劣等生ドロップアウト
flanked1911
第1話
「どんな困難にも挫けず、苦しみを耐えた者だけが勇者になれる」
100年以上前に起きた熾烈な魔王軍との戦いで、魔王を打倒した初代勇者は民衆達にこう語った。
誰もが彼のようになりたいと願い、少年少女たちは懸命に努力した。
魔族たちはしぶとく、何度も魔王軍を結成し、人類もそれに対抗する勇者を必要とした。
人類最大の王国である聖王国アルディアには勇者育成制度が存在し、各地から有望な少年少女たちを集めて育成するアークレイド勇者学院があった。
貴族や才能ある平民が切磋琢磨するこの学園では今日、北方森林演習場で学院生たちが冒険実技を行っていた。
「カイル、そっちに行ったよ!」
「任せろ、エリシア!」
森の奥深くに潜む獰猛なブラッド・ウルフの群れを槍使いの少年と魔法ステッキを持った少女が見事な連携で追い込む。
「皆様にご加護を――!」
シスター服を着た少女が祈り、パーティのメンバーに
「はあああああああっ!」
槍使いカイルの渾身の突きが二頭を一気に貫く。
その様子を見て、シスター・セレナが合図を出す。
「エリシアさん、今です!」
「これで――スターライド・ロード!」
魔法少女エリシアが神々しい光と共に、空へと舞い上がる。
ステッキにあらん限りの力を貯め、それを放つ。
地面が光で埋め尽くされたかと思うと、その光線上の狼たちが一切合切残らず、消滅してしまった。
「流石だな。エリシア!」
「カイルもね。それにセレナも」
「いえ、私は補助していただけなので」
騎士団相手の模擬戦でも勝利を収めたことのある俊敏な槍使いカイル。
アルディア王国正教会の秀才シスター・セレナ。
そして、類まれな魔力を秘め、可憐さを併せ持つ、次の勇者と名高いエリシア。
特にカイルとエリシアは幼馴染であり、学園の関係者たちは彼女たちこそが次の勇者パーティだと確信していた。
3人は切磋琢磨し、お互いを尊重し合う、理想的なパーティだった。
「危ない!」
その3人の後ろから鋭い声がかけられた。
3人が慌てて振り返ると、森の影から生き残りの狼が復讐に眼を光らせ、襲い掛かって来たのだ。
狼の狙いはエリシアだった。
「きゃっ」
彼女が短い悲鳴を上げたその直後、空中に飛びあがった狼は矢に撃ち抜かれた。
「危なかった」
ほっとした声を上げたのは、先行する3人の後から来た少年だった。
彼はレイン、実はこのパーティは4人組なのだ。
エリシアとカイルの幼馴染でもある。
しかし、危ないところを救われたというのに、二人には感謝の色が見えなかった。
それどころか、カイルは額に青筋を立てた。
「危ない? どこが? あんな一匹、エリシアなら瞬殺できた」
「それは油断だ。猿も木から落ちるって言うじゃないか」
「……私を猿扱いするの?」
「い、いや、言葉の綾だよ」
エリシアの冷たい声に、レインは苦笑して見せるが、直後のカイルの発言に表情が固まった。
「劣等生が。
エリシアがお前を追放しないから学園に居られるんだぞ」
レインは思わず、俯き、歯を食いしばる。
小さな村で生まれた彼らはいつも一緒で、村人たちからの大きな期待を背負って上京した。エリシアら2人は花開いた。が、レインは伸び悩み、2人や学園の他生徒についていくことが出来なかった。
幼馴染たちは日に日に冷たくなった。
次期勇者パーティのお情けでいる劣等生、それがレインに対する周囲の評価だ。
レインは弓だけではなく、剣や斧なども持っている。これは彼の藻掻いた末の試行錯誤を物語っている。
「ほ、ほら、レインさん。謝ってください」
険悪になった雰囲気をシスター・セレナが、慌てて取り持とうとする。
「あ、ああ。ごめん」
レインは頭を下げた。
が、内心の何処かでは何故助けた自分が頭を下げなければいけないのかと、苦しんでいた。
自分と比べて3人は段違いに力を持っている。
しかし、レインには彼女たちが危なっかしく見えた。勝利時に気が緩みがち、周囲への無警戒、魔力を温存しない戦い方、無計画さ。
彼は自分がそれを補うために、戦果に絡めなくても後方で見守り、何日も前から進軍ルートや休憩場所を考え、魔獣の生息地や天候を調べ上げる。そして、早朝には魔力を補うドリンクを作り、パーティの装備を完璧に整備する。空いた時間には自分の鍛錬、鍛錬、鍛錬。休みはない。
それでも、今は見下されているとはいえ、レインは幼馴染たちが大好きだった。
きっと、いつかは自分の努力が認められる。
そして、自分は勇者となったエリシアたちが英雄になる瞬間を後ろから見届けるのだと信じていた。
「むっ、この足跡は」
突然、カイルがしゃがみ込み、地面を覗く。そこには大きな人の足跡があった。
「人、いや、このサイズは人間じゃない」
「魔族!?」
「そうかもしれないな! まだ近くにいるかもしれない、行こう。エリシア!」
「うん!」
エリシアは即座に頷き、カイルを連れ立って走り出そうとした。
「待て! 行っちゃだめだ!」
レインは懸命に大声を出してそれを止める。
魔族は魔獣とは訳が違う。騎士団の精鋭部隊が何人もの犠牲者を出しながらようやく渡り合えるのが魔族だ。
幾らエリシアが将来の勇者だからと言って――いや、それだからこそ、これは蛮勇だ。
「一旦、先生たちのところに戻って報告しないと! 演習が始まる前に言われただろ!」
「わ、私もレインさんの言うとおりだと思います」
流石にセレナも彼に賛成し、引き返そうとした。
が、エリシアはレインに冷たい目を向けた後、セレナには笑顔を見せてこう言った。
「先生たちには心配しないでって伝えておいて。大丈夫。私は勇者だから」
「行くぞ、エリシア!」
結局、2人は森の奥へと駆け出して行ってしまった。
「あのバカ! 止めないと!」
「わ、私も!」
どれだけ見下されようと、幼馴染を見捨てられないレインというお人よしの愚か者と、優秀で優しい性格だが、決断・判断力に欠けるセレナは2人を追いかけていってしまった。
◇
「きゃああああああああああああああ」
「くそおおおおおお!」
2人が宙に投げ出される。
膨大な魔力で桃色に輝いていたエリシアの髪はくすみ、制服はズタズタにされていく。
カイルの防具は粉々に砕け、槍は大きくへし折れた。
「がはははは。温いわ、小童共!」
3mに及ぶ筋骨隆々の魔族は大口を開けて笑う。
最悪だった。
エリシアたちが追いかけた魔族は、よりにもよって幹部クラスの武闘派魔族だった。
「か、回復を……」
「はぁはぁ……私も、もう魔力が」
セレナの回復が生命線だったが、彼女の魔力は既につきかけていた。
「回復だ!」
レインはバックの中から回復瓶を取り出し、3人に放り投げる。
それはメンバーからシスターが居るのに、必要ないと呆れられたものだった。
「ふん、小細工が出来るものが居たか」
魔族は支援に徹するレインを邪魔だと思ったらしく、彼に鋼の様な拳をぶつけた。
「ぐわっ!」
とっさに持ち武器の一つ斧でガードしたが、彼の実力ではまるで耐えきられずに、後方の岩へと叩きつけられた。
意識が狭まる中、彼はバックから零れ落ちた最後の回復瓶に手を伸ばす。
しかし、カイルの怒号が飛ぶ。
「エリシアに使え!」
「えっ?」
「お前は戦力にならない! エリシアなら戦える!」
言い返したかったが、事実だった。レインは致命的な痛みの中、エリシアに回復瓶を投げた。
この魔族には勝てない。
回復して、逃げるしかない。
「よし、やるぞ! エリシア!」
「うん!」
が、エリシアとカイルは駆け出す。セレナも最後の力を振り絞り、バフを掛ける。
素早い槍捌き、天空に舞う魔法少女。さっき見た光景だった。
「やめろ! そんなワンパターンな攻撃通用しない!」
レインの必死な叫びも空しく、爆風が迸る。
「温い」
やはり、爆風が晴れた先では魔族が槍を左腕で受け止め、右腕で魔法攻撃を受け止めていた。
「う、嘘だろ」
呆然とするカイルは魔族の無慈悲な蹴りに蹴飛ばされ、何本もの木をへし折りながら着地した。
「い、嫌……!」
それを見て、怯えながら後ずさろうとしたエリシアには、剛腕が振りかざされる。
「ああ、あああああっ!?」
彼女は上半身を衝撃のクレーターに沈め、無様に両脚を空に向かって開脚し、ピクピクと痙攣しながら気を失った。
「こ、こんな……あぅ……」
シスター・セレナは気絶した2人を見て、耐えられなくなり、失禁しながら気を失った。
「ふははははは! 無様な雑魚共め、勇者とは似ても似つかぬわ! 死ぬがいい!」
魔族は止めを刺そうと、強力な剛腕をぶつけようとした。
が、その
「ぬ!」
「こっちだ!俺はまだ残っているぞ!」
「雑魚が!」
レインに対し、魔族は拳を振るう。魔力を腕力に置換した高速で致命的な一撃。だが、彼は見ていた。
(この魔族は右利き!)
これまでの戦いでこの魔族は右で止めを刺そうとする傾向があった。つまり左腕はフェイント。レインは何とかその攻撃を避けて見せた。
そして、幼馴染達を庇うように満身創痍の姿で魔族に立ち塞がる。
「ふっ、貴様は最も弱いな」
「言われなくても」
「だが、この中では最も鍛錬を重ね、最も考え、最も耐えている。人間の小僧にしては面白い」
「何?」
どうやら、魔族は挑発などではなく、本心からレインに賞賛を送っているようだった。それと同時に疑問を感じていた。
「それ故に、何故、この愚か者共にボロ雑巾のように扱われている? 何故、立ち塞がる?」
「おかしいかもしれない。でも、俺はこいつらの幼馴染だ。仲間なんだよ!」
「やはり人間は愚かだ。ならば、死ねぃ!」
魔族は剛腕を大きく振るった。
レインは剣で弾こうとするが、段違いの威力で話にもならず、剣を飛ばされて地面に叩きつけられる。
そして、考える隙も与えずに、脚が頭上から降ってくる。
身体は動かないのに、死の光景だけがゆっくりと見える。
(俺、死ぬのか。
あれだけ、剣を、大斧を、弓を練習したのに何もうまくできなくて。
あれだけ、皆の為に頑張ったのに認められずに。
俺は……)
「どんな困難にも挫けず、苦しみを耐えた者だけが勇者になれる」
突然、勇者の格言が頭の中を駆け巡った。
直後、腹の底から力が沸いてきた。
跳ね上がる様に上体を起こし、脚を回避する。
「何!?」
魔族が驚いたような声を上げ、拳を振う。
レインは素早く剣を取り、それを弾いていく。
(なんだ!? 俺の動きがこんなにも素早く……!)
幾ら練習しても、上手くいかずにつっかえていたことが、今全ての見込めたかのようにすらすらと身体が動く。
後ろに飛び抜き弓を構えると、途端に視界がクリアになり、魔族の動きが止まって見えた。放った矢は狙い通り眼孔に突き刺さった。
「ぐああああ!?」
レインは欠けた斧を拾い上げ、横投げで放り投げた。
魔族の右剛腕に最も理想的な角度で突き刺さり、それを抉った。
「ぐはぁ!
こ、小僧、覚醒したとでもいうのか!?」
魔族の慟哭なんて耳に入らない。レインは魂の叫ぶままに、剣を拾い上げた。
「これで終いだ!」
普段の何倍も跳躍し、魔族の頭上から剣を振り上げた。魔族はそれを見上げたまま、全ての合点が付いたように呆然と呟いた。
「そうか……お前こそが、本当の勇……!」
ぶしゃあ。
そんな音と共に血の噴水が上がり、魔族はゆっくりと倒れた。
レインは地面に着地し、肩で息をしながら呆然と呟いた。
「俺が、倒したのか……? 皆は!?」
彼は未だに気絶している3人の脈を確認すると、命に別状はないようだ。
レインはどうにか3人を担ぎ上げると、教師たちのところへと急いだ。
その道中、涙が溢れてきた。
「遂に努力が報われたんだ。それも幼馴染を救うという最高の結果で……!」
ようやく、今日からは胸を張れる。
が、しかし。
◇
「一体何があったのですか!?」
教師たちは演習終了の予定時間に立っても現れなかったレインらを探す為に捜索隊を結成しているところだった。
重症の3人を見て、教師や生徒たちは驚いた。教師たちの応急手当てによって、3人の顔色は良くなってきた。この分なら大丈夫だろう。
レインらの担当教師であるミリアという生徒から人気のある女性教師は大層驚き、生還者であるレインを質問攻めにした。
「魔族!? エリシアさんは魔族と戦って……!?」
「ええ、俺は止めたんですが、2人とも言うことを聞いてくれなくて」
「それよりその魔族は! まだ健在なのでしょう?」
「いえ、俺がどうにか倒しました」
「……え?」
ミリアは目を丸くした。それは聞き耳を立てていた他の生徒たちもだった。
彼女は声を低くして、訝しむようにレインを問いただす。
「ごめんなさい。でも、にわかには信じられないわ。あなたが」
「そんな!? いや、信じてもらえなくても仕方ありません。でも、急に力が沸いてきたんです」
「急に力が? そんなことがあり得るの?」
「エリシアさんの目が覚めた!」
その時、歓声が響いた。
気を失っていたエリシアが目を覚まし、ゆっくりとからだを起こした。
レインはその姿を見て安堵した。
「一体、何があったの?」
彼女のファンである女生徒が涙ながらに、彼女に尋ねた。
エリシアは周りをぼんやりと周りを見渡し、おぼろげに言葉を紡いだ。
「魔族が出て……私達、戦って……」
そして、彼女はレインと目が合い、目を伏せた後、こうつぶやいた。
「私が倒したの」
「……エリシア?」
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