異世界グルメものの成否は、たいてい「なぜその料理が旨いのか」を書けるかどうかで決まります。本作はそこに一切妥協しません。硬くて臭いオーク肩肉に対し、筋の走りを見極めた包丁、徹底した血抜き、包丁の背で繊維を潰す下処理、そして三年かけて再構築した醤油ダレ。読者は「魔法ではなく技術で旨くなった」と納得したうえで、あの「じゅうううう」を浴びることになります。
主人公・哲の五年間の設計が見事です。解体場で毎日数百頭の返り血を浴びた、という一文が効いていて、後半で宮廷料理人が彼の手元を凝視しながら「何一つ分かりませんでした」と頭を下げる場面に、きちんと重みが生まれる。傷とタコだらけの手を「圧倒的な覚悟の差」として描き切ったこの回は、グルメ小説というより職人小説の白眉です。
そして女帝エリザベート。金貨を叩きつけて逃げ、一睡もできず、翌日「昨日のあれをもう一度私に作れ!」と暖簾を跳ね飛ばす——威厳の崩れ方が徹底して可笑しく、同時に、毒見で冷めた料理しか食べられない孤独の裏返しでもある。老宰相ヴァルターが陥落する第8話は爆笑必至です。
飯テロとしても、人が正当に評価される話としても上質。空腹時に読むのは危険な一作です。