文明の音が絶え、緑に呑み込まれた東京。過酷なサバイバルなのに、物語の底には澄んだ静けさと美しさが漂っています。10年の歳月をかけて運ばれた小さな苗木に、時を超える和歌。壊れた世界の中でひっそりと息づく祈りのような使命感が、胸に静かな余韻を残す極上の短編でした。
東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそその歌を胸に長い旅路を歩いてきた語り手。彼の征くその旅路に、「あるじ」は居ない。大異変によって、数千万の人間が暮らしていた都はそのシステムを瓦解させ、いまや意思をもたぬ存在が闊歩する。だからこそ、その中を、忘れぬ思いを胸にいだいてひたすらに歩き続ける語り手の姿が高く匂い立つ――そんな旅のものがたり。
真夏、日陰を避けながら使命を果たすべく神社に向かう一人の男。日向を歩け、生きる屍になりたくなければ。