7.サモンズ商会の事情


 三年前、彗星の如く現れたスタンベック商会は、高品質低価格の香辛料を扱う店として、瞬く間に顧客を獲得していった。店主はまだ二十代半ばの青年らしい。


 サモンズ商会は長年の信頼と実績からすぐに顧客を奪われることはなかったが、それでも価格競争に勝てず、客入りはじわじわと減っていった。


 イーノックはスタンベック商会に負けまいと、高品質高価格な品物だけでなく、低価格帯の商品も取り入れるようになった。しかし、そちらはどうしても品質が落ちてしまい、逆に顧客からの信頼を落とすきっかけになってしまった。


 その間もスタンベック商会は見る見るうちに大きくなり、気づけば売り上げが逆転。サモンズ商会はこの街の二位に転落していた。今では到底追いつけないほどの差が開いているという。


「たった三年ですよ!? たった三年で、老舗のうちの売り上げを抜くなんて……絶対に何かしらの不正を働いているに決まっています!」


 話すうちにライバル商会への怒りと悔しさが募ったのか、イーノックは感情のままに拳で太ももを叩いた。


 すると、荒ぶった心を落ち着かせるように、いい香りが漂ってくる。アルが紅茶を持って戻ってきたのだ。


「こちら、どうぞ」


「ああ、すみません。つい興奮してしまって」


 イーノックは差し出された紅茶を一口飲むと、ほっと息をついた。


「いい茶葉をお使いですね。バックウェル紅茶店のダージリンですか?」


「よくお分かりですね」


 茶葉の種類を言い当てられ、ティナは感嘆の声を漏らした。


 バックウェル紅茶店は、不動産屋のエイダンに教えてもらったおすすめの店のうちの一つだ。四年前にできた比較的新しい店で、高級茶葉や海外産の珍しい茶葉を取り揃えている。


 その店で茶葉を試し買いしてからというもの、ティナが大層気に入り、一通り買いそろえているのだ。


 イーノックは紅茶の香りを楽しみながら続ける。


「あの紅茶店も、スタンベック商会と同じく新しい店ですね。いい茶葉を扱うので、私も気に入って通っています」


「そうなのですね。私はコーゼンズ不動産店の店主に教えていただいたのですが、いい店を知りました」


「ああ、彼は不動産屋なだけあって、この街のことをよく知っていますから。すみません、話が逸れてしまいました。スタンベック商会が不正を働いているのではという話です。これを見ていただけませんか」


 そう言うと、イーノックは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルに広げた。身を乗り出して内容を見ると、何かの表のようだ。


「この表は、ここ三年の月ごとの売り上げを、スタンベック商会とうちとで比較したものです。といっても、相手の正確な売り上げはわからないので、港で仕入れた木箱の数などからの推測値ではありますが」


「確かに、一年目からこの売り上げはすごいですね」


 スタンベック商会は、一年目からかなりの売り上げを記録し、その後も順調に成長を続けている。それに引き換え、サモンズ商会はじわじわと売り上げが低下。一年前に逆転されてしまっている。


「仕入れ先はどちらの商会も同じですか?」


「いえ、向こうは他国の仕入れ先と専売契約を結んでいるようです。それが高品質低価格の秘訣だと言われればそれまでなのですが、どうにも納得がいかなくて。立ち上げたばかりの商会が、他国の業者と専売契約など結べますかね? それも、商会長は年端もいかない青年ですよ?」


 商才のある青年実業家など、探せばいくらでもいるだろう。若くして商売に成功する者がいても、何らおかしくはない。イーノックからの意見は主観が多分に含まれており、不正云々の判断材料にはならなかった。


「今回のご依頼は、サモンズ商会の売り上げを改善することでしょうか。それとも、スタンベック商会が不正をしているか確かめることでしょうか」


 ティナが真剣な表情で尋ねると、イーノックはしばし考え込んだ後、重々しく答える。


「どちらも、と言いたいところですが、スタンベック商会が不正を働いていないのであれば、私は純粋に商売人として負けているのです。そこは、まずは自分でなんとかしたい。だから今回は、スタンベック商会に不正があるのかどうか、確かめていただけないでしょうか」


「わかりました。そのご依頼、承ります」


 ティナは力強く頷いた。想像していた依頼内容とは少し違っていたが、仕事には変わりない。ありがたく受けるとしよう。


「もし不正がなくて、自分でどうあがいても売り上げが改善しなければ、その時は別途ご相談してもよろしいでしょうか」


「ええ。もちろんです」


 ティナはにこりと微笑む。


「今回は成功報酬で構いません。報酬額も、私の仕事ぶりを見ていただいたうえで、払いたいと思う金額をお支払いください」


「え……? ではこちらが銅貨一枚と言ったら、それだけでよいのですか?」


「二言はありません。顧客第一号の特別サービスです」


 ティナが目を眇めておどけると、イーノックはこの店に来て初めて、笑みを見せた。


「ありがとうございます。こちらも実入りが少ないので、助かります」


「その代わり、依頼が無事終わったら、この店の口コミを広めていただけるとありがたいです」


「ハハッ。商売上手なお方だ」


「お褒めいただき光栄ですわ」


 そんなやり取りの後、イーノックは「話を聞いてくださり、ありがとうございました」と言って帰っていった。どうやらこれまでずっと、焦燥や葛藤を誰にも言えず自分の内にため込んでいたらしい。来た時よりも、憑き物が取れたような背中だった。


「さて、いよいよ初仕事ね! 頑張らないと!」


 イーノックを見送った後、ティナは店の前で気合を入れた。しかし、隣のアルはどこか不安そうだ。


「競合が不正をしているか調べて欲しいって、最初から随分と難しそうな依頼だね。どうやって調査する?」


 アルの不安を吹き飛ばすように、ティナはニッと笑ってみせた。


「まずは敵情視察といきましょうか!」

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