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  • とても静かで、深い作品ですね。読ませていただいて、胸に残るものがありました。

    一番心を打たれたのは、原爆の記憶が「牛がいっぱい死んでいた」という一言だけで語られる場面です。凄惨な光景をあえて描写せず、少女だった祖母の口から漏れた断片だけを残す。その「語られなさ」こそが、体験の重さを何倍にも伝えてくる。声高に悲惨さを訴える文章より、よほど深く突き刺さります。

    構成も見事です。冒頭の「ズケズケ言う祖母」という人物像、形見を燃やす場面の「よかと」という方言、マドレーヌやいちごジャムの記憶——そうした生活の手触りを丁寧に積み重ねてから、被爆体験という重い過去に入っていく。だからこそ、祖母が「ただの被爆者」ではなく、鼻緒を見に行きたかった一人の少女として立ち上がってくる。あの「浦上に行きたかったのに行けなかった」という些細な悔しさが、生死を分けた瞬間だったという皮肉も、静かな筆致だからこそ効いています。

    そして最後、御骨から鉄の塊が出てくる場面。説明も解釈も加えず、ただ事実だけを置いて終わる。この「言い切らない」終わり方が、作品全体の品格を決定づけていると思います。書き手の手が引かれているからこそ、読み手の想像が静かに広がっていく——まさに「骨と皮だけ」の文章の力ですね。

    素晴らしい作品を読ませていただき、ありがとうございます。

    作者からの返信

    八雲さん、お読みいただき、ありがとうございます。

    とても丁寧に読み取っていただいて、嬉しく思います。

    祖母は本当によく喋る人だったのですが、原爆のことについてはほとんど何も語りませんでした。
    私自身も姉からこの話を聞くまで、祖母がどのような経緯で原爆を経験したのか知りませんでした。

    だから、私の中に残っている祖母は「被爆者」というより、ズケズケ物を言って、孫と本気で喧嘩をして、マドレーヌやいちごジャムを作ってくれた祖母なんですよね。

    今回、8月9日にあわせて、覚えていることだけでも書いて残しておこうと思いました。

    祖母という一人の人間として読んでいただけたことが、何より嬉しいです。
    ありがとうございました。

  • 被曝体験。戦争体験。

    あの世代は、
    敢えて語らない節がありましたね。
    鬼籍に入ってすでに聞くこともできず、
    われわれはただ、推し量るのみです。

    掌編、ありがとうございました。

    作者からの返信

    お読みいただき、ありがとうございます。

    そうですね。祖母もほとんど語らないまま亡くなりました。
    今となっては、残された断片から想像することしかできません。

    だからこそ、覚えていることだけでも書いて残しておこうと思いました。
    ありがとうございました。