No.21 八日目・執事「執事と秘書の油断」

最初に目を覚ましたのは、ミカ様だった。


「ねぇ、もう起きようよ」


そう言って身体を揺すられた私は目を覚まし、手探りで枕元の眼鏡を探す。


「んー、何時ですか?」


「もう9時だよ、起きてー。秘書のおじさんも、いつまで寝てるのー」


ミカ様は、反対側で眠る秘書のことも、全力で揺する。


「あともう少しだけ……」


「ミカ、お腹空いた!」


レディにそう言われてしまっては、秘書ものっそりと起き上がるしかなく、ボサボサの頭で大きく伸びをした。


「よく寝たなー」


「はい、私も。こんな時間まで眠ったのは何年ぶりでしょう」


「さぁ、ユニも起きて。みんなで朝ごはん食べよう」


私たちはぞろぞろと連れだって階段を下りる。

ミカ様の手には昨晩ゲンくんにもらった万華鏡が、しっかりと握られていて微笑ましく思った。


居間のカーテンを開ければ、眩しい光が差し込んでくる。

今日も澄み渡る青空で、いい天気のようだ。

ミカ様が付けたテレビでは「熱中症にお気をつけください」とキャスターが訴えている。


交代で洗面所を使い、身支度を整えた。

秘書はエビとトマトのオムレツを作り、昨晩下ごしらえ済みのスープに火を入れ、クロワッサンを温める。

キッチンからはいい匂いが漂い、自分がかなり空腹だということに気が付く。

食卓のテーブルにつき、皆で「いただきます」と手を合わせようとしたとき、門扉のインターホンが鳴った。


「そうか。棟梁が櫓とステージに使った木材の搬出に来るんだったな」


私が対応に出て、遠隔で門扉を開ける。


「ミカ様。私たち、ご挨拶をしてまいります。お一人の朝食になって申し訳ないですが、先に召し上がっていてください」


「うん、わかった。お腹ペコペコだから先に食べるね」


「お食事のあとには、朝顔の水やりもお願いします。あっ、その際は麦わら帽子をお忘れなく」


「はーい」


搬出は大工の棟梁の元で働く人が何人も来てくれ、とてもスムーズだった。

テキパキとトラックに積み込まれていく。

人手はいらなそうだったので、私は足手まといにならぬようクロマツの木陰で見ているだけだ。


「俺、今のうちにユニの散歩に行ってくるよ。トイレ我慢してると可哀想だから」


「そうですね。お願いします。私は積み残しがないか見届けて、門扉を閉めますので」


「あぁ、頼む」


棟梁のところの人たちは丁寧で、私に箒がないか尋ねてくれる。

掃除用具一式を倉庫から持ってくれば、汗をかきながらも木屑の清掃までしてくださった。


「暑い中、お疲れさまでした」


お見送りをし、私は門扉を閉める。

そのとき、ふと気が付いた。

祭り中は、あんなにも外部からの出入りに気を配っていたのに、この30分ほど、門扉を開けっ放しにしてしまっていたではないか。

作業の方が複数出入りされていたのに、チェックもせず、……完全に油断していた。


(これでは、誰かが紛れ込んでも気付けないです。ミカ様がお帰りになるまで残り二日。しっかりと気を張っていなければなりません。あの筋肉オバケとも、今一度危機管理について共有しておかねば)


そう思いながら、私は食堂へ戻った。



ミカ様は朝食を終えたようで、使用した皿がキッチンの流しまで運ばれている。

まだ食事をしていない私と秘書の皿だけが、テーブルに残っていた。


ミカ様はテラスで朝顔に水やり中だろうか。

一声かけようと、テラスへ向かうがそこに姿はない。

ただ、朝顔の横にぽつんと万華鏡と麦わら帽子が置かれていた。


その景色がどうしてか、とても不穏に思え、自分の体温がスッと下がったのが分かる。

もしかしてトイレにいるのではと確かめに行き、ノックをする。


「ミカ様、いらっしゃいますか?」


二階にも駆け上がり、部屋についているトイレも確認する。

かくれんぼのときに隠れてらした秘密の部屋も、もちろん中に入り隅々まで探した。

しかし、ミカ様はいらっしゃらない。


「ミカ様ーーー、ミカ様ーーー」


大きな声を出しながら屋敷の中をウロウロと探す。


「なんだ、どうした?またかくれんぼか、大きい声だして」


ユニをつれた秘書が「腹減ったー」ととぼけた声を出しながら、帰ってきたのだ。

彼はテーブルの上のクロワッサンを手に取り、無作法に口へ放り込む。


「か、かくれんぼもしていないのに、ミ、ミカ様のお姿が、どこにも、見当たらないのです……」


秘書の手が止まり、顔色が変わる。


「早く言えっ。二階は見たのか?庭は?プールは?」


「プ、プールはまだ見ておりません」


私の言葉を受けて、秘書はクロワッサンを咥えたまま、テラスから外へと飛び出していった。

彼の緊迫感ある表情を見た私は、さらに狼狽えてしまう。


(大丈夫。落ち着いて。先日だってミカ様はちゃんと見つかった。今も屋敷のどこかに必ず……)


「ユニ。ミカ様がどこにいるか分かりますか?探してください。お願いです」


祈るように訊ねると、足元の賢い白い犬は鼻をクンクンさせながらテラスへ出る。

そして、朝顔の周りをぐるぐるとして、麦わら帽子や万華鏡の匂いを嗅いでいた。


「ワン!ワン!」


ユニは急に走り出す。

私はその後ろを追うが、門扉のところまで走り、ユニは止まってしまった。

外へ向かって「ワン!ワン!」と断続的に吠えているから、キョロキョロと辺りを見るが、不審な人物や車は見つからない。


タタタッと足音が聞こえて振り向くと、タンクトップの秘書だった。


「プールも、倉庫も、森の入口も見たが、いないな」


走り回ったようで、彼は息を切らしている。


「ど、どうしましょう……、ミ、ミカ様の父親でしょうか……。撤収の間、門扉が開きっぱなしになっていたのです。わ、私がいたクロマツの下からでは、門扉周辺は死角になっていて……。あぁ、本当に申し訳ない」


秘書は私の肩をガシッと掴み、大声で怒鳴ってきた。


「おい、狼狽えるな!落ち着け!反省するのは、あとにしろ」


その言葉は、私の心にしっかりと届く。


「は、はい。おっしゃる通りです。ありがとうございます。えぇ、はい。落ち着かなくては」


(万が一何かあったのだとしても、私たちが必ずお救いしなくてはならない)


「とにかく、一旦居間へ戻ろう」


私たちは小走りでお屋敷へと戻った。



「まずはマドカさんに連絡をしたほうがいい」という秘書の言葉で、私はスマホを手にとる。

今日は大切な商談があると伺っていたから、『至急お電話をいただきたい』とメッセージしようとしたタイミングで、突然スマホが振動した。

驚きのあまり、手から落としてしまいそうになるが、マドカさんの名前が表示されていたので、慌てて出る。


「もしもし」


『ミカは?ミカはそこにいるわよね?』


彼女の声は震えていて、何かあったのだとすぐに分かった。


「そ、それが」


泣き崩れてしまいそうな母親にどう伝えたらいいのか躊躇し、口ごもった私から秘書がスマホを奪う。


「よく聞いてください。こちらからミカが姿を消しました。1時間以内の出来事です。そちらにも何かあったのですね?何があったのか、話してください」


『あぁ、ミカ……。なんてことなの。あの男、ゆ、ゆるせない』


隣にいる私にも、マドカさんの悲痛な声が聞こえてくる。


「マドカさん。しっかりして。状況を話してください」


彼女は大きく二回、息を吐いた。


『ご、ごめんなさい。えぇ、落ち着かないと。あのね、ついさっき、メッセージが届いたの、元夫から』


「なんと書かれていたんですか?」


『「ミカはある男が連れだした。警察に連絡したら、ミカの顔に傷をつける」って。信じられない……』


それを耳にした私は、思わず秘書の逞しい腕を、きつくきつく握りしめた。

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