5.新居と仕事と


「お願いです、ティナ様。部屋割りは考え直してください」


 入居日、ティナはアルと揉めていた。


「どうしてよ。私の隣以外、どこにアルの部屋があるっていうのよ。あと、様はなし、敬語も禁止」


 入居したのは、街の中心の大通りから二本中に入った、閑静な住宅地の中の二階建て物件だ。


 元々は店舗兼住居だったようで、一階は事務所のようになっている。二階には水回りと、ダイニング、リビング、それから寝室が並んで二つ。


 ティナは当然二つの寝室を一人ずつに割り当てたのだが、アルは不満らしい。


「僕は一階で寝るから。なんならソファでいい」


「だめよ。そんなの休まらないじゃない。アルの部屋は私の隣以外、あり得ないわ」


 少しずつ敬語が外れつつあるのはいい傾向だ。たまに癖で敬語が出ることはあるが、指摘すればすぐ直る程度にはなってきた。


 しかし、彼がどうしてここまで一階で寝たがるのか、ティナには全く理解できなかった。彼の耳が、なぜか少し赤い。


 ティナはあえて、意地悪なことを言う。


「嫌ならウェスノール王国に帰ること」


「うっ……」


「無理に私の生活に付き合う必要なんてないんだから。さ、どうするの?」


「…………わかったよ」


 アルが折れてくれて喜ばしいような残念なような、ティナは複雑な感情を抱えていた。


 彼がそばにいてくれるのは、もちろん嬉しい。


 だがやはり、彼が己の役目に縛られていると思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 この街に来てから、すでに何度か母国に帰るよう勧めたこともあったが、彼は頑なにそばを離れようとしなかった。


(自分の思うように生きて欲しいのだけれどね……)


 小さくこぼれた吐息は、同居人に気づかれることなく消えていった。


 それからティナとアルは、次々に届く家具や雑貨を手分けして新居に運び込んだ。入居日までに一通りの家具類を買い揃え、この日に届けてもらうよう各店舗にお願いしていたのだ。


 住める程度に新居が片付いた頃には、すっかり日が暮れていた。今日は食事を準備する気力は残っておらず、二人はエイデンに教えてもらったおすすめの飲食店で夕食を済ませることにした。


「住まいは整ったことだし、次は仕事を探さないとね」


 運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、ティナは言った。新鮮な魚介のソテーにナイフを入れつつ、アルが答える。


「ティナが働く必要はないよ。僕が騎士団にでも入って稼いでくるから」


「だめ! それは絶対にだめ!」


 ティナは向かいのアルに、ずいと顔を近づけた。彼は驚いて思い切り体を引いたが、ティナがちょいちょいと手招きをする。


 アルが控えめに顔を近づけたところで、ティナはささやく。


最強の騎士が騎士団なんかに入ってみなさいよ。『一体何者だ!?』って身元を探られてしまうわ」


「それは……確かに」


 アルは真顔で頷いた。彼は基本的に頭の冴える人間だが、たまにこうして抜けているところがある。


「私の都合に巻き込んでしまっているのだから、私が稼いでアルを養うのが道理よ」


「ううん……でもな……」


「アルの仕事は、私を守ること。これでどう?」


 渋る彼にそう提案すると、ようやく納得してくれたようだ。アルは少しはにかんで言う。


「これまで通りだね。わかりやすくていい」


「あ、でも、アルがこの街から出ていくなら話は別よ。あくまで一緒に住んでいる間、ね」


「……僕は、ティナが結婚するまでは、君のそばにいるつもりだよ」


 そう言う彼は、どこか寂しそうだった。


 ちょうどその時、次の料理が運ばれてきて、話題が途切れる。アルは気持ちを切り替えたのか、真面目な顔でティナに尋ねた。


「でも、ティナ。稼ぐといっても、女性の仕事は数も限られているし、薄給なことも多い。何かアテがあるの?」


「ない」


「ないか」


「でも、考えていることならあるわ」


「考えていること?」


「私の取り柄は、ここだと思うの」


 ティナはそう言って、自らのこめかみをトントンと指で軽く叩いた。アルは異論がないというように、大きく頷く。


 ティナは昔から、飛びぬけて頭がよかった。


 一歳で話し始め、二歳で文字を読み、三歳で算術を習得していた。十歳の頃には大臣たちと対等に会話ができるようになり、貴族学校に入学するまでには、各学問を一通り修めていた。正直なところ、貴族学校に通っていたのは「しきたりだから」という理由以外にない。


「ティナの賢さは、本当に群を抜いていると思うよ。その方向性は、とてもいいと思う。でも、頭を使った仕事だと、王城で文官になるくらいしか思いつかないな……。ティナは、何かアイデアがあるの?」


「母国にいた頃、商人の相談に乗ったことがあったでしょう?」


「ああ、城下町にお忍びで行った時のことだね」


 二年ほど前、ティナはウェスノール城下をお忍びで散策していた。珍しく半日時間が空いたので、息抜きと市場調査を兼ねてアルを連れて出かけたのだ。


 その際、とある商店に足を運び、店主から愚痴を聞かされた。最近どうも売れ行きが下がっていて、そのうち廃業してしまいそうだ、と。


 店主の話に興味を持ったティナは、店の情報を詳しくヒアリングした上で、いくつかの助言を残した。するとその数か月後、店は見事に立ち直っていたのだ。


「助言を与える代わりに、報酬をもらうっていうのはどうかしら。相手は必ずしも商売人でなくともいい。困っている人の話を聞いて、アドバイスをするの」


「街の相談役、みたいな感じかな?」


「相談役、いいわね!」


 アルの言葉を受け、ティナは閃いた。これは軌道に乗ればうまくいきそうな気がする。


 ティナは自信にあふれた微笑を浮かべ、宣言した。


「私、この街のコンサルタントになるわ!」


 そうしてティナは、翌日にはウェストポート辺境伯領にある商人ギルドを訪れ、開業届を提出した。ギルド内の「なんでも掲示板」に、こんな張り紙を残して。


 商売から投資、土地の運用まで、お困りのことがあればなんでも解決!

 ティナ コンサルタント事務所

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