第8話 魔法訓練授業


「かああぁぁ──」


 闘気を纏った美香ちゃんの拳が、空気を焼くような唸りを上げて俺の顔面に繰り出される。


 俺は軽く首を捻り、それを紙一重で回避した。


 ブンッ──


 空を裂く風切り音が、俺のボサボサヘヤーを数本、無情に切り裂いていく。


「当たったら痛そうー」


 からかうような声とは裏腹に、続けて放たれたのは左──嫌、下段蹴りかっ。


 俺は反射的に両手の平で受け止める。


 バシュッ──


 だが、それは視線を誘導するための罠だった。


 気づいた時にはもう遅く、鼻頭に頭突きを喰らっていた。


 ガッ──


「ぐっ──」


 衝撃に呻きながら、すかさず後方へバックステップする。


 しかし──痛みはない。


「痛いい──」


「……?」


 頭を押さえて悶えているのは、殴ったはずの美香ちゃんの方だった。


「……雷人……なかなかやるわね……」


 額からポタリと血が流れ落ちる。


 嫌、何もしてないけどな……。


 俺の手の平、そんなに硬いのか?


「乃愛の時も思ったけど……何故攻撃してこない……なんか腹立つわね」


 う、そんな事言われても。


「ま、まだ……こちら来たばかりだから……わかるだろ……」


 女の子を殴ってはいけないという自制心が、俺の拳を鈍らせる。


 ま、男だから殴っていいとも思わないが。


「気持ちはわかるけど、異界ではそれが一番傷つくのよっ」


 美香ちゃんの両手が、ぼんやりと妖しい光を帯びる。


(ん? アレは嫌な予感)


「やあぁっ──」


「──嘘だろって」


 白い塊のオーラが、空気を押し退けながら飛んでくる。


 俺は全力でその下を潜り抜け、駆け出した。


 体が雲のように軽い。


 ヒュウウゥン──


 一瞬で間合いを詰め、俺は美香ちゃんの真横まで肉薄すると、軽く手刀を肩へ振り下ろす。


 ガン──


「きゃ──」


 え、強かったか?


 先程放たれたオーラは、俺たちの後方で爆発していた。


 ボゴォォーン──


 灰色の煙が立ち込め、巻き込まれた観戦者が数名、無残な姿を晒している。


「試合終了──」


 審判の先生が、俺の手を高く掲げる。


「いたた……私の負けだ……」


 美香ちゃんは、それでもどこか満足そうに笑っていた。


「は……い……異界こわい」


「あんたの方が怖いわよ……」


 美香ちゃんが立ち上がる。


 その体にはすでにダメージらしきものは見当たらない。


 後方で無惨に倒れていた数名も起き上がり、


「すげー、あの転校生やべー」


 と、こちらに向けて喝采を送っていた。


(これが異界の日常か……)


 そう思いながら周りを見渡すと、先生たちが人型の人形のようなものを運んでくるのが目に入った。


「なんだアレ……」


「魔法訓練用の機械人形オートマタだね」


「ふむふむ……」


「そう言えば、雷人はスキルハズレらしいけど本当に?」


 美香ちゃんがジト目でこちらを覗き込む。


「あ、ああ、わからないけど……雷はハズレと聞いたかな……」


 ハズレスキルな感じはしないけどな。


「そうか、天候縛りだからね」


「……」


 コレは……また使いづらいな。


 どうやら機械人形の配置が完了したらしい。


「最後は魔法訓練授業です。集まってください」


 俺たちは言われた通り、指示された場所へと集まった。



 体育館の高い天井から差し込む陽光が、磨き上げられた床に長い影を落としていた。今日は魔法訓練授業。


 張り詰めた空気の中、乾いた音が響く。


 ボォッ──ドーン


 一番手は美香ちゃん。


 凛とした立ち姿で、機械人形オートマタに向かって杖を構えている。


 どうやら今回は対人訓練ではなさそうだ。


「生命の炎よ! 我が怒りの炎となり燃やし尽くせ『ファイアボウル』!」


 澄んだ声が体育館に響いたかと思うと、杖の先端が赤く輝き、火炎玉が唸りを上げて打ち出された。


 ボゴォォーン──!


 爆炎が視界を染め上げ、爆音が体育館の壁に反響する。


「何やら数値がでてるね? アレは?」


 思わず呟くと、


「あれはダメージ値だよー」


 佐倉乃愛ちゃんが、するりと距離を詰めながら答えてくれる。


「な、なるほど……ちょっと近いかなぁ」


 この子は相変わらず距離感がバグっている。


 女性慣れしていない俺は、頬が熱くなるのを自覚した。


「くすくす……もてもてだね」


 からかうような笑みを浮かべ、こちらへ歩み寄ってきたのは火村絵里ちゃんだ。


(モテてるのか? 揶揄からかわれてるだけみたいだが?)


 内心で首を傾げつつ、俺は話題を変えることにした。


「そう言えば、あの杖は──」


「あれは魔法を撃つ為の魔法杖だね」


「ふむ?」


「あれに魔力と行使するイメージを送り込んで魔法を撃つんだよ」


「イメージか……」


(中二病有利だな)


 なるほど、だから美香ちゃんもあんな中二病染みた詠唱をかましていたのか。妙に納得してしまう。


「次! 佐倉乃愛!」


 先生の凛とした声が体育館いっぱいに響き渡る。


「はい! 行ってきます」


「うん。頑張って」


 俺がそう声をかけると、乃愛ちゃんはテクテクと軽やかな足取りで体育館の中央へ歩いていく。


 小柄な体に揺れる小さなツインテールが、やけに愛らしく映った。


「可愛い……」


 思わず零れた本音に、


「声にでてるわよ」


 すかさず絵里ちゃんのツッコミが飛ぶ。


「あ……」


 完全に無自覚だった。まずい……。


 そんなやり取りをしているうちに、訓練が始まってしまう。


「佐倉乃愛さんどうぞ」


 乃愛ちゃんの杖が、鮮やかな緑色の光をまとう。


「風の精霊よ! 我が祈りに応えて全てを切り裂け『ウインドカッター』!」


 緑色に輝く円盤が、まるで草刈機の刃のように高速回転しながら機械人形オートマタへと吸い込まれていく。


 シュババババッ──


 風切り音が体育館の空気を裂き、やがて静寂が戻る。


 ダメージ値は【120】。


 ちなみに美香ちゃんは【88】だったようだ。


 トコトコと戻ってくる乃愛ちゃんの表情には、達成感が滲んでいた。


「前より少しコツがわかったかもー」


 満面の笑みで、嬉しそうに報告してくれる。


 と、次は──


「渡辺雷人さん、お願いします」


「は、はい……」


 名前を呼ばれ、俺は思わず背筋を伸ばす。とは言っても、頼りはイメージか。


 先生から一本の杖を手渡された。


「そう言えば雷人さんは初めてだったね。君専用になるから無くさないように」


「あ、はい」


 ずしりとした重みを感じながら、体育館の中央で正面に杖を構える。


「渡辺雷人さん訓練開始!」


 掛け声とともに、俺は必死にイメージを頭の中に思い描いた。


「雷神よ! 我が天命に答えよ! 轟く雷鳴で全てを穿て! 『サンダーストーム』!」


 シーーン


 あ、あれ?


 静まり返った体育館に、俺の詠唱の残響だけがむなしく漂う。


「雷人さん、残念ながら今は晴れだから、雷はやっぱりダメみたいね」


「……」


 なんてことはない、俺の中二病詠唱がただただ恥ずかしいだけの結果になってしまった。


「がっくし……」


 肩を落とす俺の周りから、クスクスという笑い声が聞こえてくる。


 これは、かなり痛いヤツなのでは? 今の俺。

 深いため息を吐きながら、とぼとぼと列へ戻る。


「まあ仕方ないよ。属性は選べないから、それに雨の日は使えるからね」


 乃愛ちゃんが、優しい笑顔で励ましてくれた。


「そ、そうだね」


「というか雷人は剣術も武術も強いから魔法無くていいんじゃあ?」


 美香ちゃんと絵里ちゃんが口を揃えて言う。


「え、うーん、強いのかなぁ」


 まあ強いというか、単にレベルが高いだけなんだけどなぁ。


 それにしても、何故魔法が発動しなかったのだろう……。


(ま、色々勉強するしかないかな)


 こうして、長く騒がしかった初日の学園生活は、静かに幕を閉じたのだった。


***


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