2026年8月9日 08:25
祖母はいちごジャムを作ったへの応援コメント
とても静かで、深い作品ですね。読ませていただいて、胸に残るものがありました。一番心を打たれたのは、原爆の記憶が「牛がいっぱい死んでいた」という一言だけで語られる場面です。凄惨な光景をあえて描写せず、少女だった祖母の口から漏れた断片だけを残す。その「語られなさ」こそが、体験の重さを何倍にも伝えてくる。声高に悲惨さを訴える文章より、よほど深く突き刺さります。構成も見事です。冒頭の「ズケズケ言う祖母」という人物像、形見を燃やす場面の「よかと」という方言、マドレーヌやいちごジャムの記憶——そうした生活の手触りを丁寧に積み重ねてから、被爆体験という重い過去に入っていく。だからこそ、祖母が「ただの被爆者」ではなく、鼻緒を見に行きたかった一人の少女として立ち上がってくる。あの「浦上に行きたかったのに行けなかった」という些細な悔しさが、生死を分けた瞬間だったという皮肉も、静かな筆致だからこそ効いています。そして最後、御骨から鉄の塊が出てくる場面。説明も解釈も加えず、ただ事実だけを置いて終わる。この「言い切らない」終わり方が、作品全体の品格を決定づけていると思います。書き手の手が引かれているからこそ、読み手の想像が静かに広がっていく——まさに「骨と皮だけ」の文章の力ですね。素晴らしい作品を読ませていただき、ありがとうございます。
作者からの返信
八雲さん、お読みいただき、ありがとうございます。とても丁寧に読み取っていただいて、嬉しく思います。祖母は本当によく喋る人だったのですが、原爆のことについてはほとんど何も語りませんでした。私自身も姉からこの話を聞くまで、祖母がどのような経緯で原爆を経験したのか知りませんでした。だから、私の中に残っている祖母は「被爆者」というより、ズケズケ物を言って、孫と本気で喧嘩をして、マドレーヌやいちごジャムを作ってくれた祖母なんですよね。今回、8月9日にあわせて、覚えていることだけでも書いて残しておこうと思いました。祖母という一人の人間として読んでいただけたことが、何より嬉しいです。ありがとうございました。
2026年8月9日 06:17
被曝体験。戦争体験。あの世代は、敢えて語らない節がありましたね。鬼籍に入ってすでに聞くこともできず、われわれはただ、推し量るのみです。掌編、ありがとうございました。
お読みいただき、ありがとうございます。そうですね。祖母もほとんど語らないまま亡くなりました。今となっては、残された断片から想像することしかできません。だからこそ、覚えていることだけでも書いて残しておこうと思いました。ありがとうございました。
祖母はいちごジャムを作ったへの応援コメント
とても静かで、深い作品ですね。読ませていただいて、胸に残るものがありました。
一番心を打たれたのは、原爆の記憶が「牛がいっぱい死んでいた」という一言だけで語られる場面です。凄惨な光景をあえて描写せず、少女だった祖母の口から漏れた断片だけを残す。その「語られなさ」こそが、体験の重さを何倍にも伝えてくる。声高に悲惨さを訴える文章より、よほど深く突き刺さります。
構成も見事です。冒頭の「ズケズケ言う祖母」という人物像、形見を燃やす場面の「よかと」という方言、マドレーヌやいちごジャムの記憶——そうした生活の手触りを丁寧に積み重ねてから、被爆体験という重い過去に入っていく。だからこそ、祖母が「ただの被爆者」ではなく、鼻緒を見に行きたかった一人の少女として立ち上がってくる。あの「浦上に行きたかったのに行けなかった」という些細な悔しさが、生死を分けた瞬間だったという皮肉も、静かな筆致だからこそ効いています。
そして最後、御骨から鉄の塊が出てくる場面。説明も解釈も加えず、ただ事実だけを置いて終わる。この「言い切らない」終わり方が、作品全体の品格を決定づけていると思います。書き手の手が引かれているからこそ、読み手の想像が静かに広がっていく——まさに「骨と皮だけ」の文章の力ですね。
素晴らしい作品を読ませていただき、ありがとうございます。
作者からの返信
八雲さん、お読みいただき、ありがとうございます。
とても丁寧に読み取っていただいて、嬉しく思います。
祖母は本当によく喋る人だったのですが、原爆のことについてはほとんど何も語りませんでした。
私自身も姉からこの話を聞くまで、祖母がどのような経緯で原爆を経験したのか知りませんでした。
だから、私の中に残っている祖母は「被爆者」というより、ズケズケ物を言って、孫と本気で喧嘩をして、マドレーヌやいちごジャムを作ってくれた祖母なんですよね。
今回、8月9日にあわせて、覚えていることだけでも書いて残しておこうと思いました。
祖母という一人の人間として読んでいただけたことが、何より嬉しいです。
ありがとうございました。