No.19 七日目・執事「子どもたちの世界」

今日は八月盆の中日だ。

坊ちゃんのご両親、ご祖父母様のお盆は七月に済ませたとはいえ、賑やかな雰囲気に誘われて、本日もお帰りになっているかもしれない。

お屋敷の庭に提灯が灯り、浴衣を着た人々が皆、笑顔で集っているのだ。

きっとお喜びになるだろう。


(この家に仕える執事として、ご先祖様にも楽しんでいただけたのだとしたら、私も心から嬉しいです)


青年団の人が櫓に登り、バチを振りかぶって太鼓を叩いた。

ドドンっという大きな音を合図に、坊ちゃんの伸びやかな歌声のCDが再生され、お庭に響く。

散らばって談笑していた人々は、櫓を囲むように輪を作り、踊り始めた。

私たちと一緒にいたミカ様にも、スイカ割りのときに知り合った子どもたちから声がかかる。


「ミカちゃん、こっちこっち。一緒に踊ろう!」

「私の前に入れてあげるよ」

「早く、早く!」


彼女は私と秘書の顔を見上げてくる。


「いっておいで」


ミカ様は秘書の言葉に大きく頷き、輪に向かって駆けていった。

このお祭りにとってミカ様は、外からきたお客様ではない。

地元の子どもと同じく、祭りの中心にいるのだ。


(あぁ、この光景をマドカさんにも、叔父である坊ちゃんにも見せて差し上げたい)


「さあ、お二人も輪に加わってください」


背後に立っていた町内会長さんに促され、私たちも輪に加わり踊り始める。

踊りが上手い下手など関係ない。

皆が同じ曲を聞き、太鼓に合わせて右手を挙げ、左手を挙げ、右足を下げ、左足を下げる。

ただひたすらに、同じ動作を繰り返す。


坊ちゃんはこの場にいらっしゃらないが、歌声でしっかりと参加されているのだ。

私は、どうしてか胸がいっぱいになり、海へと繋がる空を見上げる。

すると、同じようなタイミングで、秘書も真っ暗な上空を見つめていた。


盆踊りが、こんなにも気持ちが高揚するものだと知ることができたのは、貴重な経験だ。

いつまでも、いつまでも、踊っていたい。

そんな気にさせてくれるのは、坊ちゃんの歌声の力も大きいだろう。


しかし、大人たちは気が付き始めている。

風向きが変わったことを。

日が沈んでからも蒸し暑かった空気が、少し前から急に冷たくなり、風も強くなってきた。

太鼓の音と、坊ちゃんの歌声に紛れているが、遠雷が聞こえ始めている。

この高揚感に水を差さないでほしい、誰もがそう願っていた。


ポツ、ポツとオデコに水滴が当たった。

夕立が降り出してしまったのだ。

誰かが大きな声を出す。


「花火を濡らすな!すぐに移動させろ」


私はお屋敷へと走り、居間からテラスへと続く掃き出し窓を開放した。

呑気に眠っていたユニは、慌ただしい私の動きに驚き、何事かと顔を上げる。


「ユニ。雨が降ってきてしまいました。皆さんにテラスと、居間と食堂へ避難していただきますから、お邪魔にならないように気をつけてください」


サモエドは私の言葉が分かったかのように、二階への階段を上がっていく。

もしくはユニも雷が怖く、ベッドに潜り込むつもりかもしれない。


「アンタのご自慢のタオルを皆に貸し出すぞ」


秘書が声を掛けてくる。


「えぇ、そうしてください。二階の部屋以外を開放しますので、お屋敷へ誘導ください」


「わかった」


私たちは素早く声掛けをし、皆さんに屋根のある場所へ移動していただいた。

花火も濡れずに済んだようだ。


掃き出し窓から外を見ると、視界が悪くなるほど大粒の雨が、すごい勢いで地面を叩きつけている。

和彦くんがスマホで雨雲レーダーをチェックして、大きな声で皆に状況を伝えてくれた。


「局地的な雨ですね。30分ほどで止むようです」


雨音と雷の音が鳴り響く中、お庭には坊ちゃんの歌声が流れ続けていた。

音響設備はテラスの軒下へ移動させてあったが、誰一人、この音楽を止めようという人はいない。

曲が止まったら祭りが終わってしまうとでも、思っているかのように。


あれ?

私は一瞬ドキリとし、近くにいた山本さんに尋ねる。


「ミ、ミカ様を見かけませんでしたか?」


「子どもたちは皆、玄関ホールで雨宿りしてるみたいよ」


焦りながら見に行くと、スイカ割りで一緒だったメンバーが、三和土でしょんぼりと座り込んでいた。

ミカ様の姿もありホッとするが、彼女は声を上げて泣いている。


「もっと、もっと、ハリーのお歌で踊りたかったー。せっかく浴衣も、着せてもらったのにー」


いつの間にか私の隣に立っていた秘書が、駆け寄って慰めようとしたが、一歩遅かった。

昨日、スイカを見事に割った小学六年生の男の子が、ミカ様に寄り添い頭を撫でている。


「ミカちゃん、大丈夫だよ。もうすぐ雨は止むよ」


「ゲンくん……。花火は?ミカ、花火したい」


「きっと花火はできる!」


出遅れた筋肉オバケは、私の隣で子どもたちを眺めている。


「おい、ゲンくんっていうのは誰だ?あの少年の名前か?」


秘書がコソコソと私に問うてくるが、私だって分からない。

少年は「そうだ」と呟き、持っていた巾着袋から、ゴソゴソと何かを取り出す。


「これ、ミカちゃんにあげるから泣き止んで。ね?」


秘書は引き続き私の耳元で、イライラした小さな声を出した。


「なんだあれ?何を出した」


「なんでしょう?たぶんトイレットペーパーの芯ですね」


私の声もトゲトゲしていたかもしれない。

二人して、小学六年生に嫉妬しているとは、みっともないが抑えきれなかった。


「これ、万華鏡?」


「そう。ミカちゃんにあげようと思って、昨日の夜作ったんだ」


なるほど。

トイレペーパーの芯とアルミホイルで作った工作ということか。


ミカ様は、そのトイレットペーパーの芯を受け取り、笑顔を見せる。


「覗いてみて」


「うん。わぁーキラキラしてる!花火みたい」


「泣き止んでくれて、よかった」


ゲンくんと呼ばれた少年は、得意げに頭をかいている。


(トイレットペーパーの芯を綺麗だと思えるミカ様の心はなんと美しい。子どもには子どもの世界があるということなのでしょうね……)


そんな子どもの世界に、秘書が無粋な声をかけた。


「めちゃくちゃ美味い、フルーツアイスティーを淹れるけど飲む人?」


「はーい」


いくつも手が挙がったが、万華鏡に夢中なミカ様とゲンくんは手を挙げない。


「ミカは、飲まないのか?」


秘書は気を引きたいのか、直接問う。


「うん、今はいらない」


ミカ様はずっと万華鏡を覗いている。

これはもう筋肉オバケの完敗だった。


「じゃ、飲みたい人だけ食堂へおいで。他にも喉が渇いている子がいたら、連れてきて」


秘書はゲンくんを一瞥したあと、子どもを引き連れ、玄関ホールを後にする。


「あっ、執事さん。ちょっといいですか?エアコンの設定温度を下げたいんだけど、リモコンが見当たらなくて」


役員さんに声をかけられ、私もその場を離れた。

一人っ子のミカ様はきっと、お兄ちゃんのようなゲンくんにもらった万華鏡を、宝物のように神戸へ持ち帰るのだろうう。


雷の音も、激しい雨音も、もう聞こえなかった。

気の早い蝉が一匹、もうすぐ雨が上がることを知らせるように、鳴き始めている。

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