第37話 月クラブ襲来!
「ふざけた真似を……!」
逆立ちのまま突撃してくる自称34歳(43歳)のヘッドバットを、私たちはどうにか横っ飛びにかわした。
だが、安堵したのも束の間。保管庫の重厚なメインゲートが、轟音とともに内側へと吹き飛んだ。
「そこまでだぁ――っ!!」
怒号とともに現れたのは、漆黒のコートを纏った一団。その胸元には、怪しげな月のエンブレムが光り輝いている。
裏社会の影に巣食う過激派組織――『月クラブ』の連中だ。しかも、その全員が両手に西部劇のガンマンが好む『シングルアクションアーミー(SAA)』を握りしめていた。
あの特徴的なハンマーを起こす乾いた「カチッ、カチッ」という音が、冷徹な保管庫のなかに何重にも響き渡る。
「出たな、月クラブ……!」
55が眉間を押さえて顔をしかめる。SAAといえば、一発撃つごとにハンマーを起こさなければならない旧式の銃だ。現代の戦いにおいてはロマンチシズムの塊でしかないが、至近距離で数人に囲まれればただでは済まない。
「ハハハ! 時代遅れのオートマチックや四十肩のオッサンどもに、俺たちのSAAの餌食になってもらうぜ!」
月クラブのリーダー格が、これまた古臭いファニング撃ちのポーズを決めながらニヤリと笑った。
「蜂の巣にしてやるよ! 死ねいっ!」
その瞬間、ドンッ! と一斉に引き金が引かれた。
――はずだった。
だが、銃声は響かなかった。代わりに聞こえてきたのは、月クラブリーダーの「ぐ、ぐぅぅ……っ!」という、尋常ではない苦悶のうめき声だった。
「り、リーダー……?」
部下たちが振り返ると、誇らしげにSAAを構えていたはずのリーダーが、なぜか両足をガシッとクロスさせ、顔面を真っ青にしてその場で直立不動のポーズをとっていた。その額には、玉のような冷や汗がびっしりと浮かんでいる。
「ど、どうしたんだよリーダー! 撃たないのか!?」
「ば、馬鹿野郎……!」
リーダーは震える声で部下を睨みつけ、そして信じられないような言葉を絞り出した。
「……無理だ……撃てねぇ……!」
「は? なんでだよ!」
「さっきから……いや、今朝からのデスクワークと、この硬いサドル型のバイクシートで移動したせいで……い、痔が……いぼ痔が完全にマックスで爆発しやがった……っ!」
な、なんだって……!?
月クラブのメンバーたちは、一斉に目を見開いた。
「まじかよリーダー……」
「ああ……っ! 腰を落としてファイアするポーズをとった瞬間、患部に激痛が走りやがった……! 一 ミリも力を入れられねぇ……ここで踏ん張ったら、俺の尊厳とプライドが物理的に崩壊する……っ!」
西部劇のガンマン気取りで颯爽と現れた月クラブの面々だったが、リーダーのその一言を聞いた瞬間、次々と全員が同じような顔で股を押さえ始めた。
「あ、あれ……俺もだ……」
「まじか、お前もかよ!」
「長時間、革のトレンチコートのせいで蒸れた上に、馬乗り姿勢で下半身が圧迫されて……俺のケツのなかに小宇宙(コスモ)が爆誕してる……!」
月クラブの精鋭たちが、SAAを片手に持ったまま、全員でペンギン歩きのようにモゾモゾと身悶えし出すという、シュールすぎる地獄絵図が完成した。
もはや銃を撃つどころか、立っているだけで精一杯である。
「くそっ……おぼえてろ……! 今日はこれぐらいにしといてやる……!」
リーダーは痛みに顔を歪めながら、部下たちに撤退を命じた。
「撤退だぁ! 一刻も早く強力なボラギノールを調達するぞ……っ!」
スタタタタタタッ……! と、先ほどの65をも凌駕するような、足の幅を極限まで狭めた超慎重なカニ歩きで、月クラブの連中は逃げるように去っていった。
残されたのは、SAAが数丁と、妙な静けさだけだった。
「……なんだったんだ、アイツら」
私は左手で持っていた制式オートマチックをホルスターに戻し、遠い目をした。
「世界を揺るがす戦いだったはずが……蓋を開けたら、全員ただの『下半身の不調を抱えた中高年』じゃねぇか」
私の呟きに、四十肩の私、腰痛の宇多、古傷のタケシ、加齢臭の55、尿意の65、逆立ちの43、そして痔の月クラブが、奇妙な連帯感をもって無言でうなずき合うのであった。
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