第7話 アグニスさんと服屋に行こう!

 袖がレース状になった薄茶色の上着に薄いグレーのロングスカート、焦茶の靴という服装で鏡の前に立つ。


 故郷では休日でさえこんな格好はしたことがなかった。

 万一緊急で呼び出された時に怒られたり笑われかねないから、というのもあるけれど単に自分には似合わないと思って避けていたのだ。


 まあ似合う似合わないはやっぱりよくわからないのだけれど、気分が上がるのはわかった。

 服を用意してくれたピオさんに感謝しよう。


 ちなみに直接試着して選んだものではないので少しだけ大きい。

 それも鑑みて今日は服屋に寄ることになっている。


 玄関ホールに向かうとすでに人影があった。

 付き添いとして同行してくれるアグニスさんだ。


「お待たせしまし……」


 声をかけようとしたものの……最後まで言えなかった。

 縦縞のベストに黒いスーツを合わせたアグニスさんは騎士団長というよりモデルに見える。戦場では恐ろしく見えた高身長も大きな手も体幹のしっかりとした芯のブレない体もベストマッチしていた。


 固まっているとアグニスさんが片手をあげる。


「おはよう。似合ってるじゃないか、そのままパーティーにも出られそうだ」

「あ、ありがとうございまふ……、っす! えと、アグニスさんも似合ってます」


 ドレスではないのでパーティー云々はお世辞だとわかっている。

 わかっているのに照れてしまい、ついでに舌も噛んだ。うーん、最悪だ。

 恐縮しているとアグニスさんが下ろした手をそのままこちらに伸ばしてきた。


「ははは、ありがとう。今日は宜しく頼む。さあ、行くか」

「は、はい」


 その手を取ると、私の手首から先がすっぽり収まるほど大きくて驚いた。

 そう、心臓がうるさいのはきっと驚いたせいだ。


     ***


 エレメルクの首都、アクアブルグの中央区。

 賑わう街は老若男女様々な人間で溢れており、そんな人たちを相手に商売をしている店も威勢が良いというか何というか……元気だった。

 市場みたいな雰囲気で溌溂とした呼び込みが行なわれている。カフェなのに。


「なんだか独特の雰囲気ですね?」

「アクアブルグは首都なだけあって商売が盛んでな、数代前の領主が商人を支援して流通をスムーズにしたんだが……その時に手を組んだ商人の気質が根付いたらしい」


 それでジャンルに関係なく商魂逞しいことになったようだ。

 今まで他国の文化に興味はなかったけれど、こうして聞くと面白いなと思う。


「とはいえ他の地区までそうというわけじゃない。中央区が一番色濃いな」

「なるほど……」

「俺としては好きな空気だ。皆気安いし、そのほうが色々な話を聞きやすい」


 情報収集にもってこいということだろうか。

 たしかにちゃんと客として振る舞っていればどんな質問をしても気さくに答えてくれそうだ。

 そんなことを考えていると服屋の前に着いた。

 店の佇まいを見て固まり、しかしこのままだと流されて入ることになると気づいて自分を奮い立たせる。


「ア、アグニスさん! ここって高級な服を扱う店なんじゃ」

「品揃えの良い店だ。俺も良く来る」

「ひぇ」


 同じ騎士団長の立場だったはずなのにこの差はいったい……。

 私は故郷では私服が三着しかなかった。ちなみに四季を通して、だ。

 戦闘用の装備に関しては相応のものを使っていたけれど、これは国から与えられたものである。


 うう、本当にこの差はいったい何……。


「さあ、行くぞ。大丈夫だ、今回は一から作るわけじゃないから時間はかからない。とはいえ採寸はあると思うが」

「ハードルが下がってるようで下がってない!」


 しかしここで「分不相応なので別の店が良いです!」などと言えるはずもない。

 私は意を決して店へと入り――もみくちゃにされた。凄い。まさにもみくちゃだ。


 採寸して店員さんオススメの服を何着も試着させられ、ついでに服に合う装飾品や帽子なんかも勧められてしまった。

 店員さんは五人がかり。

 どうやらアグニスさんは元から凄い太客として認識されていたらしい。

 そしてそんな太客が連れてきた私もターゲットとなったわけだ。


(今こそ護ってほしいんですが……!)


 アグニスさんはこちらを見守り、時々「似合うじゃないか」「クロエの髪色に似合うな」「そっちの服はどうだ? きっと似合うぞ」と褒めてくれるだけだ。

 嬉しいけどもっと良い感じに店員さんを制止してほしい。


 そんなこんなで七着の服や小物、靴などを買い、後で屋敷に届けてくれることになった。そう、七着もだ。


「あの、本当にこんなにいいんですか?」

「一週間は七日あるだろう?」

「想定してる着回しの間隔が広い……」

「それにまずは七着だ。これから充実させていこう」


 さすがに変な悲鳴を上げそうになったものの、そこから続けられたアグニスさんの言葉に声が詰まってしまった。


「クロエがエレメルクで暮らしていくのに必要なものだ」

「……こんなに……いりますかね」

「ああ、それだけ様々な服を着て出歩ける場所があるということでもあるからな」


 まあ人によるだろうが、とアグニスさんは笑う。

 それでも彼がそう思って服を買ってくれたのだとしたら――大切にしよう。


「さあ、次はパン屋だな。俺はパン屋には明るくないからアクアブルグで一番大きなパン屋に行ってみよう。たしかピオも褒めていた店だ」

「ピオさんも?」


 ピオさんは薬草パンを焼いた際に感想だけでなくアドバイスもくれた。

 つまり知識もあって舌も肥えている。


 そんなピオさんが褒めた店……と考えると私としても気になった。

 今後の参考にすることも考えるとじつに適した場所だろう。


「行ってみたいです!」

「じゃあ決まりだ。それにそろそろ――」


 ……ぐぎゅんるん


 アグニスさんの声に被るようにしてお腹の虫が鳴いた。

 しかもなんで少しリズミカルなんだろう。恥ずかしすぎる。

 赤い顔で目を泳がせているとアグニスさんが背中をぽんと叩いた。


「――そろそろ昼時だからな?」


 恥ずかしくてもまたお腹が鳴らないようにパン屋で腹ごしらえをしっかりとしよう。そう心に決め、私は静々と頷いた。

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