第14話 似た者同士な二人
「藤咲と水無月さんは最寄りどの駅? 僕と夕奈はもう次で降りちゃうけど」
行きと同じ電車に揺られていると、宝生がそう尋ねてきた。
幼馴染であることから察するに、宝生と姫野は家も近いだろうし、降りる駅も同じなのだろう。
「俺は高校の最寄りと同じだ」
「お、なら私と一緒だね」
さも今初めて知ったかのようにそう反応する水無月。細かいところまで徹底している。
「へぇ、ことりんは知ってたけど、かなかなも徒歩通学なんだ。朝会ったりしないの?」
「……いや、あんまり見かけたことはないな」
「ね。登校時間が結構違うのかも」
これは実際にそうだ。今まで登校中に水無月と会ったのは、せいぜい初日とお裾分けのタッパーを返してもらった時くらい。初日に関しては学校内でだし。
そう考えると、あの日は返すために敢えて……いや、流石に考えすぎか。本人もちょうどいい機会だから的なことを言っていた気がする。
そんなことを考えていると、間もなく次の駅に到着すると言う旨の車内アナウンスが流れ始めた。
「さて、そろそろ降りないと……今日は楽しかったよ。また誘うから」
「次はちゃんと知らせろよ」
「それに関しては悪かったよ」
そう釘を刺すと、宝生は申し訳なさそうに眉を八の字にした。反省しているようなので、それ以上は言わない。
「じゃ、二人ともバイバイ! また学校で!」
「ん、またね夕奈。宝生くんも」
控えめに手を挙げながら、降りていく二人を見送る。
「ふぅ……」
「お疲れさん」
肩の力を抜くように一息ついた水無月に、なんとなくそんな声をかけた。
「んー。……思ってたよりキツかったわ、ホラー」
「アイツらにはバレてないだろうし、十分耐えれてただろ」
「そう見えてたなら安心。にしても、君は随分と余裕そうだったね」
面白くないなぁ、と言わんばかりに水無月は口をすぼめる。
「余裕というか、体が反射的に反応しなかっただけだ……ビビってるのに痩せ我慢するのとは話が違う」
「言い方が悪いなぁ。事実だけどさ」
「てか、そこまでして取り繕うのに、なんで俺にはあっさり教えたんだ?」
ふと思い立った疑問を口にすると、それまではすぐに返ってきていた返答が途絶え、電車が淡々とレールの継ぎ目を踏む音が意識に入り込んでくる。
キョトンとした顔になったかと思えば、次には目を細めて「んー」と唸りながら考え込み始めた。
「……え、なんでだろ?」
「何も考えてなかったのかよ」
「いや、そんなことはない……と思うんだけど」
珍しく妙に歯切れが悪い。特別深い意味は無かったのだろうが、全くの考えなしだったというわけでもなさそうだ。
「ま、別にいいじゃねぇの? 全員に隠すより、一人くらい知ってる奴がいた方が気分的にも楽だろ」
「……君さあ、いくらなんでもそれはあざとくない?」
「は? あざとい? 何が」
分からないなら別に深く考えなくてもいい、というフォローのつもりで掛けた言葉だったんだが、どうしてか水無月は呆れたような表情だ。
「無自覚かい……まあいいよ、うん。今更ダラダラ考えても仕方ないか」
よく分からないが、本人が割り切れたのならそれで良いか。
そんなやり取りをしているうちに、電車は最寄り駅に到着した。
改札を通って駅から出ると、見慣れたロータリーが俺たちを出迎えてくれる。まだこの街に住み始めて一ヶ月も経っていないのに、もうすっかりと馴染んだものだ。
土曜日の夕方ということもあり駅前は活気で溢れているが、そこから五分も歩けば閑静な住宅街に入り、賑やかな市街地とは一転して落ち着いた雰囲気に包まれる。
「あ、そういえば」
「なに?」
「水無月、食費の方は大丈夫か? 今日結構お金使ったけど」
チケット代、交通費、映画館で買ったポップコーンとジュース、ファミレスのドリンクバー。
決して散財ではないが、金欠の人間にとっては割と馬鹿にならない出費だ。
頭の中でざっと計算が済んだのだろう、水無月は露骨に顔を
「……ちょーっとマズいかな、コレは」
「やっぱりな」
あれ以降も、俺の独断と気分で余った夕飯をお裾分けすることはあったが、毎日行っているわけじゃない。それだけで前半の負債を埋められるとは思えなかった。
「お裾分け、増やした方が良いか?」
「……それなんだけどさ」
不意に歩みを止めた水無月につられる形で俺も立ち止まる。
なんだろうと思いながら隣に視線を向けると、その表情からは迷いのようなものが
「もし引け目を感じてるなら、それは全く気にしなくていい。少し多く作るくらい大した負担でもないしな」
むしろ、昔からやってる二人分作る方が楽なまである。これは前も言ったが、一人分だけだと作り置きとの兼ね合いを計算するのが難しいのだ。最近は大分慣れてきたけど。
「いや……まあ、引け目がないといえば嘘になるけど、そうじゃなくてさ」
「?」
お裾分けの話ではないとすれば、一体なんだろう。もっと話が拡大して、「俺を養ってくれ」とかだろうか。流石にそれは御免
「……藤咲くん。私に料理を教えてもらえないかな」
「…………なるほど、そう来たか」
つまり、単に食費の問題だけを解決したいのではなく、自炊が出来るようになりたいと。
「急にどういう心変わりだ?」
「心変わりというよりは、ようやく重い腰を上げる気が起きたって感じかな。いつかどうにかしなきゃいけない問題ではあったから」
「……何か事情があるみたいだな」
今の時代、別に料理が出来なくても生きていくことは出来る。金銭的な面も、確かにまとめて作れば節約できるが、半端な技量で自炊するくらいならスーパーの弁当や外食チェーン店の方が安価なんて話もある。
そんな中、あえて自炊をする理由と言えば健康面だが……水無月自身、多少健康を気にしているとはいっても、コンビニ飯やスーパーの総菜を忌避しているわけでは無さそうだった。何より、それが理由ならば俺のお裾分けに頼ればいいだけの話だ。
「君はホントに察しがいいね……じゃあ、そんな君にここで問題です。私が一人暮らしを始めた理由、なんだと思う?」
「えらく唐突だな……」
軽々しくクイズにしてくるあたり、重い事情があるわけではなさそうなのだけが幸いだ。
まあ、ひとまず考えてみる。流れ的に、自炊をしなければならない理由と関連しているのだろうが……。
……いや、冷静に考えて、自炊が出来ないのに一人暮らしする理由なんて家庭の事情くらいしか考えられなくないか?
逆に、料理を練習するために一人暮らしを始めたとか? ……いや、そうだとしたらまず親に多少教えを乞ってからだろうし、今までの彼女の行動とも結びつかない。
「分からん。降参だ」
「いや、真剣に考えすぎじゃない? 当てずっぽうでも何か言えばいいのに」
「誤答だと分かってるのにとりあえず解答欄を埋めることはしない派なんだ」
「書いた上でチェックつけられるとちょっと否定されたみたいな気分になるもんね」
「……お前も大概鋭いな」
「君は私と考え方がよく似てるからねぇ」
俺も薄々感じていたことだったが、彼女の方もそう思っていたらしい。水無月の性質は俺とはほぼ真逆だが、価値観という一点においては近いものがある。
「で、正解は?」
「花嫁修業」
「……ん??」
花嫁修業。それは、女性が結婚前に料理や裁縫などの必要な家事スキルを身に着けることを表す言葉だ。女性の社会進出が進んだ現代ではやや古い概念だが、単純に生活力を向上させるための自己磨きとしての意味合いへと変容しながら今も残っている。
「え、マジで?」
「正確には、『お前は家事能力が絶望的すぎる。このままじゃとても嫁に出せない』って家を追い出された」
「それはまた……ユニークな両親だな」
「全くだよ。私を心配してくれてるのは分かるけど、考え方が前近代的すぎる」
水無月は困ったように眉を下げながら苦笑する。
その口ぶりからして、決して家族関係が険悪なわけではなさそうだ。
「最初は反対してたんだけど、何だかんだ言いくるめられちゃってね。料理も春休みに何度か練習してみたけど、これがてんでダメでさ」
「で、それ以降はずっとコンビニ飯だったと」
「うん。洗濯とか掃除はすぐに慣れたんだけど、料理だけはねぇ……」
「なるほどな」
両親には家事能力が絶望的という烙印を押されたとのことだが、実際は全般的にダメというわけでもないらしい。
「だからお願い、藤咲くん」
いつにもなく真剣な眼差しと視線が合う。お裾分けを打診してきた時のような期待半分の軽口ではなく、真っ当な頼み事。
「分かった」
「……いいの? 割とダメ元で頼んだつもりだったんだけど」
「別に断る理由も無いしな」
「いやでもほら、時間とか手間とか色々かかるし……」
なんで頼んだ側が断る理由を探してるんだか……相変わらず律儀な奴だ。
実際、料理を教えるとなると、ただのお裾分けよりも多くの時間や手間がかかるのは事実だ。
だが……。
「別に……友達のためならそんくらい気にしないっての」
「え?」
そう返すと、なぜか彼女は呆気にとられた表情でこちらを見上げてくる。
「なんだよ」
「君、私のこと友達だと思ってたの?」
「…………悪いか」
「あ、いやごめん。今のは語弊があった。友達だと思ってくれてたんだなって。てっきり、ただの隣人くらいに思われてるかと」
「それはむしろそっちの方だろ」
「ただの隣人にこんなこと頼んだりしないよ」
なぜか少しムッとした顔でそう言った彼女に、今度はこっちが呆気にとられてしまう。
そうしてしばらく固まったのちに……思わず笑みがこぼれた。
そして同時に、目の前からも笑い声が聞こえてくる。
「……ふっ」
「ははっ」
笑いが収まると、ずっとその場に止まっていた俺たちは、自然と再び帰り道を歩き出した。
「いやー、まさかお互いに同じことを思ってただなんてね」
「ああ、面白いこともあるもんだ」
静かな住宅街に、二人分の足音だけが響く。
もうすっかり日は傾き、ひんやりとした風が頬を撫でた。
「それで料理の件だが、時間と場所はどうする?」
「基本は土日に頼もうかな。平日だと時間に余裕が無いし、君も放課後は部活があるだろうし」
「ああ。それが妥当だな」
「場所は……」
そこまで言って、急に言葉に詰まってしまう水無月。
……そういえば、完全に頭から抜けていたな。
「……まあ、私の部屋か藤咲くんの部屋しかないよね……」
要するに、水無月が俺の部屋に上がるか、俺が水無月の部屋に上がるか、という二択。どちらにせよ、彼女は抵抗があるだろう。
「やっぱりやめとくか?」
「……いや、大丈夫。君のことは信用してるから」
「そう言われちゃ何も言えないな」
ここで否定するのは、暗に自分は不純なことを考えていますと言っているようなものだ。
「で、どっちがいい? 自分の部屋のキッチンに慣れたいならそっちの方が良いだろうが、うちの方が食材や調味料は揃ってる」
「んー……まあ、まずは基本的なことからだろうし、君の部屋で。キッチンも元は同じだしね」
「了解」
そうして一通り予定を決め終えると、いつの間にか俺たちはアパートの前に辿り着いていた。外階段を上って廊下に出るとふと安心感が滲む。
「じゃ、またね。詳しいことはLINEで」
「ああ」
いつものように、部屋に戻っていく水無月を見送る。
長い一日だった。午前中は部活で身体を追い込み、午後は主に宝生のせいで慣れない面々に囲まれて過ごすことになった。
身体的にも精神的にもくたくたなはずなのに、なぜだろう。
今はなんだか、いつもよりもずっと清々しい気分だ。
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