No.23 八日目・執事「違和感への気付き」

今日は土曜日で銀行は休みだ。

しかし、コンビニのATMなら出金できるはずだと思い、確認のためネットで検索をする。

50万円という金額を下ろせるコンビニと、下せないコンビニがあるようで、どの店舗へ向かうべきか検討して決めた。

いずれにしろ、50万円というのは、一回で引き出せる限度額のようだ。


千葉方面からやってくるマドカさんの車と合流できるまで、まだ少し時間がある。

その間にキッチンの流しに放置されている皿を、洗ってしまうことにした。

テーブルに散らばったクロワッサンの屑も、小さな箒で集め片付ける。

日常の作業を淡々とこなしていると、胸につかえるような不安は消えなくとも、少しだけ冷静になれた。


動物園に連れ出したのが誰であろうと、主犯はミカ様の父親だ。

目的はマドカさんへの嫌がらせと、お金欲しさだと思われる。

だとしたら、実子のミカ様を傷つけるようなことは、流石にしないだろう。

大丈夫、ミカ様はご無事だ。

秘書が動物園に辿り着き次第、保護してくれるはず。


(アナタを頼りにしていますよ。その筋肉が伊達ではないことを、見せてください。ここまで私たちは、坊ちゃんに対してもミカ様に対しても、役割を分担し、物事を円滑に運んできたのです。今回、私はマドカさんをサポートします。アナタとユニは、いち早くミカ様の無事を確認してください。頼みます)


皿を洗い終わり、私はお屋敷の戸締りを確認し、出かける支度をする。

八日前に私がここへ来てから、お屋敷が無人になるのはこれが初めてだ。

室内は、しんとして寂しげだった。


門扉を出ると、外の暑さにクラクラしそうになる。

棟梁たちが木材の撤収に来たときよりも、確実に気温が上がっていた。


コンビニでお金を引き出し、備え付けのペラペラな封筒に50万円を入れる。

ブリーフケースにしまい、待ち合わせ場所となる幹線道路に向かって歩いていると、スマホが震え電話がかかってきたことを知らせた。


「もしもし。運転中ですか?」


『大丈夫、ハンズフリーで喋ってるから。アナタ今どこ?私、あと10分くらいで、屋敷へ曲がる交差点へ到着するわ』


「私は五分ほどで到着できますので、お待ちしています」


今のところ、ミカ様救出に向けて物事は予定通り進んでいる。



マドカさんのワンボックスカーが目の前に停まり、私は助手席に乗り込んだ。

運転するマドカさんの横顔を観察すると、眉間に険しいシワが寄っているものの、取り乱した様子はない。

送られてきたミカ様の写真が笑顔だったことで、彼女も最悪の想像ばかりをせずに、済んでいるのだろう。


「土曜日だけど、お金は下ろせた?」


「えぇ。コンビニのATMで出金した経験がありませんでしたので、戸惑いましたが。便利なものです」


「とりあえず助かったわ。これが1000万円と言われたら、とてもじゃないけど、この短時間では用意できないもの」


マドカさんは真っ直ぐ前を見据え、運転しながらそう言った。

私は、その言葉に引っ掛かりを覚える。

しかし、不安感や恐怖感が思考力のパフォーマンスを下げているのか、自分が何に違和感を感じるのか、すぐにはわからない。


お屋敷は私たちにとっても、ミカ様にとっても夏季休暇中の仮住まいで、坊ちゃんと住むマンションのように、万が一のお金を金庫に用意してはいない。


だから50万円でよかった。

銀行に掛け合う必要もなく、スムーズに用意ができて、金融機関側に怪しまれもしない。


「……ねぇ、聞いてるの?ねぇってば!」


「えっ、あっ、申し訳ございません。考え事をしておりました」


「秘書さんからは、まだ連絡がない?彼はユニを連れて行ったのよね?」


私はスマホを取り出すが、まだ何の通知もない。

もう動物園にはついている頃なのに。

首を振ると、マドカさんは深く息を吐く。


「あの、差し出がましいのですが、おかしくないでしょうか?」


「おかしい?なにが?」


「ミカ様と交換するお金が50万円というのは、あまりにも安いと思うのです。ミカ様の価値を金額では表せませんが、いくらなんでも要求金額が低すぎる。マドカさんにだって、もっともっと財力がありますでしょう」


「……でも、土曜日だし」


前方の信号が赤になり、マドカさんはゆっくりとブレーキを踏む。


「いや、そうなのですが。これは立派な誘拐です。犯罪です。警察に通報するなと念を押されたとはいえ、動物園でこの50万円を、ミカ様と一緒にいる男に渡すのです。対面で。私も秘書も、ミカ様が保護でき次第、その男の手を掴み捉え、警察に突き出すでしょう」


「そう……よね……」


「失礼ながら、イケメンプロレスラーのような父親は50万円で立て直せるような経済状況なのでしょうか?しかも、誘拐が成功したとしても、動物園にいる男に分け前を払う必要があります。ですから、手にするのはもっと少ない金額になるでしょう」


信号は青に変わった。

『100メートル先を左折です』

カーナビが指示を出してくる。


「彼には莫大な借金があるの。焼け石に水だと思うわ。そう思うと、何が目的なのかしら。私を困らせたいだけ?」


(50万円という金額を提示された段階で、気付くべきでした。執事たるもの、常に思慮深くあるべきなのに)


私はカーナビの画面を覗き込む。

この辺りに土地勘はないが、地図上に線路があり、駅までも大した距離ではなさそうだ。


「私をこの先で下ろしていただけますか?」


「え?どうして?」


「もしも、犯人の狙いがお屋敷を無人にすることだとしたら……」


「そんな、まさか……。あの屋敷、誰も使っていないときは、警備のために人感センサーが働いているわ。侵入があったら、すぐにセキュリティ会社に通知が行くような。でも今は……」


「えぇ。八日前、私が来たときにセンサーを切りました。24時間以上留守にするときのみ、センサーを作動させる慣わしだと聞いておりましたので、在宅中も、少しの時間留守をする今現在も、スイッチは入れておりません」


「私も祖父母もそうしていたわ。そんな頻繁に、入れたり消したりする習慣はないの」


つまり、泥棒に入ろうとするならば、人感センサーが働いている長期留守中よりも、こうして人の出入りがあり、尚且つ一時的に全員が出払ったタイミングがベストだろう。


車は線路を越え、路肩で止まった。

私はシートベルトを外し、ブリーフケースから現金の入った封筒を差し出す。

それを受け取りながら、マドカさんは怒りを込めた声で私に告げた。


「バカラだわ。バカラのデキャンタ。元夫は、あのコレクションの価値をよく知っていて、いつも物欲しそうに見ていたの。たぶん売りさばくルートも持っている。……私たちを撹乱してあれを盗もうとしているのかもしれない」


(なるほど。犯人の目的がバカラならば、納得です。お祖父様の思い出の品を、万が一にも持ち出されるようなことがあれば、執事として坊ちゃんに顔向けできない!)


私は助手席のドアを開けて外へ出る。

暑さがモワッと襲ってきた。


「マドカさんは、ミカ様の元へ。屋敷は私にお任せください」


「よろしくね。でもアナタも充分に気を付けて」


「はい」


車を見送り、私は最も近い駅へ向かって、線路沿いを走り始めた。

走りながら、スマホで秘書に電話を入れてみたが、呼び出すばかりで応答はない。

彼も広い園内を、必死に探してくれている最中なのだろう。

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