第31話 心変わり

 エリックが、巨木の家から締め出された。元々彼の家である。雪が残る春先の事なので、肌に刺すほど寒さが沁みる。風に震えながらエリックは玄関扉を叩いた。


「おおい、シリル! 入れてくれよ〜!!」


巨木の幹にある虚(うろ)の奥に木こりの家の入り口があり、扉は立てかけた板だけである。それを幾ら叩いても、中から返事は無い。横にずらして入ろうと思っても、どういう訳か入り口を塞ぐ板は微塵も動かなかった。


 (臭い。あの人間が臭い。堪えられん)


シリルは吐き気に堪えながら、よろめき、寝床へ就いた。扉には内側から突っ張り棒を嵌めてある。


(何故……、あいつを遠ざけたくなったのだろう?)


今朝まで同居していた筈なのに。あの熱い手の平に焦がれて、お前は睡眠薬の代わりだと嘯(うそぶ)くことすらあった。それが、今、そういう関係を持っている事実が眼の前に立ちはだかり、身の毛もよだつほど恐ろしい。


(心変わりをしたのか?)


巨木の家から締め出された人間が憐れである。家の持ち主だと分かっているが、自分のほうが他に行く当てがない。あの人間なら、猟師の家にも、都市(まち)の宿屋にでも行けるだろう。


 エリックは走った。城郭都市へ向かって。城壁門を潜り、風呂屋の女主人から金髪のエルフの泊まっている場所を教えてもらうと、また駆け出した。


「おおい、噂話だよ。本当にそこに泊まっているかどうか、分からないよ?!」


風呂屋の女主人は、走り去るエリックの背中に向かって叫んだ。


「血相を変えて、一体どうしたんだろうねえ」


今日は、変な一日だ、と彼女は思う。エリックとその連れ合いを着替えさせ、娼館の火事の指揮を取り、今度は、エリックが一大事と言わんばかりに金髪のエルフの行方を追っている。金の匂いがしないねと、赤い唇を突き出し、鼻から息を吐いた。



 エリックは、噂話を信じて、教会に併設された僧院(アビー)へ辿り着いた。見張りは手薄で、彼は勢いよく門中へなだれ込む。回廊にある中庭に、金髪のエルフが、騎士団長の青年と共に立っていた。


「助けてくれ!! シリルの様子がおかしいんだ」


「おおっと。それ以上、近づかないで下さいよ、熊のエリックさん」


騎士団長は剣の柄に手をかけて、薄く笑みを浮かべた。それでも彼は緊張した空気を鋭敏に感じ取っている。


「そこのエルフさんに用があるんだ。あなた、シリルの額を指で突いたでしょう? 彼に何の術をかけたんです? 家に帰るなり、俺のことを『獣臭い』って……」


「上々だな」


と白金の目を持つエルフは、漸くエリックの方を振り向いた。


「術をかけたのではない。元同胞に手を差し伸べたのだ。エルフ族の血が巡るようにと」


「エルフ族の血……?」


「元々人間とエルフ族は、太古から現在に至るまで棲み分けをしていた。どうして、自分達だけは特別だと思ったんだ? 血には抗(あらが)えない。何人(なんぴと)たりとも」


「わざわざ、そうさせたのは、……あなたではないのですか?」


エリックは汗をしとどにかきながら言った。


「黒船を待っているのだろう?」


金髪のエルフから、そう言われたエリックは、はっとした。かつては自分も望んでいたものだった。


「今も、シリルは黒船が来るのを望んでいると?」


そう仕向けたのは、金髪のエルフではないのか?


「本懐を遂げたいという姿をしているではないか。闇(ダーク)エルフたる特徴の黒髪、赤目……しかし、顔の左半分の火傷は治らず、敵(かたき)となる種族と共に暮らしている。元同胞としてエルフ族の血を取り戻して欲しいと思うのは当然だろう」


「違う、あなたは……シリルに対してそこまで思い入れが無い筈だ。詭弁を弄するのは、よして下さい。俺たちを引き裂いて、一体何をしたいのです?」


エリックがそう言うと、金髪のエルフは見た目に反して、老獪な笑い声を上げた。


「黒船は……寝物語だろうか。私も、一度この目で見てみたいと思っている。本当に人間に厄災をもたらすのかどうか。もしそうなら、どれほど美しい世界が待っているのかと涙を禁じ得ない」


「……何だって?」


エリックは耳を疑った。黒髪の騎士団長も初耳だという顔をしている。


「人間は、増えすぎた。……そうは思わないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る