第15話 礼くんの気遣い
リビングのテーブルを囲むように座ったところで、お兄ちゃんが紙袋を取り出した。
「こいつらからの土産だ。美空が体調を崩して休むと言ったら、見舞いに行きたいといってたからな」
「そうなの? ありがとう!」
紙袋の中には、私の好きなプリンやゼリーの詰め合わせが入っていた。
「言っておくと、これを買ったのも選んだのもお兄ちゃんだからな。美空が何をもらったら喜ぶかはお見通しだ」
「ちょっと総司さん。俺たちだって、何がいいか考えたでしょ」
「だいたい、僕たちの姿は普通の人には見えないから、仕方なく頼んだだけじゃないか」
余計なことを言ったお兄ちゃんは置いといて、二人とも本当にありがとう。
いや。もしかすると、二人だけじゃないかも。
「礼くんも選んでくれたの?」
「あ、ああ。女子が喜ぶものなんてわからないから、総司さんの意見を参考にしたけどな」
礼くんは相変わらず私に憑依していて表情は見えないけど、もしも見えたら、照れくさそうにしているように思えた。
「三人とも、わざわざお見舞いに来てくれたの?」
「うん。それもあるんだけど……どこから話せばいいかな」
そこまで言うと、彩都くんは少しだけ何か考え、またゆっくり口を開いた。
「実は昨日、空が練習を終えて帰った後で、俺たち少し揉めたんだ」
「主に、礼のせいでね」
「えっ? 揉めたって、どうして!?」
ビートの揉め事なんて、そんな今まで一度も聞いたことがない!
礼くんのせいって、いったい何があったの?
「だって礼、空への言い方キツかったじゃない。それにアイドルになりたいわけじゃないとか、頑張りに水差すようなこと言うし」
「えっ? 揉めた理由ってそれ!?」
尋ねると、礼くんは私の体を操り小さく頷く。
それって、原因は礼くんというか、私じゃない!?
「ま、待って! 礼くんはちゃんと指導してただけだし、それに、私がアイドルになりたいわけじゃなかったのもその通りだし、それでみんなが揉めるなんて……」
そもそも、私の歌やダンスがちゃんとしてたら、そんなことにはならなかったんだし、申し訳ない気持ちが溢れてきて、胸が痛くなる。
すると、礼くんが小さく声を漏らした。
「────っ! こういう痛みも、しっかり感じるんだな」
「あぁっ! ごめん!」
礼くんが憑依している今、胸の痛みも伝わってしまう。
さらに申し訳ない気持ちになるけど、ここで自己嫌悪に陥ったら、ますます胸が痛くなる。
落ち着け私。落ち着くんだ!
「いや、謝る必要はない。俺が思ったことちゃんと伝えられていたら、そんなことにはならなかったから」
「えっ、どういうこと?」
「空が、アイドルになる気はなかったとか、うまくいかなくても練習を続ける気なのかとか、言っただろ。それは、その……空がいらないとか、やってもムダとか、そんな風に思って言ったわけじゃないから」
「そうなの!?」
私の体を使って話す礼くんの声は、とても申し訳なさそう。
それに、さっき必死で落ち着けたはずの胸の痛みが、また出てきている。
多分これは、私じゃなくて礼くんの心が引き起こした痛み。憑依されていると、こういう形で少しだけ相手の気持ちがわかることがあるの。
「じゃあ、どういう意味なの?」
「それは……悪いと思ったんだよ。いつまでも、俺たちに付き合わせるなんてことになったら」
「悪いって、どうして?」
「だって、ビートのメンバーになるならパフォーマンスに妥協は許されないし、厳しく指導することだってあるだろ」
それは、その通り。
特に礼くんは、歌もダンスも、とてもストイックに打ち込んでいる。きっと、妥協なんてできないだろうな。
「それどころか、追い込んで、無理をさせてしまうかもしれない。現に、こんな状態で練習しようとしてただろ」
「うっ……」
それは、全く反論ができない。
「俺たちと違って、空はアイドルになりたいわけじゃない。俺たちのライブを成功させるために協力してもらってる。それは、凄く感謝しているんだ。けどそのために練習させて、厳しいことも言って、そんなのを続けていってもいいのか、ずっと悩んでたんだ」
昨日は、私があまりにもダメだから、止めた方がいいと言われてるんだと思ってた。
だけど、そんな風に考えていたなんて。
さらに、悠真くんたちも続けて喋り出す。
「礼がそんなこと考えてるって知って、僕や彩都も悩んだんだ。僕は、空がビートに入ったら楽しいと思うよ。けど、空に無理をさせるのは違うと思う」
「それで、空からもちゃんと話を聞こうと思ったんだけど、今日練習に来れなかっただろ。だから、お見舞いを兼ねて話ができないかってことになって、総司さんに連れてきてもらったんだ」
「話すのも辛いようなら、土産だけ置いて帰ってもらうつもりだったんだけどな。そしたら、練習しようとしている美空と鉢合わせしたというわけだ」
みんなの視線が痛い!
無理させてないか心配して来たら、思いっきり無理してる現場に遭遇したんだ。
それは、礼くんが声をあげたのも無理はない。
「今の話をした上で、改めて聞きたい。空は、俺たちに付き合わされて、辛くないか? これからも、続けていこうと思うか?」
私の体を借りて、礼くんが言う。
きっと、ここで私が辛いと言ったら、礼くんはビートを辞めた方がいいと言うんだろうな。
私に、無理をさせないために。
なら、いったいどう答えるべきなのか。
それを決める前に、どうしても聞かなきゃいけないことがあった。
「……あの、ひとつ確認していい? 礼くんは、ううん、他のみんなも、私の歌やダンスやその他色々がダメだからやめた方がいいって思ってるんじゃないんだよね?」
「ああ。このまま練習を続けて、どうしてもうまくいかなければ別だけどな。今はまだ、それを決める段階じゃない」
よかった。それなら、私の答えは決まってる。
「それなら続ける。私じゃダメだと思ったら、その時は遠慮なく言って。けど、付き合わせてるからとか、無理させてるからとか、そういう気遣いはいらないから」
「いいのか? そんなにあっさり決めて」
いい!
迷うことなく即答したけど、考えなしに決めたわけじゃない。
「すっごく大変なのはわかってる。それでも、私にできることは精一杯したいの。これは、私がビートにできる恩返しのようなものだから」
「恩返し?」
私の言葉に、お兄ちゃん以外のみんなが怪訝な顔をする。
ここは、しっかり伝えなきゃ。ビートのおかげで、私がどれだけ救われたかを。
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