イミコトバ

上河流緒

【ある日の放課後】

「人類の最も古い最も強い感情は恐怖であり、その中でも最も古い最も強い恐怖は未知の恐怖である」 - H・P・ラヴクラフト -


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「またかよ…今月入って何人目だよ」

 机に置かれていた資料を手に取ると、ネクタイを緩め背もたれに寄りかかる。


「こんな紙切れ渡されても何にも分からないだろうが…ん、あぁこいつはまだか…」

 何かを見て再び最初から読み始める男。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


東京のとある高校。

 時刻は15時を過ぎ部活や帰宅で殆どのクラスメートがいない教室。

 そんな中、俺が残っているのには訳があった。

 それは教室の隅で何やらしている二人のせいなわけだが。


 図書室から借りている既にもう読み終わった本をパラパラと送り、時間を潰すために眺め読みする。

 そのうち疲れてきた首を休ませるために頭を上にあげ窓から外を見て、頭を戻すついでに横目で二人を見ては「まだ帰れなさそうか…」と察し再び本に視線を落とすを繰り返していた。


 二人のあーでもないこーでもないという話し声を聴きながら「飽きもせずよくやるな」と少しの悪態をつきながらも小さな笑いが出る。


 さっき二人を見た時には、紙に何かを書いている男子生徒と、そいつの向かい側でスマホを見ながら指示を出す女子生徒の姿があったが、

 ようやく今から何かを始めるのか二人でブツブツ言っている。


「なぁー、やっぱ一緒にやろーよ」

 男子生徒の倉橋尊くらはしたけるが声をかけてきた。


「だーかーら、やらないってば。二人でやってろって」

 本に視線を向けたままでそう言う。


「何でさー、一緒にやろうよ」

 今度は女子生徒の飯沼智子いいぬまさとこが言ってくる。


「本読んでたほうがマシ」

「ちぇっ、しょうがないかぁ…じゃあ二人でやろっか」


「お前らほんとそーゆーの好きだな」

「そう言うお前も昔はオカルトみたいなのバカみたいにハマってたじゃん」


「俺は見聞きするのが好きってだけで、行ったり何かしたりするのには興味ないの」

「あれ?もしかしてビビって」

「ビビってねーし」

「アハハ冗談だってば」


 何てない会話をし、再び本を見ていると眠気に襲われはじめ本を閉じる。

「ふぁあ……そろそろ終わっ……まだやってんのかよ…」


「アハハハ…儀式なしで練習してた」

「儀式ッてなんだよ。つーか練習とかありなの?」


「いや願いが叶うなら完璧にしたいじゃん?」

「…そーか、がんばれー」


「よしっ、じゃあ本番はじめるか!」

「ちょっと図書室行って本返してくるから、帰ってくるまでには終わらせとけよー」

「はいよー」


 教室を出て歩いていく間も二人の声が聴こえてくる。


「これより紡ぐ言葉は正となり…書き記すも正となる…のち想いは相対し…辿って往くのは五十の調べ…」


「ハァ…よーやるわ…」

 二人の声を聴きながらやがて階段に着き、そのまま4階と3階の間にある踊場へと下りながら何気なく窓の外を見る。

「つーかもう日落ちてきてんじゃん、さっさと帰って…ん?何してんだあれ」


 窓から見えたのは、既に閉められた校門をよじ登ろうとしているような人の姿。


「制服じゃないから学校のやつじゃなさそう…ていうか横の扉から入ればいいのに…」

 変なのもいるもんだなと思いつつ、その場を後にし3階と2階の間の踊場に着くと再び外を見る。


「あれ?さっきの人いないじゃん…飽きて帰ったか。つーか、こっちの二人も早く飽きて帰らねぇかな…ん?」


 校門に姿がなかったソレは、何故か校庭の途中まで来ていた。

「いやいや…入ってきてんじゃん。ていうか何か動きが…」


 クネクネと身体をよじらせながら、時たまガクンと膝が崩れたようになり、その勢いのまま頭を大きく前後に振り、そして再びクネクネし少し歩くを繰り返している。

 角度的に顔は見えそうで見えないが、何故か笑っているように感じた。


 その瞬間、背中から頭の先にかけてゾワッとした感覚が這い上がり「あれ人間なのか?」と口から漏れていた。


 それから思考を巡らせたのは僅かな時間だったと思う。

 けれど脳内では記憶から様々な情報を引っ張り出し次々に処理されていく。

 思考はその出された答えに対して、是・非・不明として割り当てていく。


 あれは人間? 非

 何しに来た? 分からない

 俺は何かしたか? 非

 なんでこっちにくる? 分からない

 原因は学校? 分からない

 引っ掛かるものがある? 是

 誰かからの話で聞いた? 非

 どこかのサイトで見た? 是

 最近見たものか? 是

 最近俺は何を見た? ・・・

 心霊現象、怪奇現象? 非

 占い? 是

 占い?? 是

 …言葉遊び? 是

 …願い遊び? 是

 ・・・ゴトウさん? 是


「そうだ、それだ…」

 東京だけでなく今や全国に拡がりをみせる「ゴトウさん」という一種の占いでありながら、願いが叶うという遊び。


「待て待て待て……何て書いてあったか思い出せ…」

 適当に読んでいたため全く出てこない。

 だが恐らくアレは確実にこっちに来る。

 ならあいつらにも知らせないと。


 理由もあれの正体も何も分からないまま、

 今しがた下りてきた階段をかけ上り始める。


 一気に4階と3階の間の踊場まで着て外を見る。


 しかしソレは一変して動くのも歩くのも止め、項垂うなだれたように地面を見ているようだ。

「何だ?何で止まった?」

 けどこれはチャンスだ、と思い教室まで走り出す。


「おいお前ら!」

 教室の扉を開けそう言うとポカーンとした表情でこっちを見る二人。


「まだやってたのか!」

「まぁやってたけど、ついさっき中断しちゃって」

「ついさっき…中断した?」

 その言葉に偶然性よりも優先して告げてくる。

 それは根拠も何もない直感めいたものだったが、二人のやっている遊びが原因だと。


「なに、どしたのさ」

「その遊びやめろ」


「え?」

「その遊びはもうするな」

 説明する時間も惜しいと二人の手を取り窓まで連れていく。


「ちょいちょい、なになに」

「何か喋ってよ」


「アレ、見えるか?」

 今もなお校庭の途中まで来てたたずんでいるモノに視線を向ける。


「なに…アレ…」

「え、何か気持ち悪いんだけど」


「多分お前らがやっていた占いだか遊びだかが呼んだやつ」


「嘘だろ…」

「『ついさっき中断しちゃって』って言っただろ?それくらいの時にアレも止まった」


「マジ?」

「偶然かも知れないけど、やらないに越したことはない」


「そ、そうだよな…俺もヤバイのは勘弁」


「ねぇ…」

「ん?」

「アレ…動いてきてる…」


 何で?と思うと同時に一つ気になることがあった。

「お前ら中断したって言ってたけど、途中でやめる方法あるんだよな?そのやり方でやめてるよな?」

「え?いやそもそも途中でやめるやり方なんて無いから、また一から始めようかって」


「まさか…まだ続いてるんじゃ」

 それを言い終わると同時に二人の口を手で塞ぐ。

「お前らはもう喋るな」

 ビックリした表情ながら、何かを察した二人は頷き、それを尻目に何か書くものを探しこっちに来いと言わんばかりに黒板に引っ張っていく。


 二人にチョークを渡しながら話す。

「二人とも何か変わったことはないか?」


 黒板に二人同時に〈ない〉と書く。


「そもそもどういう遊びなんだこれは」


〈50音を使った文になる言葉を交互に言っていく〉

〈同じ単語は使えなくて それで50回目まで終わらせられたら 遊びの中で言った願いが叶う〉


「それだけか?」


 頷く二人。

 ほとんどヒントにすらならないな。

 そう思っていたのも束の間。


 外からケタケタと笑い声が聴こえてきた。


 三人でビクッとするがすかさず窓に近付き外を見る。


「喋ってないのに何でだよ…」

 ソレは再び先程までと同様の行動を再開し、ゆっくりだが確実に校舎まで寄ってきている。


「なんだ、何がいけなかった…何か見落としてるのか?」

 不意に直近のやり取りが思い返された。


「なぁ……紙は何に使ったんだ?」

 言葉を言うだけなら紙はいらない。

 なら他に何か意味があるハズだ。


〈言った言葉と同じ内容を紙にも書いていくんだよ〉


 黒板に書かれたそれを見て、瞬間二人からチョークを取りあげる。


「嘘だろ…まさか書くのもダメなのか?」


「そもそも何でこんな訳の分からないものを何も考えずに始めるんだよ!あぁクソ…」

 二人に当たっても仕方ない、それに危ないのは二人の方だ。

「悪い…少し考える」


 とりあえず二人が何もしなければ今は大丈夫だ。

 けどいつまでもこのままという訳にもいかない。

 何か…何か…オカルト話で似たようなのなかったか…。

 記憶を辿り、心霊、怪奇現象、呪いや占いなど、そういった分野の記憶を漁っている中、視野の端に違和感があった。


 そちらに目を向けると、さっきまでいたアレの姿が見えなくなっていた。


「は…どこいった!?」

 まさか校舎に入ってきているのか?

 急な展開に理解が追い付かず、頭の中は[何で]の言葉で埋め尽くされていた。


「いや、さっきまでの動きの遅さならまだ下にいてもおかしく…」

 窓をあけ外を覗き込もうと頭を出す途中で視界の下に何かが写り込む。


 目線を下にさげると、ソレは露骨なまでの悪意に満ちた笑みを浮かべ、まるでヤモリのように壁をよじ登ってきている。


 何の言葉も出せず咄嗟に窓を閉めカーテンを引く。

 状況を言おうと二人の方を見ると、一連の動きを見ていた二人は見開いた目で俺を直視していた。


「ここはマズイ、とりあえず他の場所に行くぞ」と二人に言い走り出すと、慌てた二人も着いてくる。


「あ、そうだ」

 ピタッと動きを止めた俺にジェスチャーで何かしている尊と、服を掴み急かせるように引っ張る智子。


「二人は先に行け…俺はちょっと戻る」

 はぁ?と言いたげな顔した二人に「とりあえず人がいるとこ…職員室に行け。すぐ行くからそこで合流な」

 早く行けと口と手で示すと二人は走り出した。 


 二人と逆方向に今来た廊下を走り教室の扉近くまで戻ってきた。


「フゥ・・・」

 大きく深呼吸をし扉のガラスから恐る恐る室内を伺う。


(…カーテンはあのままか。まだ登ってきてないのか…?)


 チャンスは今だと分かっている。

 けど扉にかけた手が震えていることに気付き、

 それと同時に足も震えていた。

  

(怖い、ヤバい、怖い、あれがもし来たら、怖い、でもあれを、怖い、怖い、怖い)


 さっき校舎の壁を登ってくるアレの顔を見てしまったから余計になのだろう。

 この恐怖は簡単には消せない。


 けど…あいつらを見捨てるのはもっと怖い。

 そう奮い起たせるように、扉にかけていた手を思いっきり引く。


 開いたと同時に二人が遊んでいた机まで行き紙を手に取る。


「これも何かの役に立つはず」


 カラカラカラ・・・


 この音は…窓の開閉の時に…。

(ミスった…さっきは窓の鍵をかける暇もないほど慌ててたから)

 そう思いながらも視線は既に窓の方を見ていた。


 風になびくカーテン。

 夕焼けに照らされたそこに影が映っている。


 あれは腕か…細く長く見えるそれは窓を開ける仕草をしている。

 そこへ追加されるように下から何かが現れる。


(頭…だろうな…、つーかもう無理だ…今から逃げられる気がしない)


 ガラガラガラッバンッ!


 途中から力任せに開かれた窓。


 ペタッペタッペタッ

「ココ…イル…ドコ…イル…イル…ツレテ…」


(ヤバイヤバイ…咄嗟にロッカー入っちゃったよ……何か喋ってるけどよく聞き取れないし…)


 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル…


(マジでヤバい、明らかに近付いてきてんじゃん……頼むよ、マジで、お願いしますお願いします、一旦見逃してください、お願いします、何でもします、お願いします)

 狭い中で、もうどうすることも出来ない分を補うように、心の中で何かにすがりまくる。


 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル…

 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル…

 ペタッ


(…何となくそんな気はしてたけど…本当に止まるなよ、ロッカーの前で。…あーやば吐きそう)


「イル……ノ?…ドコ…アアアア…ツブス…シタイ……タベタ…イ…」


「・・・」

(長いって…早くどっか行けって…)


「…シタイ…ハヤク…イタイ……ココ…イル?」


(あ…ロッカー触ってるな…もうダメっぽいな…。ワンチャン思いっきり開ければ当たって…って人間じゃないのにやっても意味ないか…)


「……ウウウウ…アアアア……キコエ…マシタ……」


 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル…

 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル…

 ペタッ…ズルズル…ペタッ…ズルズル……


(…あれ?どっか行った?……いやまだだ。出たらいるパターンは大いにある)


 ソレがいなくなったであろう時からどれくらい経ったのか。

(もういいかな…いや、でもまだ…)

 一人で問答しながら時間を見ようとスマホを取り出し、着信とメッセージがあったことに気付く。

(危なかったな。普段からサイレントにしてて…)

 画面を見て固まる。


 履歴

 着信 尊  17:10

 着信 尊  17:11

 着信 智子 17:12


 メッセージ

〈 尊 {きた、逃げる〕 17:14


 バンッ!


 ロッカーを開き直ぐに走り出す。


 職員室に行ったハズだから、そこから逃げるならどこだ。

 考えながら階段を走り下りていると窓から見える校庭を走っていく二人の姿があった。


「よし、まだ大丈夫そうだな」


 二人を見て少し落ち着き、手にしていたスマホの電源を入れようと画面を見る。


「ん?」

 暗い画面。

 そこには自分が映っている。

 けど、その後ろから覗き込むようにしている何かがいる。

 ニタァとした笑みは忘れたくても忘れられない。


 瞬間スマホを放り投げ背後を見る。


「いない…」

(そうだあの顔を見たから幻覚が見えただけだ)

 強がりでしかない自身に言い聞かせた言葉は上書きされる。


「ツギ…ハ……オマ…エ…」


 頭の中から聴こえる言葉は耳を塞いでも繰り返し聴こえてくる。


 今走っているのは二人を追っているからなのか…それとも何かから逃げたいためなのか。


 この日を境に全てが狂ってくる。

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