だった。

 しゅんは、胸が熱くなるのを感じた。

 「……うん」

 はい、でもなく、わかりました、でもなく。

 ただ、短く「うん」と答えるのが、精一杯だった。

 じいちゃんは、それ以上何も言わなかった。ただ、鉄板を磨く音が、店の中に静かに響いていた。

 棚のすみで、金色の縁取りが、西日の光を反射して、キラリと光った。

 それは、勝ち負けのトロフィーではない。

 遠い町の、別の火を燃やす誰かから、しゅんへと手渡された、見えないバトンのようだった。

 この火を、絶やしてはいけない。

 しゅんは、心に強く、そう誓った。



 三沢おばけ社に、報酬が届けられたのは、数日後のことだった。

 届けてくれたのは、しゅんだ。

 彼が差し出したのは、バラ公爵が残していった、あの金縁の鉄板だった。

 「じいちゃんが、これを持っていけって」

 「まあ! こんな高価なもの!」櫻子が驚く。

 センは、商人の目で素早く鉄板の価値を鑑定し、「ふむ、素材と加工を考えれば、かなりの金額になりますな。悪くない報酬です」と満足げにうなずいた。

 だが、この報酬の本当の価値は、お金では測れないものだということを、そこにいる誰もが知っていた。

 これは、世代も地域も超えて受け継がれた、「火のバトン」そのものなのだから。

 「ありがとう、しゅん君。大事にするね」

 櫻子が微笑むと、しゅんは、少し照れたように、一枚のノートを見せてくれた。

 郷土資料を調べた、自由研究のノートだった。

 テーマは、『ぼくの町のバラ焼き』。

 そこには、図書館で調べた三沢のバラ焼きの歴史や、物置で見つけたじいちゃんの屋台の写真、そして、十和田での対決の日のことが、写真や絵を交えて、びっしりと書き込まれていた。

 そして、ノートの最後のページ。

 そこには、たった一行だけ、こう書かれていた。


 ぼくは、この火を、ちゃんと焼ける人になりたい。


 その力強い文字を見た時、櫻子もおばけたちも、確信した。

 西むらの火は、決して絶えることはないだろう、と。


 その日の放課後。

 「西むら」の暖簾をくぐって、数人の子どもたちが入ってきた。学校でしゅんをからかった、翼たちだった。

 「……西村、こないだのテレビ、見たぜ。すげかったな」

 「……あ、ああ」

 「あの……その、じいちゃんのバラ焼き、食ってみたくて」

 翼は、少し恥ずかしそうに言った。

 厨房の奥で仕込みをしていたじいちゃんが、黙ってしゅんに視線を送る。それは、「お前がやれ」という合図だった。

 しゅんは、ごくりと唾を飲み込むと、大きく息を吸って言った。

 「いらっしゃい!」

 しゅんは、友だちの前にカセットコンロと黒い鉄板を置くと、火をつけた。

 そして、ノートに書いた言葉を胸に、まず、山のような玉ねぎを鉄板に広げた。


 ジュウッ、と、新しい火の音がした。

 それは、しゅんが、じいちゃんから「火」を継いだ、最初の音だった。

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