第29話 二十歳に戻るサービス
最近、若いころの自分を仮想空間で体験できるサービスが始まった。
昔の写真や映像、日記などをAIに読み込ませると、そのころの自分の姿だけでなく、住んでいた町や部屋、人間関係まで再現してくれるという。
一番人気は、「二十歳体験コース」だった。
七十五歳の男も申し込んだ。
装置に入り、目を開ける。
鏡の中に、二十歳の自分がいた。
髪は黒い。
顔にしわもない。
走ってみる。
体が軽い。
階段も二段飛ばしで上がれる。
「やっぱり若いっていいな」
男はうれしくなった。
ところが、しばらくすると妙な気分になってきた。
住んでいた部屋は、こんなに狭かっただろうか。
冷蔵庫には、ろくなものが入っていない。
財布にも金がない。
欲しいものがあっても、簡単には買えない。
友人と会っても、思ったほど話が弾まない。
好きだった女性にも会ってみた。
記憶の中では、もっと楽しく話していた気がする。
ところが実際には、何を話していいのか分からず、黙ってばかりいる。
仕事に行けば、一番下っ端だった。
上司に呼ばれるだけで緊張する。
将来、自分がどうなるのかも分からない。
男は首をかしげた。
「二十歳って、こんなだったかな」
AIが答えた。
『記録に基づいて、できるだけ正確に再現しています』
「もっと楽しかった気がするんだが」
『それは記憶です』
やがて体験時間が終わった。
男は七十五歳の自分に戻った。
鏡を見る。
白い髪。
しわのある顔。
立ち上がると、膝も少し痛い。
男は部屋を見回した。
好きな本がある。
コーヒーもある。
欲しいものは、たいてい自分で買える。
誰かに怒られることもない。
明日何をするかも、自分で決められる。
男は椅子に座った。
そして、しばらく考えてから言った。
「……今のほうがいいな」
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