第11話


 翌日、佐久間先生の死体は他の遺体とともにレジャーシートの端に横たわっていた。

 血を拭われ、目も閉じさせられた先生からは生気が抜けていて、死んでいることを実感させられる。

 むわりとした腐臭が体育館中に漂っていた。まだ蒸し暑い季節なので、死体がどんどん腐っていくのを実感する。

 俺は涙をこらえきれず、しくしくと泣いてしまっていた。

 昨日まで生きていて、俺を元気づけてくれていた先生がもうこの世のどこにもいないのだ。心に空いてしまった穴の中に風が吹き込み、全身を冷やしていく。

 俺の肩を抱き寄せ、高宮さんが乱暴に俺の頭を撫でる。俺は思わず彼の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らした。彼のどくどくと脈打っている心音が心地よかった。

「死因は転落死だ。あの放送の後、三階にある放送室からそのまま身投げしたというのが俺たちの見立てだ」

 俺はぽつりと呟く。

「……先生は、蛇神様に殺されたんですか?」

 高宮さんは少し黙ってから返した。

「そんな証拠はない。完全に彼の自殺だ。……あの放送も、何であそこまでしたんだろうな」

 これは俺にと言うよりは独り言のような感じだった。

「先生が死んでしまった上に、今の状況じゃ、じっくり調べることもできない」

「……うん」

「彼はこのまま葬式に出す事にする。……彼には悪いが、今の状況では一人一人に通夜や葬式をあげている余裕はないんだ」

 それも、この状況ならわからなくはない、と俺は横目で死んでしまった人々の亡骸を見つめた。瓦礫の撤去も終わっていないのだ。不気味ではあっても、何もできない。

「……はい」

 俺は肩を落とす。それしか言えなかった。

 再び俺は佐久間先生の遺体に視線を移す。

 彼の首から胸にかけて見えている蛇の這ったような痕はやはり俺の両親についていたものと同じで、俺は自分も同じ痕がある腕をそっと押さえた。

 不安に押しつぶされそうになり、俺はその場を離れると皆が座って並んでいる方へと向かう。

 朝に到着した志津子さんは遺体が増えているのを見て小さく眉間に皺をよせたが、何も言わなかった。

 そのまま彼女は読経を始める。

 俺はただただ体の中が無数の虫に食いつぶされていくような気持ち悪さを抱え、座っていることしか出来なかった。

 佐久間先生が赴任してくる前にいた老医者の男性が跡を引き継いだ。彼は引退後、高宮家専属の医者になっていたという話で、今回も一緒に避難をしていた。

 彼は慣れた手つきで死亡診断書を次から次に書いていく。

「あの……、佐久間先生はきちんと検死するために本土に送るって言っていたんですが……」

 自分の両親の死亡診断書も出され、俺は思わず尋ねてしまう。

 けれど老医者はゆっくりと首を振った。

「この暑さだ。このまま死体を放置するわけにもいかないだろう? それに、まだ波は高いし、本土の方の火葬場も今回の大地震でパンクしてるって話だ」

 老人の話し方は見た目よりもしっかりしていた。

 俺はもらった死亡診断書を胸のあたりでぎゅっと抱きしめる。

「このままじゃ蛆が湧くし、衛生的によくない。だったら、早めに土葬なり火葬なりしないと、生き残った人たちまで犠牲になっちまう」

 彼のいう事はもっともだと思った。実際、鼻をつまみたくなるほどの腐臭が漂っている。

「……はい」

 言い返せなくて、俺はうなだれた。

「あの……、これから、俺の怪我は……」

 そこまで言って口をつぐむ。

 蛇の這ったような痣を見られたくなかったし、目の前の老医者が診察してくれると思わなかった。

 けれど彼は頷きを返した。

「俺が見る。……ところで、引継ぎ資料にあったんだが、お前の怪我を記録したデジカメが見当たらない。知らないか?」

 俺は目を瞬かせ、すぐに首を振った。

「いえ……」

 老医者は舌打ちをする。

「なら、悪いが記録がない状態だから、次回は一から確認させてもらう」

 老医者は俺に一瞥をくべると、歩き去った。その背中を見ていると、次の患者に話しかけていた。

 まるでスーパーのレジみたいに、次から次へと来たものを処理していく態度に、俺はやはり佐久間先生が恋しくなったのだった。


 翌日には遺体は体育館からこの島唯一の火葬場へと運ばれた。

 この島中の遺体が集められたそこは、普通にやっていたら何日かかるかわからないからと土葬も含め、とにかく死体の処理に忙しいのだと聞いた。

 火葬場は小学校の近くにある。

 両親の順番は早めに回ってきたので、その日の夕方には火葬してもらえたのだった。

 自分の両親がまるでゴミのように感慨もなく焼かれていく様子に俺は奥歯を噛みしめる。

 早めに焼いてもらえたので、両親に蛆が湧くところを見ないで済んだと思わなくてはいけないのかもしれない。

 俺は渡された遺骨を抱えると、墓に行って大切にしまった。

 墓は小学校の近くにあったので、無事に納骨できたのだった。

 今日も天気は不安定で、強い風が吹き荒れている。空は一面厚い雲に覆われていた。もう何日も太陽を見ていない。

 墓には俺以外にも納骨をする人たちがたくさんいて、一人じゃないというのにも関わらず、俺は声をあげて泣いてしまった。


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