第2話 その白骨、うんこ座りにつき

カシャッ、カシャッ。


骨と石畳が触れ合う軽快な足音が、ダンジョンの通路に響く。

何年もの間、壁際で内股ポーズを強制され続けた苦行から解放された俺の気分は極めて上々だった。


自由を手にした俺。

風通しの良すぎるあばら骨の隙間を、ダンジョンの湿った風が吹き抜けていく。――その時だった。


「――キャァァァァァァーッ!!!」


甲高い女の悲鳴が俺の骨まで震わせた。

続いてドタドタと、何人かが走り去っていく音がする。


「……なんなんだ、さっきの奴らか!?」


俺は悲鳴の聞こえた方へ急ぎ、勢いよく角を曲がった。

その先には天井の高い広間があった。松明もないのに岩壁の所々が青白い燐光を帯び、辺りをぼんやりと照らしている。


そして、その最奥。

俺と同じ「同類」がいた。


壁際で地面にかかとをつけ、膝を大きく開き、背中を丸めている。

そう。俗に言う「うんこ座り」の姿勢で硬直した白骨死体だ。

冒険者ギルドの前でたむろしているゴロツキすら裸足で逃げ出しそうな、見事なヤンキーっぷりである。


だが、その白骨は震えていた。


「ハァ……ハァ……!信じられない!変な男が、いきなり私の股間を撫で回してっ!」


「…………」


ツッコミどころが多すぎる。


まず、なんでコイツは骸骨のくせに普通に喋って……いや、俺もか。

だとしても肺がないのに「ハァハァ」と息切れの演技をするな。

俺は呆れ半分で白骨へ声をかけた。


「おい、大丈夫か。……いや、大丈夫じゃねぇな、そのポーズ」


「……え!?あなたは?」


「俺はアンタの同類だ。それより、お前を触ったのは冒険者風の男どもか?」


「そう!私が動けないのをいいことに、弄ぼうと!」


どうやら、さっき逃げていった奴ららしい。

俺は肩に担いでいた革袋を下ろし、中に残されていた瓶の一つを見る。

これを浴びた直後、俺は動けるようになった。なら――。


「まあ落ち着け。同病相憐れむってやつだ。これでも浴びて、スッキリしろ」


「え?」


瓶の中身を彼女の頭蓋骨の上からぶっかける。


バシャーッ。


「っ、冷たッ!!テメェ!なにしやが……あれ?身体が……」


一瞬、物凄くドスの効いた声が聞こえた気がした。

……気のせいだろう。

液体は頭から背骨へ流れ、女の骨身に染み渡っていく。


ポキポキ、パキパキ。


小気味よい音と共に硬直していた手足が動き始め、彼女は何年もの時を経てようやく立ち上がった。


「う、動ける!?膝が、伸びるっ!」


パキッポキッ……カション!


よほど嬉しかったらしい。

彼女はその場で、無駄にキレのいい――しかも妙に古めかしいリズムのダンスを踊り始めた。


「よかったじゃねぇか。……で、アンタ、女なのか?」


俺は顎の骨をさすりながら尋ねた。


「は?見ての通りですけど?どこからどう見ても、レディでしょう」


「いや、ガイコツにしか見えねぇな」


骨格を見れば分かるのかもしれないが、俺にそんな知識はない。


「……まあいい。名前は?」


「……名前?」


彼女の動きが止まった。

さっきまで踊っていたのが嘘のように俯き、空っぽの眼窩を床へ向ける。


「……忘れました」


「いや、お前、名前くらい覚えてるだろ。さすがに」


「……じゃあ、あなたは?」


「俺か?俺は……」


言い返そうとして止まった。

記憶の糸を手繰り寄せる。


俺は――。


……あれ?


「俺、誰だっけ」


「お前もじゃねぇか!!」


バゴォッ!!


ドスの効いた声と同時に視界が回転した。

鋭い裏拳が側頭部を捉え、俺の頭蓋骨は物理的に宙を舞った。


◆◆


「なんて凶暴なやつだ。危うく死ぬところだったぞ」


俺は転がった頭を拾い、首の上へ戻す。

カチリと気持ちよくハマった。


「軽く突っ込みを入れただけですけど」


「軽くで首から上が飛ぶかよ」


まあ、いい。俺も骨だし。


「ここで会ったのも何かの縁だ。俺とお前は、お互いこのダンジョンで野垂れ死んだ名無しの仲。俺のことは仮に『ムクロ』。お前は『シラホネ』って名前でどうだ?」


「適当ですねぇ」


「嫌なら自分で思い出せ」


「……まぁ。良いですよ、それで」


シラホネは頷き、こちらへ手を差し出してきた。

俺もその手を取る。


――カチャ。

骨と骨が触れ合う乾いた音。

それだけの握手だったのに、不思議と悪くなかった。


俺が雇い主に突き放され、無惨に死んだあの日。肉体は朽ちた。それでも魂だけは、なぜかこの場所へ縛りつけられた。

長い時間を過ごすうちに、名前も自分が何者だったのかさえ曖昧になっている。


いつか自我まで消えて亡者になるのか。それとも、いつ来るか分からない消滅を待ち続けるだけなのか。

動くことも喋ることもできず、消えてなくなることさえできない。

そんな時間が十年続いた。

けれど今、俺はこうしてダンジョンの深奥で、同じように馬鹿な格好で死んでいた仲間と出会った。


声を出せる。歩ける。誰かと馬鹿な話までできる。

死んでいるくせに妙な話だが、久しぶりに生きている気がした。


俺に身寄りはいない。俺が死んだところで悲しんでくれる者もいなかった。

だから、俺を囮に差し出した雇い主を心の底から憎んでいるかと言われれば、そうでもない。

だが、もしあの時の連中が今も生きているなら――一発くらいは殴ってやりたい。


――オッサンを犠牲にして生き延びて、食ったメシは美味かったか。

それくらいは聞かせてもらおう。

俺はそこで思考を切り替え、隣のシラホネを見る。


「お前、暇か」


「……忙しくはありませんね」


「よし。じゃあ俺の運動に付き合ってくれ」


「いいですよ。ずっとあの姿勢だったから、関節が凝ってて」


交渉、成立。


こうして内股のムクロと、ヤンキー座りのシラホネ。

悲しきポーズで死んでいた、ただならぬ二体の屍による――奇妙な迷宮逆走が始まった。


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■ムクロ(仮)

所持品

冒険者の革袋(エリクサー、帰還の羽、紅い染料、深紅のブローチ)


■シラホネ(仮)

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