第二十六話 過去の人
ノアは、明日寮へ行く準備を進めていた。といっても、防衛隊に入ることが決まったときから既に準備は終わらせてある。
「……多分、全部あるよな……」
それでもノアは、確認をしていた。忘れ物が無いように、というのもあるだろう。だが、それよりも、何もしていないと心が落ち着かない。そんな気持ちを抑えるために意味のない行動を繰り返していた。
窓からぼーっと星空を眺めてみたり、魔導書をパラパラとめくってみたり。何をしても胸の奥がざわざわとして落ち着かない。
そんな中ノアは視線を感じ、おもむろに本棚へ目を向けた。
「……日録」
今朝見つけた、紅い表紙の本。
その本に見られている。そんな気がした。
「…………」
今朝見た限り、後半は目録のようにな作りだったが、前半部分は個人の日記になっているようだった。
人の日記を勝手に見るのは良くないと分かっている。だが、ノアは今、不安を覆い隠すような、そんな新しい刺激が欲しかった。
「……ごめんなさい」
ノアは、誰とも分からない日記の著者に一言謝り、ページをめくった。
◇◇◇
新暦548/4/10
今日から日記を付けようと思う。見たもの、聞いたもの、感じたもの。そんな他愛のない事を書けばいいと教えられたが、そんな日々は飽き飽きしてる。何か面白い刺激が欲しい。
4/12
何もない毎日だ、リリーは何であんなに楽しそうに日記をつけてるんだ? 退屈だ、今度日記に何を書いてるか見せてもらおうか……いや、どうせ断られるな。
4/27
数日、日記をつけてないことがリリーにバレた。毎日つけなくてもいいと言ったのはアイツなのに
お前は何を書いてるんだと聞いたら、「花の観察記録」だと。そんな裏技があるなら早く教えて欲しかった。明日から、ユリの観察記録を付けようと思う。
4/28
今日も花に水をやってる。昔は水のあげ過ぎで枯らしていたが、随分と水やりが上手くなったみたいだ。
4/29
今日は、町に買い物に行くみたいだ。手伝いを後回しにしてこっそり後を付けようと思う。スパイみたいでワクワクする。
途中でつけているのがバレてしまった。うまく隠れたつもりだったんだが、何故か罰としてクッキーをを買わされた。最悪だ
4/30
なんだか今日は少し元気がないみたいだった。理由を聞いたら、昨日買ってやったクッキーを親に食べられたらしい。そんなに食べたかったのなら代わりを買ってもらえと言ったのだが「そういうんじゃない!」と怒ってしまった。
5/3
やっと機嫌が治ったらしく少し口を聞いてくれるようになった。何であんなに怒っていたのかわからない。けど、機嫌が治ってくれて良かった。
◇◇◇
「子供が書いた日記みたいだ……」
そこには、リリーという少女との日々がとりとめもなく書き留められていた。
(ただ平和な日常が書かれた日記……何で途中から魔法史の目録になったんだ?)
ノアはこの日記がどこまで続いているのかが気になり、ペラペラと内容を流し見しながら読み進めていった。
◇◇◇
新暦553/1/1
今年、俺もリリーも16になる。将来を考えないといけない歳だ、俺はこの村を出て剣術を鍛えたいと思ってる。
村を出る前に、昔から好きだった彼女に想いを伝えたい。
村を出るのに自分の想いを伝えたいなんて、随分とわがままな考えを持つようになったものだ。伝えることが正解とは限らない
(数ページ破られた跡がある)
5/17
北の空がおかしい。神々が争いばかりしている人間を見て愛想をつかしたのか……空が落ちてきそうだ。
5/19
朝起きると、北の空の様子が元に戻っていた。アレは神のいたずらだったのか
5/28
空が戻ったと思ったら、各地に奇妙な生物が出現し始めた。身体は廃油のように黒く芋虫のようにのた打ち回っている。攻撃してくる様子もない。ただただ気持ち悪い
5/31
奴らに変化があった、黒い芋虫たちが皆おとぎ話に出てくる竜のような姿へ変わってしまった、人が咥えられているのを見た。力を持たないうちに倒しておくべきだったんだ
6/8
村に変な奴が来た。見たことないローブを身に纏いフードを目深に被った白髪の男だ。初め俺は、背の高い爺さんでも来たのかと思ったが、隙間から見える顔に皺は刻まれていなかった。そいつは村長と軽く話をした後、奥の森へ入っていった
6/10
竜を倒すために兵士たちが躍起になっている。竜は治癒能力が高いのか、切っても切っても元通りになるようだ。
何か倒す手段は無いものか……
6/11
今日から、この国の観察記録を付けようと思う。仮題名として、「竜災日録」と名付ける。こういうのは形から入るのが好きだ。
◇◇◇
ここから先が日記ではなくなっているようだ。始めは目録かと思ったが、竜に対抗する手段や流行り病、精霊との協力体制など、様々な出来事を記した記録資料に近いものになっている。
「…………」
ノアはとても驚いた。ある二文字を見つけたからだ。確かめるようにその名前に指を沿わせる。
「賢者……ルナ・アッシュフォード……」
アッシュフォード、カトレアのファミリーネームだ。ノアはカトレアが賢者の末裔だということは知っている。
だが、五賢者の名前は残っていないはずだ。
末裔だと証明するにも、その大部分を生まれつき授けられている特質的な能力に委ねられている。その副産物として姓が受け継がれているのだ。
だが、この本には、はっきりと「賢者」の文字が書かれていた。
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