伝統と衰退と

試験終了後、仮正式が決定した穿孔榴弾は、特甲弾と呼ばれることになった。

技四甲の代替として採用されたことが影響した呼称だった。

とはいえ、秘匿名称としては長過ぎるため、別称として対徹甲榴弾、略して「タ」弾と呼ばれることになる。


試験されたのは七五ミリ山砲用の弾だったが、量産はまず五七ミリから進めることになる。

プレス加工で穿孔榴弾に必要な漏斗の円錐を、安定的に形成できる上限が五七ミリだったためだ。

また、これに伴って歩兵装備体系についても更新されることになった。

いったん装備が進み始めていた九二式七〇ミリ砲(大隊砲)については、いったん生産を停止し、七〇ミリ砲用の「タ」弾の開発が完了するまでは保管兵器とすることが決定した。

 なお、七〇ミリ「タ」弾の開発計画は今のところ進められていない。


 代わって採用が決まったのが五七ミリ歩兵砲の新開発である。これは「タ」弾専用であり、戦車砲よりもさらに短砲身の軽量砲としてまとめることとなった。七〇ミリ砲に比べると炸薬量で劣るものの、砲弾そのものは戦車用と多くを共用できるため、効率という点で優位に立つ。

 最小の資源で最大の効率を目指す意味でも、通常の榴弾と「タ」弾の使い分けで、歩兵に対する直接火力支援任務・対戦車任務を達成できる目処が立ったので九二式を排して開発を優先することが決定された。


 わりを食ったのは大隊砲にとどまらなかった。

 歩兵の対戦車砲として整備が決定していた九四式三七ミリ速射砲も生産の中止・保管兵器とすることが決まった。

 対戦車威力という点で「タ」弾を擁する五七ミリ歩兵砲に明確に見劣りするためだ。

低初速で撃ち出すのが望ましい「タ」弾の性質上、500m以遠では必中を期すのが困難、という欠点はあったものの、さりとて500m以遠の目標を撃破するためだけに九四式三七ミリ砲を維持するというのも、永田の


 最小の資源で最大の効率


 を目指す現今の陸軍においては贅沢極まりない話であった。


 五七ミリ「タ」弾であれば、射距離を問わず五〇〜六〇ミリの装甲を射貫できるのに対し、500mでの三七ミリ徹甲弾では四一ミリを射貫するに過ぎない。さらにその威力は射距離が遠くなるほど衰えるとあれば、あえて整備する必要のない不要不急兵器とならざるをえない。


 こうして陸軍歩兵の主力火砲は五七ミリに統一される流れとなる。


 不足する遠距離の射撃火力は、五七ミリ「タ」弾に対する明確な優越が認められる九〇式野砲に委任することとなった。

 これもまた師団主力野砲としてはふさわしくないとして転用されたものである。


 師団主力野砲を「タ」弾を整備する九一式榴弾砲に統一することで、整備と教育を合理化するという新方針に基づき、長射程・高初速という優秀砲でありながら「タ」弾との相性が最悪であった九〇式野砲は師団主力から排除されることとなり、これを重対戦車火力として転用することになったのである。


 スッキリした、スッキリしすぎたきらいのある歩兵火力に対して、より極端な合理化を果たしたのが戦車部隊である。


 五七ミリが現状の量産できる「タ」弾の上限、という条件を受け、陸軍は当座の戦車砲をすべて五七ミリに統一することを決定した。

 それに伴い現有の軽戦車用の三七ミリ砲は廃止となり、軽戦車にも搭載可能な、歩兵用の新型五七ミリ歩兵砲の転用である短五七ミリ戦車砲を新規に開発する。

 これによって戦車部隊の主たる交戦距離は500m以内とする新たなドクトリンが確立。

 長距離延伸する高初速戦車砲については鋭意研究は進めるものの、射撃プラットフォームとなる戦車側が追いつかないかぎりは整備しないことも合わせて決定された。


 すべての基準は五七ミリ「タ」弾に優越するか、しないか。 


 この条件を満たすことのできなかった三七ミリ戦車砲は廃止となり、試製四七ミリ速射砲(歩兵用の対戦車砲)、試製四七ミリ戦車砲は揃って開発中止となった。

 いずれも人力・馬力輸送前提とした重量の壁に基づいて設計されており、そこがネックとなってどう転んでも五七ミリ「タ」弾を優越する見込みが立たなかっために廃止・中止となった。


 すなわち、五七ミリ「タ」弾に優越するには機械力は絶対不可欠の条件、となったことから、これを満たさないすべての他の計画は頓挫することになったのである。


 当面の搭載砲が五七ミリ砲に限定されたことは、戦車側にも大きな変化をもたらした。五七ミリ砲は正規の九〇式でも軽く、短五七ミリはさらに軽い。

 このことから車体の大型化を抑制することになった。

 原乙未生中佐の開発したシーソー式懸架装置、戦車の走行装置として優秀ではあるが「専用設計」となっていたことは効率の点から疑問視されており、次期戦車ではこれに代わるものとして、トラック技術を応用した板バネ式懸架装置へと変更されることになった。

 戦車の技術開発としては後退と評して良いかもしれないが、これで生産の裾野が大きく広がった。トラックを作れる企業に部品の製造発注が容易になったのは性能を削って余りある大きな利点だった。

 さらに軽戦車では思い切って、エンジンをもトラックと共用することとした。

 この時期、日本では統制ディーゼルエンジンの開発と生産が着々と進んでいたが、戦車用としては民生・トラック用途とは別系統の大ボア・長ストロークのエンジンを用意していた。

 しかし、それを軽戦車に用いるのは贅沢、という判断から民生用ディーゼルエンジンの派生型を持って軽戦車用とすることが決定。

 懸架装置・エンジンともにトラックからの延長線上、ということで、戦車としての不整地性能は九五式軽戦車に劣るものの、これまでの戦車より格段に作りやすくなった。


 走行装置やエンジンで生産性重視の妥協を図る一方で、防御力に関してはできる限りの増強を図ったのも特徴である。

 これは装甲材料の低廉化を試みたことと大きく影響している。

 希少資源をふんだんに利用する特殊鋼を、最初から装甲板として用いることを断念したことで、性能が劣る分を装甲の厚さで補うという発想の転換が現れた。

 この結果、軽戦車であるにもかかわらず、主要部には計画していた中戦車以上の三〇ミリ厚の装甲板が用いられることとなる。

 これは短五七ミリ砲を用いるために射程が短いこと、五七ミリ「タ」弾を前提にしているために近距離交戦が増加するのは必定であることを見越した設計でもあった。

 このために新型軽戦車は装甲優先で低速となり、九五式軽戦車の後継としては相応しくない戦車に仕上がったため、別途偵察戦車として、限定的な量産に留める前提で九五式軽戦車と同じシーソー式懸架装置を用いる新型戦車も開発している。


 新型中戦車の方も、設計の基本方針は同じである。生産しやすい板バネ式懸架装置は共通で、エンジンのみ出力を必要とする都合上、民生用ディーゼルエンジンとの設計共用を断念した。

 装甲を優先するのも新型軽戦車と変わらず、限定的だが最大装甲厚六〇ミリの重装甲を誇るのも特徴であった。

 五七ミリ戦車砲は八九式戦車と変わらないものの、砲の操作が容易なよう、大型砲塔を採用している。専門の装填手を搭乗させるようにして三人乗り砲塔となったのは、遠距離での五七ミリ砲の命中率の低さを、射撃の手数で補おうという強引な解決策の結果である。




 五七ミリ「タ」弾を前提に再構成された戦車部隊からは、不要となった(が、稼働寿命はまだまだ残っている)装甲車両が大量に生じた。

 これらの余剰の装甲車両は適宜改造が施され、砲兵トラクターとして再生される。

 

 日本軍はウマを多用していたものの、永田鉄山の目にはこれもまた非効率の極みに映っていた。機械ならは不要となれば燃料を抜いて休止状態にできるが、生物はそうはいかない。活用していない間にも、それを維持するための馬糧・世話をする兵が必要となる。

 これは端的に贅沢というほかない。

 永田は輜重・砲兵の軍馬・輓馬を段階的に削減することを計画し、それで失われる能力をトラック・その他機械で補填することとした。

 その一環として戦車部隊からあぶれた走行車両のトラクター化が進められたのである。

 専用の砲兵トラクターに比較すれば不満は多いものの、重砲が機械化牽引に更新されていくことの効果は大きく、ウマからの脱却についてとくに非難めいたものは上がっていない。


 これらの「最小の資源で最大の効果を」目指した一連の改革には、おおいなる出費が伴った。その出費をして「これこそが贅沢ではないか」と統制派・皇道派双方の残党から反発が上がったものの、永田はあらゆる策を駆使してこれをねじ伏せていった。


 独断専行で陸軍の主導権を再奪還しようとした大陸紛争を生起させる試みも、未然に抑止した。満州事変のあり様を研究に研究を重ねていた永田にとって、中国とことを起こさんとする反動将校団の策謀はあまりにも見え透いていた。

 

 いったん盧溝橋で、反動将校団の思惑どおりの事態は生起したものの、永田は「現役兵力のみ」でこれに当たるように、という上意を取りつけ、この方針に従って即応できる現役部隊の指揮官に各級の反動将校を据えて、大陸へと派遣した。

 弾薬補給に関する特別な軍事予算の編成も、大本営の設置も拒絶し、今ある資源で全てをこなすように厳命する。

 満州事変を主導した将軍を支那派遣軍総司令官に任命して処理させたのはおおいなる皮肉であったが、増援が絶望的なのを理解していた石原は現有の兵器弾薬の枯渇寸前で停戦を成立させ、事態を収束させた。

 当然ながらこれで反動将校団の目論見は潰え、その過程において少なからぬ将校が中華大陸の戦地に散った。

 永田はそれを顔色一つ変えずにやってのけ、全面戦争となればその大陸の蟻地獄に吸い込まれるはずだった膨大な資源・予算・人員を、陸軍の革新に振り向けられた。


 彼は愚直に、着実に自身の立てた


「最小の資源で最大の効果を」果たすべく邁進する。


 いつか来る国家総力戦に備えて、永田の歩みがブレることはなかった。 

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