第6話 大空の鉄槌と、覚醒する帝国

アイゼンシュタイン男爵領の陥落と、同地に存在した異世界最大規模の空戦工廠の完全接収——。この報せは、合衆国中央政府を真実の驚愕と恐怖へと突き落とした。


かつては「大ハズレ」と嘲笑された【民衆の共鳴】を持つ一人の男が、わずか数週間のうちに開拓村の最底辺から立ち上がり、ハルデン子爵領を呑み込み、合衆国第十四魔導師団を完膚なきまでに叩き潰し、ついには空戦の要衝までをも手中に収めたのだ。


ハルデン子爵館を改装したナチス党本部司令部。

その巨大な作戦卓を囲む幹部たちの空気は、かつてない高揚感と殺気に満ち満ちていた。


「我が総統、合衆国中央より緊急の声明が出されました」


国民啓蒙・宣伝責任者ゲルトが、通信水晶から抽出した羊皮紙を掲げながら、静かに、しかし冷酷な笑みを浮かべて報告する。


「合衆国大統領ルーズベルトの名において、我が党を『世界秩序を揺るがす国際的テロ組織』と指定。周辺の三つの州軍を統合した総勢一万五千の『反乱鎮圧遠征軍』が結成され、我が本拠地へ向けて全速力で進撃を開始いたしました」


「一万五千……!」


元農民の幹部カルロが思わず息をのんだ。

これまでの数千規模の地方軍とは格が違う。合衆国が本気でナチス党を泥ごと押し潰しにきた証であった。


だが、アドルフ・ヒトラーの表情に動揺の色は微塵もなかった。

彼は灰グリーンの軍服の袖口を整え、煙草の煙を静かに吐き出した。


「一万五千の豚どもか。……数の暴力で押し潰せば勝てると思っているあたり、いかにもルーズベルトの考えそうな浅薄な発想だ。民衆の怨嗟を吸い上げず、ただの数字として兵を動かす軍隊など、我が党の炎の前には巨大な薪に過ぎん」


「おっしゃる通りです、我が総統」


漆黒のコートを纏ったハインリヒが、影の中からぬっと姿を現した。


「親衛隊(SS)の暗部より報告。敵遠征軍の補給線、および魔力供給線の配置はすべて把握しております。いつでも敵の中枢を影から断ち切る準備は整っております」


「いや、ハインリヒ。今回の主役は貴様らではない」


アドルフの視線が、作戦卓の端で背筋をピンと伸ばして直立する少女——エヴァ・フォン・アイゼンシュタインに向けられた。


エヴァは濃紺の飛行魔導軍服を纏い、左目の漆黒の眼帯を誇らしげに光らせていた。その右目のエメラルドグリーンの瞳には、アドルフへの深すぎる狂愛と、空軍総司令官としての揺るぎない覚意が燃え盛っている。


「エヴァ。エルヴィンとの共同作業はどうだ?」


「最高です、アドルフ様……っ!」


エヴァは頬を上気させ、熱い吐息を漏らしながら一歩前に出た。


「エルヴィン局長の提示してくださった『圧縮魔導噴射機関(ジェット魔導エンジン)』の理論……! 父が夢見ながらも合衆国軍に『過剰で制御不可能』と却下された理想の設計そのものでした! わずか数日の徹夜作業でしたが、我が『ヴァルキュリア空軍』の第一陣……全機換装が完了しております!」


「ハハハハ! そうだろう、そうだろう!」


油と硝煙の匂いを漂わせたエルヴィンが、ガハハと大笑いしながら割り込んできた。


「総統! 合衆国の旧態依然とした飛行魔導鎧など、我が『一号飛行脚・メッサーシュミット』の足元にも及びませんよ! 速度、火力、上昇能力……すべてにおいて異次元の性能です! 空の王座はすでに我が党のものです!」


アドルフは満足げに頷くと、作戦卓の上に置かれた赤い軍配を力強く握りしめた。


「諸君。これより展開されるのは、単なる防衛戦ではない。我がナチス党が異世界ルミア全土へ向けてその絶対的な覇道を誇示する——『空陸一体の電撃大攻勢』だ!」


アドルフの声が【民衆の共鳴】を伴って響き渡り、幹部たちの魂を激しく揺さぶった。


「ゲルト! 宣伝放送を全領土へ流せ! 我らが立ち上がった理由、合衆国の腐敗、そして新秩序の誕生を世界に届けるのだ!」


「ハイル・ヒトラー! すでに全通信回路のジャック準備は完了しております!」


「エルヴィン! ティーガー重戦車隊を率いて地上陣形を打ち破れ!」


「ハハッ! 敵を泥の膏薬にしてご覧に入れます!」


「エヴァ! 我が愛しき大空の戦乙女よ! 貴様の機翼で、敵の頭上から鉄と炎の雨を降らせろ!」


「……はい! 我が命、我が愛のすべてを賭けて……! アレル・フュラー(我が総統に栄光あれ)!!」


エヴァはアドルフの前で右手を斜め前に高く掲げる「ナチス式敬礼」を完璧に決めてみせた。その瞳には、世界のすべてを敵に回してでも総統の望みを叶えるという、哀しくも美しい狂信の火が灯っていた。



翌日未明。ハルデン子爵領とアイゼンシュタイン領の間に広がる、広大な「赤土の大荒野」。


地平線を埋め尽くしていたのは、合衆国軍一万五千の圧巻たる大軍勢であった。


「前進! 前進せよ! 悪魔のテロ組織を一人残らず殲滅せよ!」


豪華な魔導司令艇の上で、合衆国遠征軍の総司令官が剣を振りかざして叫んでいた。

地上には数千の重装歩兵と魔導砲兵隊。上空には、合衆国が誇る精鋭飛行騎士団「スカイ・ハザード」の飛行魔導兵五百名が、優雅に羽ばたく魔導翼を輝かせて旋回している。


「総司令官閣下! 前方にナチス党の地上部隊を確認! ……数が少なすぎます! 高々二千程度です!」


「ハハハ! やはりハルデン子爵領の勝利は奇策に過ぎんかったのだ! 全軍、押し潰せ! 空軍は上空から一気に制空権を取り、奴らを火の海にしろ!」


合衆国の飛行騎士たちが、嘲笑とともに上空から降下を開始した——その時だった。


キィィィィィィィィィィィン……ッ!!!!


雲を切り裂いて響き渡ったのは、鳥の羽ばたきでも、従来の魔力噴射音でもない。

聞いたこともないような、鼓膜を突き破る高音の「金属の悲鳴」——超高速度ジェット射出音であった。


「な……なんだ、あの音は……!?」


合衆国の飛行騎士たちが上空を見上げた瞬間。


雲の切れ間から、蒼穹を切り裂いて降下してきたのは、漆黒と真紅の塗色が施された「異形の空中兵装」を纏う少女たちであった。

脚部に装着された大出力の噴射機関から黒煙と青白い炎を噴き出し、従来の飛行魔法の数倍という異常な速度で空中を滑空してくる。


その最先頭を飛ぶのは——左目に漆黒の眼帯をつけた少女、エヴァ・フォン・アイゼンシュタイン!


「全機、突撃(アングリフ)!」


エヴァの声が通信魔導器を通じて全機に伝播する。


「我が総統が見ておられる! 誇り高きナチス党空軍の第一歩を、敵の血で赤く染め上げなさい!」


「「「ハイル・ヒトラー!!!」」」


エヴァ率いる三〇機の「メッサーシュミット隊」が、圧倒的な速度差をもって合衆国飛行騎士団の中央へと殴り込んだ。


「な、速……ギャァァァァっ!?」


合衆国の騎士たちが魔導槍を構える間すらなかった。

メッサーシュミットの翼下に懸架された『20ミリ多連装魔導機関砲』が火を噴き、高密度のマナ弾幕が空中に巨大な「死の網」を作り出した。


ドバババババババババッ!!!!


「ひ、避けれな——」「羽が! 翼が吹き飛ぶぅぅっ!」「助けてくれぇぇっ!」


一瞬にして空が血と断ち切られた肉片、破壊された魔導翼の残骸で満たされた。

合衆国が誇る「スカイ・ハザード」五百機は、わずか五分の空戦でその半分以上が撃墜され、制空権は完璧にナチス党の手に落ちたのだった。


「ふふ……あははははっ!」


空中で鮮血の舞を舞いながら、エヴァは狂気的な歓喜の笑声を上げた。


両手に構えた大型機関砲を撒き散らし、追撃してくる敵機を反転上昇からの急降下撃墜(一撃離脱戦法)で次々と叩き落としていく。


「見ているかしら、アドルフ様……! これが私の……貴方へ捧げる愛の証! 貴方の邪魔をする虫ケラは、一匹残らず私が空から撃ち落として差し上げます……!!」


エヴァの無慈悲な空撃によって合衆国軍の頭上が完全に粉砕された瞬間、地上でも地鳴りが轟いた。


ズガァァァァァンッ! ズガァァァンッ!


エルヴィン率いるティーガー重戦車隊が地上の防衛陣地を易々と突破。

その後ろから、アドルフの演説によって「不死身の狂戦士」となった二千のナチス党歩兵部隊が、勝利の歓声を上げながらなだれ込んだ。


上空からの絶え間ない魔導機関砲の掃射と、地上からの絶対的な重戦車の砲撃。

歴史上初の「空陸一体の立体電撃戦」の前に、合衆国一万五千の大軍勢は、わずか三時間で完全に瓦解・全滅したのだった。



戦いが終わり、赤土の大荒野に沈む夕陽が、見渡す限りの血の海を赤く染め上げていた。


潰走する敵の残党をハインリヒの親衛隊が狩り集める中、荒野の中央に一台のティーガー戦車が停められていた。その砲塔の上に、灰グリーンの軍服を風になびかせた男——アドルフ・ヒトラーが悠然と立っていた。


ヒュゥゥゥ……と静かな風切り音とともに、上空から一機のメッサーシュミットが滑空するように降下してきた。


着地と同時に脚部の飛行脚を脱ぎ捨て、泥に塗れるのも構わずに一直線に走り寄ってきたのは、エヴァであった。


「アドルフ様……! アドルフ様ぁっ!」


エヴァは戦車の上に跳び乗ると、そのままアドルフの胸へと飛び込んだ。

アドルフは彼女の華奢な身体をしっかりと受け止め、その金髪を優しく撫でた。


「見事だったぞ、エヴァ。空の支配者は、名実ともに貴様だ」


「あぁ……っ! アドルフ様……! 私、私……貴方のお役に立てましたか!? 貴方の望む空を、お見せすることができましたか!?」


エヴァはアドルフの軍服を両手でギュッと握りしめ、上目遣いで愛おしそうに問いかけた。そのエメラルドグリーンの右目には、戦場の狂気から一転して、一人の少女としての純粋すぎる情愛が満ち溢れていた。


「あぁ。見事な空だった。貴様の翼こそが、我が党の最鋭の刃だ」


アドルフがそう言ってエヴァの額にそっと唇を寄せると、エヴァは「くぅ……っ」と甘い悲鳴を上げ、全身を震わせてアドルフの胸に顔をうずめた。


「もう……どこへも行きません……! 貴方が世界を灼き尽くすというなら、私はその炎の先陣を切る翼になります……! ずっと、ずっと私を……エヴァをお側においてください……!」


「約束しよう、我が大空の戦乙女よ」


アドルフはエヴァを抱きしめたまま、集まってきた幹部たち——ゲルト、ハインリヒ、エルヴィン、そして血塗られた兵士たちを見下ろした。


ゲルトが通信水晶を掲げながら、興奮を抑えきれない様子で叫んだ。


「総統閣下! 本日の大勝利の映像、および総統の演説が、我が党の放送網を通じて合衆国全土、さらには隣国の『社会主義同盟』『帝国』へも同時中継されました! 世界中がいま、ナチス党の存在に震撼しております!」


「よろしい」


アドルフ・ヒトラーの瞳に、暗く激しい野望の火が燃え上がった。


一万五千の合衆国正規軍の壊滅。

これにより、合衆国東部全域は実質的にナチス党のコントロール下に入った。もはや一地方の反乱勢力ではない。世界秩序そのものを根底から揺るがす「第三の極」として、アドルフ・ヒトラーの名は世界に刻まれたのだ。


「ルーズベルト……スターリン……チャーチル……」


アドルフは遠く地平線の彼方——未だ見ぬ前世の宿敵たちが待つ世界の中央を見据えた。


「集めるが良い。貴様らの誇る偽りの大軍ぜいを。……このアドルフ・ヒトラーと、我が誇り高きナチス党が、その全てを地獄の底へ叩き落としてやる!!」


「「「ハイル・ヒトラー!!!!」」」


夕闇深まる大荒野に、数千の兵士たちの地鳴りのような狂熱の叫びが響き渡った。

異世界『神聖ルミア』を舞台とした、ナチス党の電撃的世界征服の第一章が、ここに堂々の幕を閉じたのだった——。

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