第三十一話 エースの番


 東央学園戦の翌日、次の試合の会場へ着いてブルペンへ向かうと、国見が本当に後ろをついてきた


「本当に来たんだ」


「見ていいって言ったじゃないですか」


「言ったね」


「忘れてたんですか?」


「忘れてないよ」


「今ちょっと怪しかったですよ」


 国見は俺の少し後ろを歩きながら、小さなノートを片手に持っている


「それ何?」


「メモです」


「何書くの?」


「まだ決めてません」


「じゃあいらなくない?」


「見る前から決めつけないでください!」


 ブルペンへ入ると、伊達はもう防具を着け始めていた


 俺の後ろにいる国見へ目をやり、すぐに手を止める


「本当に来たのか」


「伊達先輩まで同じこと言わないでください」


「菅原のブルペンなんか何回も見てるだろ」


「俺が先発したあとに見るのは初めてなんで」


 伊達の手がぴたりと止まった


「ああ、なるほどな」


「何が違うの?」


「お前は黙って投げろ」


「まだ投げてない」


「じゃあ準備しろ」


 結局、何が違うのかは教えてくれなかった


 今日の相手は西城学院


 ここまでの二試合より投手の質は上らしい


 でも、そこはあまり気にならない


 打てる球が来れば打つし、マウンドでは抑える


 やることは変わらない


 今日のオーダーは、


 一番・遊撃、小早川


 二番・捕手、伊達


 三番・二塁、宮田先輩


 四番・投手、俺


 五番・一塁、木下先輩


 六番・三塁、高瀬先輩


 七番・中堅、羽柴


 八番・右翼、石原先輩


 九番・左翼、西川


 前の試合で六回を投げた国見はベンチスタート


 北園たちも今日は控えからになる


 ブルペンでは、まず力を抜いて真っすぐを投げた


 二球、三球


 肩が動いてくるのに合わせて、少しずつ腕を振る


 伊達のミットが鳴るたび、背後からカリカリとペンの音が聞こえてきた


 もう一球投げる


 カリカリ


「……何書いてるの?」


「気にしないでください」


「気になる」


「集中してくださいよ!」


「お前が後ろでずっと書くからだろ」


 伊達まで笑った


「菅原、国見は見なくていいから俺を見ろ」


「見てるよ」


「なら投げろ」


 今度は少し強く腕を振る


 真っすぐが伊達のミットへ収まり、乾いた音がブルペンに響いた


 返ってきたボールを握り直す


「もういい」


「変化球は?」


「一通り確認する」


 カーブ


 スライダー


 カット


 チェンジアップ


 スプリット


 最後にジャイロ


 どれも一球ずつ


 曲がり方と高さだけ確かめて終えると、伊達が立ち上がった


「問題なし」


「うん」


 防具を外しかけた伊達が、後ろを振り返る


「国見、何か分かったか?」


 急に振られた国見がノートから顔を上げた


「……思ってたより投げてないです」


「ブルペンで?」


「はい。もっと何十球も投げ込んでから試合に入るのかと思ってました」


「投げすぎても疲れるし」


 答えると、国見が微妙な顔をする


「菅原さんがそれ言うと説得力ないんですよね」


「また?」


「でも昨日よりはあります」


「昨日?」


「投げない日に、本当に投げてなかったんで」


「普通だよ」


「俺、もう普通の基準が分かんなくなってきました……」


 伊達が俺の横を通り過ぎながら言った


「そこは早めに諦めろ」


「何でですか!」


 国見が後ろで騒ぎ始める


 俺は先にグラウンドへ向かった


 今日は最初から俺のマウンドだ


 前の試合では六回まで左翼から見ていた


 それも思っていたより面白かったけど、やっぱりここへ立つ方が落ち着く


 一回表


 先頭の小早川が初球から振った


 金属音が響き、打球は左中間を破っていく


「よし!」


 ベンチから大友の声が飛んだ


「初球から!?」


「声でかいって」


 国見の声まで聞こえてくる


 小早川は二塁へ滑り込み、その勢いのまま立ち上がった


 無死二塁


 続く伊達は二球目


 外寄りの球を右前へ鋭く運ぶ


 小早川は迷わなかった


 二塁を蹴り、三塁も回る


 右翼手が前へ回り込んで捕った時には、もう完全にホームへ向かっていた


 返球が来る


 小早川が滑る


 先にホームへ触れた


 一対〇


 無死一塁


 ベンチ前でバットを持っていると、小早川が戻ってくるなり胸を張った


「どうよ!」


「速かったね」


「そこじゃない!」


「ツーベースも打った」


「そう! 長打!」


 まだ前の試合の話を引きずっているらしい


「これで俺も長打勝負参加だからな!」


「もう終わってるぞ」


 一塁にいる伊達の代わりに、高瀬先輩が横から突っ込んだ


「今日から第二回です!」


「勝手に大会増やすな!」


 宮田先輩が二塁へ転がし、伊達が二塁で封殺される


 一死一塁


 俺の第一打席


 西城学院の右投手は外の真っすぐから入ってきた


 一球目はストライク


 二球目は少し外れてボール


 三球目、低めの変化球は見送る


 二―一


 四球目


 高めの真っすぐ


 打てると思って振ったけど、少しだけ差し込まれた


 センターへのフライ


 二死一塁


 戻ると、小早川がニヤニヤして待っている


「珍しいな」


「何が?」


「お前が普通のセンターフライ打つなんて」


「普通に打つこともあるよ」


「そうなんだけどさ」


「何?」


 小早川が妙にしみじみ頷く


「何か安心する」


「失礼じゃない?」


「お前も人間なんだなって」


「小早川」


 そこへ伊達も戻ってきた


「次お前が凡退したら、同じこと言ってやるからな」


「俺はいつでも人間だよ!」


 木下先輩が三振に倒れ、初回は一点止まり


 一回裏


 マウンドへ上がり、伊達からボールを受け取る


 先頭は右打者


 初球


 外のボールゾーンへ向かう軌道からスライダーを戻す


「ストライク!」


 打者の肩がわずかに動いた


 二球目は真っすぐ


 一五〇キロ


 振り遅れた打球がファウルになる


 追い込んで、三球目は内へジャイロ


 詰まった打球がショートへ転がった


 小早川が前へ出て、軽く一塁へ送る


 一死


 二番は左


 伊達のミットが内角へ寄った


 カーブ


 左打者の背中側へ向かうように見せる


 身体がわずかに逃げたところから、大きく曲がって内角へ入った


「ストライク!」


 打者が一度だけ打席の足元を見る


 嫌そうだ


 同じところへもう一球投げる必要はない


 次は外へ逃がすスライダー


 見送ってボール


 三球目は身体側から入るカット


 バットの先へ当たった打球が浅いセンターへ上がる


 羽柴が数歩前へ出て捕った


 二死


 三番は右


 真っすぐを二球


 一球目はファウル、二球目は見送られてボール


 伊達のミットが低く落ちた


 スプリット


 腕を振る


 打者のバットがボールの上を通った


「ストライク! バッターアウト!」


 三者凡退


 ベンチへ戻ったところで、国見がすぐ近くまで来た


「最初からあんな投げ方するんですね」


「どれ?」


「二番へのカーブです」


「左の?」


「はい。俺なら初回はもうちょっと普通に入ると思います」


「ストライク取れそうだったから」


「当たりそうに見えましたよ」


「当たらないよ」


「それは分かってますけど!」


 防具を外していた伊達が横から割り込む


「国見、こいつに普通の入り方聞いても無駄だぞ」


「何で?」


「一球目から打者が嫌がることしか考えてないからな」


「打たれたくないし」


「ほら」


 国見が少し考えてから頷いた


「……でも、それはちょっと分かります」


「分かるの?」


「投手なんで」


「じゃあ次やれば?」


「できたらやりますよ!」


 二回表は高瀬先輩が三ゴロ


 羽柴がレフト前へ運び、一死一塁


 石原先輩は右飛、西川も二ゴロで無得点


 二回裏


 四番の右打者に初球の真っすぐをセンター前へ運ばれた


 今日の初安打


 無死一塁


 五番は左


 初球はまた背中側からのカーブ


「ストライク!」


 ただ、今度の打者はほとんど身体を引かなかった


 さっきの打席をベンチから見ていたんだと思う


 なら、同じ続け方はしない


 次は外へスライダー


 打者が手を出す


 引っ掛けた打球はショート正面


 小早川から宮田先輩


 宮田先輩から木下先輩


 併殺


 一気に二死走者なし


 六番を右飛に打ち取り、この回も打者三人で終わった


 三回表


 小早川がまた右前へ運ぶ


「また出た!」


 大友がベンチから身を乗り出す


「今日は小早川先輩の日ですかね」


「まだ三回だぞ」


 柴田の冷静な声が続いた


 伊達は初球を見送り、二球目


 バントの構えから三塁側へきれいに転がす


 小早川が二塁へ進み、一死


 戻ってきた伊達がヘルメットを脱いだ


「これでいい」


「打たないんだ」


「一点差だからな」


「打てそうだったのに」


「だからこそ、相手は打ってくると思うだろ」


 宮田先輩が右前へ運んだ


 小早川は三塁で止まり、一死一、三塁


 俺の第二打席


 初球は外の真っすぐでボール


 二球目、内へ来た球をファウル


 三球目は外へ逃げる変化球


 見送って二―一


 四球目


 真っすぐが少しだけ中へ入った


 迷わず振った


 手応えが残る


 打球は左中間へ伸び、追う中堅手の前を抜けていく


 小早川がホームへ


 宮田先輩も三塁を回った


 二塁へ滑り込んで顔を上げた時には、宮田先輩もホームを踏んでいる


 三対〇


「よっしゃあ!」


 ベンチから大友の声が響いた


 二塁から見ると、国見が隣で片耳を押さえている


 木下先輩が右飛、高瀬先輩が遊ゴロでチェンジ


 三回裏は七番から


 外へ逃がすスライダーで空振り三振


 八番は三ゴロで二死


 九番は最後まで真っすぐを待っていた


 二球続けてファウル


 伊達はもう一度、高めへミットを上げる


 まだ待つなら、そこへ投げればいい


 腕を振った


 一五二キロ


 バットが遅れる


「ストライク! バッターアウト!」


 三者凡退


 戻ると、大友が目を丸くしていた


「菅原さん」


「何?」


「俺、さっき打てるかもとか言ってましたよね」


「言ってたね」


「今の見て撤回します」


「早くない?」


「一五二を高めに投げられたら無理です!」


「じゃあ低めなら?」


「そういう問題ですか!?」


 柴田が横で笑う


「ちゃんと練習してから挑め」


「分かってるよ!」


「大友、次の攻撃準備手伝え」


 監督に言われ、大友が慌てて走っていった


 四回表


 羽柴は三球目を引っ掛けて二ゴロ


 石原先輩は外の真っすぐに空振り三振


 二死から西川がフルカウントで四球を選ぶ


「よく見た!」


 ベンチから声が飛ぶ


 一番へ戻って小早川


「ここ打ったら今日三本目!」


 また大友の声


 小早川は初球から振った


 打球はライト正面


 右翼手がほとんど動かず捕ってチェンジ


 戻ってきた小早川が一直線に大友を見る


「三本目とか言うから!」


「俺のせいですか!?」


「今のは絶対お前のせい!」


「無茶苦茶だ!」


 四回裏


 先頭にはカットを打たせ、一ゴロ


 木下先輩がそのままベースを踏んで一死


 二番の左打者にはレフト前へ運ばれた


 今日二本目のヒット


 一死一塁


 三番への初球は内のカット


 ファウル


 二球目は外のボールゾーンから戻すスライダー


「ストライク!」


 一気に追い込む


 伊達のミットが低めへ落ちた


 チェンジアップ


 打者の身体が少し前へ出る


 遅れて出たバットは空を切った


 二死一塁


 四番は初球の真っすぐを打ち上げる


 中堅の羽柴が一度前へ出かけた


 すぐに足を止め、後ろへ切り返す


 最後は少し右へ寄って捕球した


 チェンジ


 戻ってくる羽柴をベンチ前で待った


「今ちょっと迷った?」


「……分かりました?」


「最初、前に出ようとしただろ」


「打った瞬間は浅いと思ったんですけど、思ったより伸びました」


 羽柴が自分のグラブを一度見た


「捕れましたけど、最初から下がれてたらもっと楽でした」


「うん」


 隣から北園が入ってくる


「シニアの時なら普通に最初から下がってただろ」


「高校生の打球、伸び方が違うんだよ」


「お前も高校生だぞ」


「お前もだろ!」


「俺は内野だから」


「関係あるか!」


 二人がそのまま言い合いを始めた


 俺は今の打球が落ちた辺りをもう一度見る


 アウトにはした


 記録にはただの中飛しか残らない


 でも羽柴なら、多分あれをもっと簡単に捕れるようになる


 今はまだ、その途中なんだと思う


 五回表


 先頭の伊達が左中間へ二塁打


 小早川がすぐ騒ぎ始めた


「また長打!」


「お前、今それしか見てないのか?」


「大事だろ!」


「試合の方が大事だ!」


 宮田先輩が二塁方向へ転がし、伊達が三塁へ進む


 一死三塁


 俺の第三打席


 外野が少し下がった


 初球、二球目は外へ外れてボール


 三球目


 低めの真っすぐ


 振り抜く


 打球は右翼へ高く上がった


 十分な距離がある


 伊達が三塁を蹴る


 返球は来たけど間に合わない


 四対〇


 二死走者なし


 ホームへ還った伊達がベンチへ入る


「これでお前三打点」


「うん」


「俺が出たからな」


「そうだね」


「もうちょっと感謝しろ」


「ありがとう」


 伊達が一瞬黙った


「……素直に言われると何か調子狂うな」


「どうすればいいの?」


「知らん」


 木下先輩が二ゴロに倒れ、この回は一点


 五回裏


 五番には初球からカットを使い、三球目を詰まらせて二ゴロ


 一死


 六番には外へ逃げるスライダーを続け、最後はボールゾーンへ少しだけ落として空振り三振


 二死


 七番


 真っすぐを二球続け、どちらもファウル


 伊達が高めへ構える


 腕を振った


 一五一キロ


 バットが遅れる


 空振り三振


 三者凡退


 別に三振を増やそうと思って投げているわけじゃない


 それでも、気づけば五回まで被安打二、四球なし


 三振は七つになっていた


 六回表


 高瀬先輩が四球


 羽柴が右前へ運び、無死一、二塁


 石原先輩がきれいに送って一死二、三塁


 西川がライトへ打ち上げる


 高瀬先輩がタッチアップ


 羽柴も二塁から三塁へ進んだ


 五対〇


 二死三塁


 小早川はいい当たりを飛ばしたけど、ショート正面


 追加点は一つで終わった


 六回裏


 八番にはスプリット


 バットの下を抜いて空振り三振


 九番を二ゴロ


 一番にはカット


 芯を外した打球がセンターへ上がる


 羽柴は今度、一歩目から迷わず落下点へ入った


 ほとんど足を止めた状態で捕る


 三人で終わった


 ベンチへ戻ったところで監督に呼ばれた


「菅原」


「はい」


「ここまでだ」


「交代ですか?」


「六回で十分だ」


「まだ投げられます」


「知ってる」


 それで終わった


 伊達が防具を外しながら横へ来る


「六回で被安打二。五点差」


「球数は?」


 水瀬がすぐノートへ視線を落とした


「六十八球です」


「少ないね」


「だから十分なんだよ」


 監督がそれだけ言って、今度は石原先輩を見る


「石原、七回からマウンド」


「はい!」


「菅原は左翼。西川、右翼へ回れ」


「はい」


 返事をしてグラブを替えようとすると、国見がニヤニヤしながら近づいてきた


「不満そうですね」


「まだ投げられるし」


「俺、前の試合で六回投げた時は結構きてましたよ」


「今日は六十八球だし」


「そこ比べないでくださいよ」


「でも六回は同じ」


「全然違います!」


 伊達が笑いながらまた防具を着け始める


「国見、気にしたら負けだぞ」


「もうそれ昨日から何回も聞いてます!」


 七回表


 伊達は中飛


 宮田先輩が右前へ運んで一死一塁


 俺の第四打席


「菅原さん、もう投げないんだからホームランお願いします!」


 大友の声が飛んできた


「関係ある?」


「体力余ってるじゃないですか!」


「そういう問題じゃないだろ!」


 国見の突っ込みまで続く


 一球目、外の真っすぐを振り遅れてファウル


 二球目の変化球は見送る


 三球目


 低めへ落ちた球にバットが空を切った


 三振


 二死一塁


 木下先輩も二ゴロに倒れ、追加点はなし


 七回裏


 俺は左翼へ入った


 マウンドには石原先輩


 去年までなら、この形になると少し落ち着かなかった


 自分で投げた方が早い


 今でも、投げたい気持ちはある


 ただ、今日は五点ある


 石原先輩が二番への初球からストライクを取り、打たせて三ゴロ


 一死


 三番には左前へ運ばれた


 一死一塁


 それでも四番を空振り三振


 五番も右飛


 ゼロで戻ってくる


 ベンチ前では国見がすぐ石原先輩へ寄っていた


「ナイスです!」


「おう」


「菅原さんのあとって、やっぱり投げにくくないですか?」


「聞くな」


「やっぱり!?」


 石原先輩が苦笑する


「球速差がありすぎんだよ。俺の真っすぐまでチェンジアップみたいに見える」


「それ、逆に打ちにくそうですね」


 俺が言うと、石原先輩がこっちを見る


「お前は簡単に言うな」


「でも抑えてました」


「……ならいい」


 八回表


 高瀬先輩が右飛で一死


 羽柴が右前へ運んだ


 今日三本目


「三本目!」


 北園が立ち上がる


「うるさいな!」


 一塁上の羽柴も笑っている


 石原先輩が送りバント


 二死二塁


 西川が外の球を右前へ運んだ


 羽柴が三塁を蹴る


 右翼からの返球より早くホームへ入った


 六対〇


 一塁上の西川が珍しく拳を握る


 ベンチも一気に騒がしくなった


 一番へ戻って小早川


「ここで打ったら今日三本だぞ!」


 大友がまた叫ぶ


「さっきそれで打てなかったんだから黙ってろ!」


「応援なのに!?」


 初球


 小早川が鋭く振り抜く


 音は良かったけど、打球はセンター正面


 捕球されてチェンジ


 戻ってきた小早川が大友を睨んだ


「やっぱりお前のせいだ!」


「二回目!?」


 八回裏


 六番が初球を打ち、レフト前


 無死一塁


 七番は左飛


 一死一塁


 八番に右中間を破られ、一死二、三塁


 九番には代打が送られた


 さっきまで騒いでいたベンチも少し静かになる


 伊達はマウンドへ行かない


 石原先輩は初球からストライク


 二球目を打たせた


 二塁方向へのゴロ


 宮田先輩が一塁でアウトを取る間に、三塁走者がホームへ入る


 六対一


 二死三塁


 続く一番をショートゴロ


 小早川が処理して、それ以上はやらない


 戻ってきた石原先輩がベンチで大きく息を吐いた


「一点取られた」


「まだ五点あります」


 国見がすぐ横から言う


「お前、昨日自分が一点取られた時はあんなに気にしてたじゃねえか」


「人の時は冷静に見られるんです」


「便利だな」


「自分でもそう思います」


 九回表


 伊達が二ゴロ


 宮田先輩は中飛


 二死で俺に回った


 外の真っすぐを二球見て、一―一


 三球目


 低め


 センター返し


 打球が投手の横を抜け、そのままセンター前へ転がった


 二死一塁


 ベンチから小早川が叫ぶ


「長打じゃない!」


「ヒットだよ」


「今日の長打勝負は俺の勝ちだからな!」


「俺、二塁打打ってるよ」


 少し間が空いた


「……そうだった!」


 何で忘れていたんだろう


 木下先輩が遊ゴロに倒れてチェンジ


 九回裏を前に、監督がまた動いた


「北園、遊撃」


「はい!」


「小早川は中堅。羽柴は左翼」


「はい!」


「菅原、一塁」


「はい」


「木下、下がれ」


「はい!」


 守備位置が一気に変わる


 北園が木下先輩のところへ入り遊撃


 小早川は遊撃から中堅


 羽柴が中堅から左翼


 俺は左翼から一塁へ回る


 外野用グラブを手にした小早川が北園へ声を掛けた


「最後だからってミスすんなよ」


「小早川先輩こそ、センターで変なことしないでくださいよ」


「俺はセンターもできる!」


「知ってます」


「じゃあ何で言った!」


「言いたかっただけです」


「北園!」


「試合終わってからやれ」


 伊達に一蹴された


 俺は一塁へ向かう


 去年なら、こんな守備変更はなかなかできなかった


 一人動かしたら、空いた場所を埋めるためにまた誰かを動かす


 その度に次の穴ができた


 今は北園を遊撃へ入れられる


 小早川は中堅へ行ける


 羽柴を左翼へ動かして、俺まで一塁へ回れる


 九回裏


 先頭の左打者が二球目を打った


 ショートゴロ


 北園が前へ出る


 捕って、そのまま一塁へ


 強い送球が俺のミットへ真っすぐ入った


「アウト!」


 普通のショートゴロ


 北園も何も言わず定位置へ戻ろうとする


 センターから声が飛んだ


「普通!」


 小早川だ


「普通でいいでしょ!」


 北園が振り返る


「試合中!」


 案の定、伊達に怒られた


 三番はセンターフライ


 小早川が余裕を持って捕る


 二死


 最後は四番


 強い打球が一塁線へ来た


 正面


 ミットに入れ、そのまま一塁ベースを踏む


「アウト! ゲームセット!」


 六対一


 整列を終えてベンチへ戻ると、大友が真っ先に羽柴へ寄っていった


「三安打!」


「お前今日そればっか見てたのかよ」


「国見は投手! 俺は打者!」


「まだ公式戦で打席立ってないだろ」


 柴田がすぐに突っ込む


「これから立つんだよ!」


「監督に言え」


「言ってくる!」


「今はやめろ!」


 柴田が慌てて大友を引き止める


 その横では、国見が石原先輩のところへ行って今日の投球について何か聞いていた


 北園は小早川にさっきのショートゴロをいじられ、羽柴は三本打ったのにもう守備の話をしている


 俺は六回無失点


 被安打二、四球なし、七奪三振


 打つ方では二塁打とセンター前ヒット


 三打点


 悪くない


 でも、今日一番残ったのはそこじゃなかった


 七回にマウンドを降りても、試合はそのまま進んだ


 石原先輩が三回を投げた


 羽柴が三本打った


 西川が追加点を取った


 最後は北園が遊撃へ入り、小早川も羽柴も守備位置を変えた


 それで六対一


 普通に勝った


「菅原さん」


 水瀬がスコアブックを抱えてやってくる


「何?」


「六回六十八球。被安打二、四死球なし、七奪三振です」


「七個?」


「はい」


「そんなに取ってたんだ」


「数えてないんですか?」


「アウトの数は数えてたよ」


「三振も数えてください」


 水瀬が笑いながらページをめくる


「打つ方も二安打三打点です」


「小早川は?」


「またそれですか?」


「長打」


「二塁打一本です」


「俺も一本」


「引き分けですね」


「伊達は?」


「二塁打一本です」


「三人一緒か」


 少し離れたところで聞いていた小早川がすぐ振り返った


「次こそ決着だからな!」


「まだやるのかよ」


 伊達が呆れたところで、監督から集合が掛かった


 全員が近くへ集まる


「今日でベスト8だ」


 大友もそこで口を閉じた


「次は準々決勝」


 監督が対戦表へ目を落とす


「高徳学園だ」


 さっきまで残っていた笑い声が消えた


 俺も顔を上げる


 高徳


 去年の秋、二対一で負けた相手


 内野安打で走者を出され、走られて、送られて、スクイズ


 それを二度やられた


 まともに打たれた感じはほとんどない


 なのに、最後には一点足りなかった


「高徳……」


 国見が小さく呟いた


 北園はもう何も言わない


 羽柴も相馬も、対戦表から目を離さなかった


 大友と柴田まで静かになっている


 あいつらも去年、あの試合をスタンドから見ていた


 小早川が俺の横へ来る


「やっと来たな」


「うん」


「今度は勝つぞ」


「うん」


 伊達もこっちを見る


「去年と同じ一点じゃ足りないからな」


「じゃあ、もっと取る」


「そういう意味だけじゃねえよ」


「分かってる」


 多分


 対戦表の「高徳学園」をもう一度見る


 去年は俺が抑えて、俺が打って、それでも一点足りなかった


 今も、俺が抑えるつもりだし、打つつもりも変わらない


 ただ、去年とは違う


 国見がいる


 北園がいる


 羽柴も、相馬も、大友も柴田もいる


 石原先輩だって今日三回を投げた


 俺がマウンドを降りても、試合は終わらなかった


 ボールを握っていない時にも、勝つための仕事をする奴がいる


 それが今は分かる


「勝ちたいな」


 口から出た言葉に、隣の伊達が少しだけ笑った


「当たり前だろ」

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