第13話 勘違い
「そもそもです」
ヴァイスは静かに紅茶を置いた。
「債券を保有しているということは、一言で言えば出資者です。話を聞く限りでは、王家側は随分と商会長殿へ無礼を働いたように思えます」
応接室が静まり返る。
ルーカスの肩が震え、財務大臣も反論できない。
録音記録を聞いた以上、否定のしようがなかったからだ。
「その状況で要求を行う立場なのでしょうか」
正論だったが、正論だからこそ困る。
財務大臣が返答に詰まっている間、アルトは別のことを思い出していた。
そう言えば以前、リリーからヴァイスに関する報告を受けたことがある。
経営難だった貴族領の再建や、その後も別の貴族から協力要請が届いているという話だった。
詳しくは知らないし興味もなかったが、債券の話が出たので何となく思い出した。
再建は面倒そうな仕事だが、自分がやる訳ではないので問題ないだろう。
「侯爵」
アルトはヴァイスを見る。
「何でしょう」
「以前、部下(リリー)から報告のあった再建の件ですが」
ヴァイスはすぐに理解した。
あの件か。
そんな表情で頷く。
「ええ」
財務大臣は眉をひそめた。
「その件ですが」
アルトは少し考える。
再建そのものは面倒だが、自分がやる必要はない。
ヴァイスがやるなら別に構わない。
「前向きに検討させていただきます」
ヴァイスは納得したように頷いた。
「承知しました」
応接室が凍り付く。
財務大臣は頭を抱えた。
最悪だった。
商会長が以前.債券(再建)の報告を受けていた案件について話し始め、侯爵も了承して話がまとまった。
「商会長殿!」
財務大臣は勢いよく立ち上がる。
椅子が大きな音を立てた。
「何だ」
「その話は聞いておりません!」
「今話した」
「そういう意味ではありません!」
アルトは首を傾げた。
再建の話なのに、何故そこまで慌てているのか分からない。
「侯爵閣下」
財務大臣は震える声で尋ねる。
「まさか本当にお受けになるおつもりですか」
ヴァイスは少し考えた。
以前から複数の貴族から相談を受けている案件であり、断る理由もない。
「その予定ですが」
財務大臣の顔から血の気が引いた。
アルトはますます分からなくなった。
「何か問題があるのか」
財務大臣は絶句する。
「商会長殿」
財務大臣は必死に言葉を選ぶ。
「その件は慎重にお願い致します」
「そうか」
アルトは頷いた。
確かに再建は慎重に進めるべきだろう。
ヴァイスも同意するように頷く。
「当然です」
財務大臣は深く息を吐いた。
駄目だ。
話が進むほど嫌な予感しかしない。
ルーカスは青い顔で俯き、監査官達も何かを察したらしく視線を逸らしていたため、応接室には重い沈黙が流れていた。
やがて財務大臣が姿勢を正す。
「商会長殿」
「何だ」
「改めてお願いがあります」
「聞こう」
「債務券については、王家として正式に交渉を行わせていただきたい」
ようやく本題だった。
ここまで本当に長かった。
アルトは少し考えるが今気になっているのは別件だった。
再建の相談が増えているらしく、面倒事も増えそうである。
幸い、自分がやる訳ではない。
「分かった」
財務大臣は安堵した。
「商会長殿」
財務大臣は深く頭を下げる。
「明日、改めて条件を持って参ります。ですので今一度お時間をいただければと思います」
アルトは首を傾げる。
「何故だ」
「本案件は一度、王と相談させていただきたく」
なるほど。
そういうことか。
王家の案件なのだから相談は必要だろう。
「構いませんよ」
アルトは頷く。
「ゆっくりお考え下さい」
財務大臣は安堵したように息を吐くが次の瞬間。
「私としても早めに手放したいと考えておりますので」
財務大臣の表情が固まるがアルトの意味は単純だった。
債券を持っていても面倒だ。
王家が買い戻したいなら売っても構わない。
それだけの話である。
だが財務大臣には違って聞こえた。
目の前には侯爵がおり、話はまとまりかけている。
まずい、非常にまずい。
「商会長殿」
「何だ」
「明日です」
財務大臣は真剣な顔で言った。
「必ず明日お伺いします」
アルトは首を傾げる。
何故そんなに急ぐのか理由は分からないが財務大臣が必死であることだけは伝わってきた。
その隣ではヴァイスも不思議そうな顔をしている。
どうやら侯爵も理由が分からないらしい。
アルトはそんな二人を見比べながら思う。
財務大臣は大変そうで、ヴァイスは何故か機嫌が良い。
理由はわからないがルーカスは今にも倒れそうだった。
なるほど。
商売というのは難しいらしい。
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