第31話 心変わり
エリックが、巨木の家から締め出された。元々彼の家である。雪が残る春先の事なので、肌に刺すほど寒さが沁みる。風に震えながらエリックは玄関扉を叩いた。
「おおい、シリル! 入れてくれよ〜!!」
巨木の幹にある
(臭い。あの人間が臭い。堪えられん)
シリルは吐き気に堪えながら、よろめき、寝床へ就いた。扉には内側から突っ張り棒を嵌めてある。
(何故……、あいつを遠ざけたくなったのだろう?)
今朝まで同居していた筈なのに。あの熱い手の平に焦がれて、お前は睡眠薬の代わりだと
(心変わりをしたのか?)
巨木の家から締め出された人間が憐れである。家の持ち主だと分かっているが、自分のほうが他に行く当てがない。あの人間なら、猟師の家にも、
エリックは走った。城郭都市へ向かって。城壁門を潜り、風呂屋の女主人から金髪のエルフの泊まっている場所を教えてもらうと、また駆け出した。
「おおい、噂話だよ。本当にそこに泊まっているかどうか、分からないよ?!」
風呂屋の女主人は、走り去るエリックの背中に向かって叫んだ。
「血相を変えて、一体どうしたんだろうねえ」
今日は、変な一日だ、と彼女は思う。エリックとその連れ合いを着替えさせ、娼館の火事の指揮を取り、今度は、エリックが一大事と言わんばかりに金髪のエルフの行方を追っている。金の匂いがしないねと、赤い唇を突き出し、鼻から息を吐いた。
エリックは、噂話を信じて、教会に併設された
「助けてくれ!! シリルの様子がおかしいんだ」
「おおっと。それ以上、近づかないで下さいよ、熊のエリックさん」
騎士団長は剣の柄に手をかけて、薄く笑みを浮かべた。それでも彼は緊張した空気を鋭敏に感じ取っている。
「そこのエルフさんに用があるんだ。あなた、シリルの額を指で突いたでしょう? 彼に何の術をかけたんです? 家に帰るなり、俺のことを『獣臭い』って……」
「上々だな」
と白金の目を持つエルフは、漸くエリックの方を振り向いた。
「術をかけたのではない。元同胞に手を差し伸べたのだ。エルフ族の血が巡るようにと」
「エルフ族の血……?」
「元々人間とエルフ族は、太古から現在に至るまで棲み分けをしていた。どうして、自分達だけは特別だと思ったんだ? 血には
「わざわざ、そうさせたのは、……あなたではないのですか?」
エリックは汗をしとどにかきながら言った。
「黒船を待っているのだろう?」
金髪のエルフから、そう言われたエリックは、はっとした。かつては自分も望んでいたものだった。
「今も、シリルは黒船が来るのを望んでいると?」
そう仕向けたのは、金髪のエルフではないのか?
「本懐を遂げたいという姿をしているではないか。
「違う、あなたは……シリルに対してそこまで思い入れが無い筈だ。詭弁を弄するのは、よして下さい。俺たちを引き裂いて、一体何をしたいのです?」
エリックがそう言うと、金髪のエルフは見た目に反して、老獪な笑い声を上げた。
「黒船は……寝物語だろうか。私も、一度この目で見てみたいと思っている。本当に人間に厄災をもたらすのかどうか。もしそうなら、どれほど美しい世界が待っているのかと涙を禁じ得ない」
「……何だって?」
エリックは耳を疑った。黒髪の騎士団長も初耳だという顔をしている。
「人間は、増えすぎた。……そうは思わないか?」
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