第1話 Bパート②

コンプライアンスなどと口にする、ゲッシーの一言。

その言葉でワルターが制止したのと同時に、

老婆を助けようと駆け出したルミナタキオンもまた、

目を見開き、ヨシノは動きを止める。

老婆は、何事もなかったかのようにゆっくりと通り過ぎた。

ルミナタキオンにそれは見えなかった。

意味が分からず、信号の音しか耳に入らない。

仮面の男の、さっきまでの余裕はどこへ行ったのか。

困ったようにゲッシーに頭を下げる。

冷や汗をかきながら眉をひそめるゲッシー。

しかしながら、そんな間もなくルミナタキオン…もとい、

ルミナキャストの格好をしたヨシノに気付き、肝を冷やす。


「…バレた?」

「説明して」


ヨシノは一言問いただす。

さすがにこの空気だと誤魔化せまいと悟ったゲッシー。

そのまま、ヨシノに全てを話すことにした。

まず、これは「魔法素粒子ルミナキャスト」という

「番組」である事。

この町はその撮影を行うために、チューンナップされたロケ地となった事。


「オーディションで主演声優に選ばれた感じだね」


そして草之根ヨシノは、この市に住む人間の中で、

年齢・資質的に適性が高いとみなされ選出された事。

もちろん、ヨシノに自由意志があって選考に出たわけではない。

あくまでピックアップだ。


「じゃあ、あのモニターも」

「うん…」


演技であったと言う。あくまで、

草之根ヨシノを誘導する手段であった、と。

そもそも、彼女だけが見えるように誘導していたに過ぎない。

突然、観光案内所までやって来たこと。それも無我夢中で走ったのではなく、

都合のよさそうなスポットに、ヨシノの座標をワープのように移しただけ。

裏事情を淡々と語るゲッシー。解説は容赦なく続く。


「この地球で言うなら遊園地とかのヒーローショー、あるいはリアリティショー番組だね」


ゲッシーが言うに、非実在と実在も出力技術の差。

宇宙レベルにおいては特撮とアニメーションの区別は意外と曖昧だと言う。


「やっぱり演技じゃ出せないリアルってあるじゃん?それを出したかったんだよ」


本物の戦いに興じる心の動きを出せなければ、

面白い番組は作れない。そんな上層部の判断からだと。


「僕も事情を知ったら絶対降りると思ったから、上も間違ってはないんだけどね」


ヨシノを騙して茶番に巻き込んだ自覚はあるのか、

ゲッシーも語る内容は淡々としてるわりに、語り口にはあまり余裕はない。

だが、ヨシノが考えているのは事実の整理ではない。

ルミナタキオンとしてさっき受けた、敵からの攻撃の激痛は本物だ。

「番組」という茶番のために痛みを引き受けなければならないのか。

そして町が改変された以上、逃げ場はないだろう。

どうすればいい?そんな疑問だった。


「ふざけないでよ!」


草之根ヨシノでなくてもこう言うだろう。

それにヨシノだからこそ言えること。

いくら超常的な技術が使われているからと言って、

「自分も変身したい」という、蘇った幼少期の夢が単なるショー。

つまりは「偽物」で上書きされたのだ。弁解の余地がないのか、

ゲッシーも目を逸らすばかりだ。どんなに技術が進んでも、

価値観まではそのレベルについていけないのだろう。

この宇宙生物の心の背丈は、地球人と大差ない。


「フフフ…油断してる場合か?ルミナタキオン。俺のワルターはそんなに甘くはないぞ」


さっきまでの平謝りはどこに行ったのか、仮面の男は再び彼女を嘲笑う。

だが、これもお芝居なのだろう。侮りへの怒りや戦う決意など最早ヨシノにはない。

ルミナタキオンのコスチュームのさらに下。諦観が彼女を包む。

しかし、それでも仮面の男が指揮する怪人は襲ってくる。

番組都合は変えられないのだろう。


「タキオン!動かないと視聴者が困るって!」


仮面の男とは対照的に、ゲッシーの語り口はどこまでも第三者的、番組の外だ。

こんな有様では番組は成立するはずがない。しかし、ヨシノの反応は違った。


「…視聴者、いるの?」


番組だから当たり前だろう、とその目で語るゲッシー。

ヨシノは同じ言葉で再び質問する。今度はちゃんとその口で、

番組である以上視聴者はいる。子供達も応援してるよ、と語るゲッシー。

そして動き出したのは、草之根ヨシノではない。ルミナタキオンだ。


「なら、戦わなきゃ」


ルミナタキオンでなくてもこう言うだろう。

自分を応援してくれる者がいるなら、どんなくだらない茶番だとしても、

それを投げ出さない。受ける痛みが本物なら、痛みを打破する力も本物のはずだ。

ルミナタキオンの武装──ルミナステッキから光が放たれ、ワルターはその熱に悶絶する。


「これがルミナステッキのパワー、ルミナライトアップ!でも必殺技じゃない!ルミナキャストの本気はこんなものじゃないよ!」


今更マスコットぶって、基本技の説明をしても遅いだろう。

そう内心思うヨシノだが、そんな事は二の次だ。

今の彼女はただ、ゲッシーの解説に委ね、必殺技のプロセスを理解する、それだけを考える。

何かを守るために目の前の敵を倒すのに全力、それが私の見たヒロインたちだと。

守る対象がこの町からルミナタキオンを応援する子供に変わった、それだけである。


「そのステッキを握りしめて、真ん中にかざすんだ!」


自身の眼前、正中線にステッキをかざし、見開いた目で決意を爆発させる。

ルミナタキオンを中心点として、一面を光のドームが包み込む。

その光にワルターは定形を保てず光に溶け、

仮面の男はひび割れる仮面を押さえて悶絶する。

彼女が叫んだ技名。その名は


「タキオンフィールド!!」


飾り気がなくシンプルだが、今はこんなもの。

ゲッシーは、彼女が勝手に名乗り出した必殺技に対して何も言わない事にした。

これ以上口出ししても余計機嫌を損ねるだけだろう、と。

そんな彼女らを一瞥した仮面の男。静かな嘲笑を仮面の裏に浮かべつつ、

それでいて器用にも声を荒らげて名乗る。


「フフフ…俺は幻影紳士ムジカントム。この痛みは忘れんぞ」


この世界の主役は自分であり、お前は書割にすぎない。

そう言い残し、タキオンフィールドから脱出しつつ、虚空に消えていった。

あの様子では、一度や二度の激突で倒れるほど弱々しい存在ではないのだろう。

ルミナタキオンの最初の強敵になるであろう存在。

ヨシノは確かに、ムジカントムの名を記憶する。


「ゲッシー?」


呼びかけられたゲッシーは気まずそうだ。

さすがに詰められるだろうと。もしかしたら反撃を喰らうのでは?

などと言った恐れが言葉を発さずとも叫んでいる。


「続けるよ」


予想外の言葉に目を丸くするゲッシー。えらく呑み込みがいいな、

と今度は言葉を発してしまったがちょっと視線が気まずい。

今更遅いが交差した掌でその口を塞いだ。だがルミナタキオンはそのまま語る。


「私のことを観てる子もいるんでしょ?なら、私がその子たちの夢になる」


変身アイテムにコスチューム、そして怪人を倒す圧倒的なパワー。

それを扱う決意があるなら、誰もヨシノを偽物だとは思わないだろう。

紛れもなく、彼女はスーパーヒロインだ。



光の差さない劇場のステージ。

ガルニエ…すなわちオペラ座と言ったところか。

その中心にポツンと佇むテーブル台。そこで椅子に腰掛け、

セロハンテープで顔を覆った仮面を縫合する、

貴族風の紳士。そう、ムジカントムだ。

そんな彼を冷ややかな目で見つめる、

モノクロで構成されたフリルの衣装を身に纏った、どこか非人間な少女。


「そんなんで直るわけないでしょ」

「フフフ…ならボンドがいいか?」


そう言う問題ではないだろうと、雰囲気に反して世俗的な睨みを効かせる彼女。

歌劇令嬢・エゴシック。この滑稽な舞台で戦うのはヨシノだけではない。

魔法素粒子ルミナキャスト。それと相対するは、破滅劇団ペルソナクス。


「なにが"夢になる"、よ」


エゴシックは仮面を砕いた少女の決意を俯瞰し、一言つぶやく。

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