亥の子と釣り具への応援コメント
自主企画へのご参加、ありがとございました。
昭和50年代ぐらいのイメージでしょうか。
北海道にはない風習のようで勉強になりました。
周囲に釣りをする子どももいなかったので別の世界のお話をきいているようでした。
なんといえばいいのでしょうか。
見たことのない光景が日常として描かれると不思議な気持ちになり、わたしとしてはファンタジーに入り込んだような印象でした。幻想小説のように見えたのです。
舗装されていないというのは、空き地とかの話じゃなくて普通に道路が舗装されてないってことですよね。
あ、そういえば舗装されてる場所では座布団を敷くというのも妙にリアルです。アスファルトが痛むからということですよね。昭和のひとつの風景が切り取られているようです。
眠りに落ちるところからの最終段落はとても好きです。
雨のせいで石を落とした地面の窪みを思い出すことになって、別の班?ではいくらもらえたのかという連想につながって、窪みの水たまりに青空を見て釣果が不安になってというのが子どもぽくてよかったです。思考がふらふらしてるのが子どもぽいなあ、というのと、人物が大人の時にこういう状態を書くと「意図して注意散漫な状態を書いている」というようになっちゃいそうです。子どもなので、そのまま子どもの描写になっているような。特に何かを書かないことが描写になっているような。
あとは、意図したものかわからないんですけど、夢に落ちたあとでシーン転換させないで(つまり空行をおかないで)そのまま次のシーンに入るでしょう?それがとてもよかったです。読者としては、なんとなく夢の続きを読んでるような気持ちになりました。もちろん夢の続きだと誤読するわけじゃないんですけど、一連なりになっているようでよかったです。
とりとめのない感想ですみません。
本当に独特の魅力があって面白かったです!
作者からの返信
企画をありがとうございました、お陰様でこうしたお話を書く機会を得られました。
タグに昭和とつけてしまいましたので……そうですね、昭和後期の光景です。亥の子の風習はどうも西日本が中心のようで、おそらく(Wikipediaによる原義によれば)農家による豊穣への感謝が含まれていたのではないかと思います。実際、この行事が行われていた場所には農家がかなり混じっていました。その意味で、都市部に住んでいる方は経験されることがない行事なのかなとも思います。
釣りの経験がないと、仰る通り、いよいよ幻想文学ですよね。これは川釣りですが、海釣りと比べても勝手が違います。軽装で釣り糸を垂れるだけで釣れるので、子供でも、数千円という高価な釣り竿+リールさえあれば楽しめるレジャーです。
翌日の表現、少し省略しすぎました、分かりづらかったですね。読み解いてくださったとおり、玄関先が舗装されていない家も結構あったのです。そういうところは亥の子の跡が残っていました。逆にアスファルトやコンクリートで舗装されている場所に石を打ち付けるわけにはいきませんから、座布団を敷いてやるのです。それでも石と地面の衝突でかなりの衝撃があり、地震のように振動が響き渡っていました。
ヨシコの視点は常に目の前だけを見ています。完全に子供視点です。幼き日の視点を思い出しながら書いてみたので、それっぽくなっているかなと思います。たぶん、大人になってから思い出す子供の頃の光景や印象は、このヨシコのようなものだろうなと思うのです。娯楽小説では頭の良い子供が多いですが、小学生低学年なんてこんなものですよね。
方言含め、読み辛いところもあったかと思いますが、詳しくご感想もくださり嬉しかったです。ありがとうございました。
亥の子と釣り具への応援コメント
亥の子祭り、ちょっと調べてみましたけど、本当に様々な形があるんですね。なんで火の神なんだろう?と思ったら、亥が水の気を持ち、火に強いことから防火の守り、転じて火の神となってるとか、調べててつい楽しくなってしまいました😆
子どもたちが「お小遣いがもらえる日」として認識してるのもとてもリアルで、釣り針買いたいからっていうのも田舎の子っぽくて微笑ましかったです。
……すいません、広島のおじいちゃんのところに子供の頃遊びに行った時、めっちゃギャング針使って釣りしてました💦
いや、釣り初体験で、おじいちゃんが用意してくれた竿と針をそのまま使ったから、知らなかったのです。
たぶん天井川ではなかったので、お許しください🥺
作者からの返信
お読みくださりありがとうございます。
亥の子の由来は、私もインターネットで掲載されるようになって初めて知りましたので、昔は「よく分からないけれど石を突いた行事」の認識でした。お小遣い+カレーは子供を魅了するコンボでしたね。もしかすると、まだあの地域に残っているのかもしれませんが、それを確かめる術もないため、ネットの記録で知る程度です。
歌詞も地域バリエーションが豊富ですね。他の地域の歌詞を見ると源流の意味が残っている気がします。私のところの詩が短いのは、おそらく子どもが覚えきれなかったのと、突く時間が長くなるのと、あたりが理由でしょう。それでも当時は大事に伝えられていたのですね。
釣りに関しては、当時は煩いことは言われませんでした。サトシが目敏いだけで、ギャング針を普通に使っていました。まぁ釣果は変わらないのですけれど(笑
このお話の無駄な知識をひとつ。「天井川」は両岸の土手が周辺の家の屋根よりも高く、大雨のときは土手の上まで水面が上がり、周辺の家の屋根よりも高くなることからその名がついたそうです。実際に大雨の時は、箪笥の下の段を上に上げたりなど、洪水に備えて色々とやっていた覚えがあります。
編集済
亥の子と釣り具への応援コメント
文学チックな掌編で、(おそらく)広島弁(というのでしょうか?)の会話がすごく良い味を出していると思います。
亥の子という行事は存じませんでしたが、なかなか趣深い行事ですね。
ご褒美目当てで行事に参加し、心の内でいろいろと考えを巡らすヨシコがかわいらしいです。よくわからないままついて回っているうちにだんだん楽しくなってくる、というのは、ああめっちゃわかる!と思いながら読みました。
彼女に素晴らしい釣果が訪れることを、陰ながら祈っております!
面白かったです!
作者からの返信
お読みくださりありがとうございます。
そうです、広島弁です。しかも子供たちが使うような汚い?言葉遣いなので、ネットで調べても出てこないような言い回しになっている部分もあります。
亥の子の行事が残っているのは、たぶん、西日本でも稲作が盛んな地域なのかもしれません。私の知る限り農家の方々がいましたので、豊穣を感謝して行うという源流に近い思想があるように思います。
ヨシコの釣りは、きっと一過性のもので、大人になって懐かしむような趣味なのだろうと思っています。近隣の海で釣れば、カサゴやシャコなども引っかかったりしますので、彼女はそのうちに岸壁から釣るようになるでしょう。
亥の子と釣り具への応援コメント
方言書ける物書きになりたいですね。
それだけで彩りになります。
それにしても面白い風習ですね。
元の意味を詳しく知ってるのは大人だけかもですが、こういった行事は残っていってほしいなと思います。
素敵な掌編でした。
作者からの返信
お読みくださりありがとうございます。
広島弁、それも子供っぽい言葉遣いでしたので、少し分かり辛いところもあったかもしれません。文脈で意味は読めますよね。
亥の子は私も大人になって思い出すまで、何の行事だったのか知らずじまいでした。今はWikipediaなどに全国のバリエーションも載っていて源流も何となく分かります。どうも口伝の伝承のようで、明確な由来や経緯などもはっきりしない様子ですね。
亥の子と釣り具への応援コメント
子どもの頃の感覚が蘇りました。なんかよく分からないことをさせられるけど、お小遣いがもらえる神イベントっていう認識がリアルですね。家と違う場所で食べると米がかたいなとかも思いますよね。細かい描写が凄く良かったです!
作者からの返信
お読みくださりありがとうございます。
目の前しか見ていない子供視点でした。できること=財力という、分かりやすい世界で生きているヨシコは、きっとお小遣いがないならないなりに楽しんで生きるのだと思います(笑
カレーの触感など、子供が感じるだろうなという描写を楽しんでくださったようで嬉しいです。