第50話

ルベリアの夜空を完全に支配した巨大な光の天使

その圧倒的な質量と輝きはスラムの泥すらも白く染め上げ信者たちの脳髄に直接神の威光を刻み込もうとしていた

光の雨が降り注ぐたびに廃棄者たちの肉体の欠損は塞がり長年の飢餓による衰弱が嘘のように消え去っていく

教皇庁が国家の全資産を投じて展開した一世一代の無料キャンペーン

市場シェアを奪い返すための巨大な広告塔を見上げるユーゴの口角は耳まで裂けんばかりに吊り上がっていた

彼は掲げた迷宮都市のマスターキーをリゼの魔力盤のコアへ容赦なく突き立てる

「やれリゼ 神様のメッキを全部引っぺがしてやる」

リゼの白く退色した亜麻色の髪が魔力盤から逆流する異常なエネルギーの余波で激しく舞い上がる

彼女の細い指が盤面を叩き割るほどの速度で最終承認のコードを次々と打ち込んでいった

「迷宮地下増幅炉リミッター全解除 蓄積された呪いの残滓をルベリア上空の座標へ強制転送 供給ルートのゲートを開くわ」

ユーゴたちの背後に構築された空間の歪みからどす黒い泥の奔流が天に向けて間欠泉のように噴き上がった

それは迷宮の底で数万の底辺労働者たちが使い潰されてきた怨念の残滓であり一切の価値を認められなかった廃棄物の集合体

美しい光の雨が降り注ぐ夜空を下から上へと真っ黒な泥の槍が重力を無視して逆流していく

光と泥

神の奇跡と底辺の悪意が上空で真っ向から激突した

物理的な轟音すら鳴らない

ただ空間の法則そのものが内側から軋みを上げるような強烈な不協和音がルベリア全土の空気を震わせた

巨大な光の天使の足元に黒い泥がへばりつき純白の羽根をドロドロのタールのような色に染め上げていく

天使が奇跡の光を放って泥を浄化しようと抵抗するが迷宮の底で数百年熟成された呪いの質量は教皇庁が急ごしらえで放出した備蓄エネルギーを遥かに凌駕していた

「シエル 泥の供給ルートの完全固定を」

アイラが双剣を構えユーゴの周囲に展開する妨害者を警戒する中でシエルが両手を天空へ向けて伸ばす

「対象の空間座標をロック 迷宮都市からの物理的バイパスを完全に固定化 泥の供給量を三百パーセント増幅する」

シエルの深海のような青い瞳が激しく発光し上空へ向かう泥の奔流はさらにその太さと密度を増していった

泥は光の天使の胴体を食い破りその神聖な顔面へと容赦なく這い上がっていく

空を見上げて祈りを捧げていた市民たちの顔が一斉に硬直する

彼らの目に映るのは自分たちを永遠に救済するはずの神の使いが薄汚れた泥にまみれ醜く身悶えしながら崩れ落ちる姿だった

天使の顔面にあたる部分が泥に完全に侵食されドロドロと溶け落ちていく

街を癒していた光の雨はいつしか黒い灰となって降り注ぎ白亜の大理石の石畳を容赦なく汚していく

ルベリアの美しい大理石の街並みが信仰エネルギーの消失と共に急速に劣化を始める

街路樹を彩っていた魔法の光はプツリと音を立てて消え去り建物を支えていた見えない力場が消失したことで白亜の尖塔のあちこちに物理的な亀裂が走り始めた

教皇庁が演出していた無菌室のような完璧な街はエネルギーという名の血液を失い急速に死の街へと変貌していく

祈りを捧げていた信者たちは自分たちの足元で崩れていく石畳を見てついに現実を突きつけられた

神の奇跡は無尽蔵ではなくただの有限の資源でありそれが尽きればこの街は迷宮都市の廃棄街と何ら変わらないただのスラムになるという絶対的な事実

彼らは空に消えた天使の残骸と足元の崩壊を見比べながらこれまで自分たちがどれほど不条理な契約を結ばされていたのかを完全に理解した

群衆の中から祈りの言葉が完全に消え失せる

教皇庁が絶対の価値を保証していた信仰という名の通貨が今この瞬間市民たちの頭の中でただの紙くず以下のゴミに成り下がったのだ

リゼが魔力盤の表示を読み上げる

「教皇庁のエネルギー備蓄 完全にゼロを記録したわ これ以上の光の供給は不可能 天使の形態維持プログラムが崩壊する」

リゼの宣告と全く同時に上空の巨大な天使は内側から黒い泥に完全に飲み込まれ巨大なガラスが砕けるように粉々に砕け散った

夜空に再び暗闇が戻りあとには汚れた黒い灰が雪のように降り積もるだけの完全な静寂が残された

ルベリアの中心部にそびえ立つ教皇庁の最深部

最高会議室の中央に鎮座していた巨大な水晶の柱が乾いた音を立てて真っ二つに割れた

十二人の枢機卿たちはその場に崩れ落ち自らの震える手を信じられないものを見るように見つめている

彼らの法衣を包んでいた神聖な光の波紋は完全に消え失せただの薄汚れた白い布切れに変わっていた

玉座に座る教皇の痩せ細った体が激しい痙攣を起こす

彼らは市民から吸い上げた生体エネルギーで自らの命を強制的に延長してきた

その供給源が完全に断たれた今彼らの肉体は本来の老いと死を急速に迎えようとしている

最高会議室の床に倒れ伏した枢機卿の一人が喉から血を吐き出しながら絶命する

彼らが吸い上げていた生体エネルギーは彼ら自身の細胞を維持するための生命維持装置でもあった

それが強制的にシャットダウンされた結果数百歳という彼らの本来の年齢が一瞬にして肉体に牙を剥いたのだ

玉座の教皇はすでに声を発することすらできず白濁した眼球で天井のひび割れを見つめることしかできない

絶対的な神の代理人を自称していた者たちの最後は誰の記憶にも残ることのないただの無力な老人の死という形で幕を下ろした

武力を行使することなくただ市場に泥を流し込まれただけで数百年続いた宗教国家の心臓が完全に停止したのだ

旧市街の天幕の前でユーゴは降り注ぐ黒い灰を顔に受けながら低く笑った

彼の足元には銅貨の山が積まれたままである

「これで神様の金庫は完全に空っぽだ 奇跡の価値はゼロ 誰も祈らないし誰も救われない ただの破産した宗教法人の出来上がりだ」

ユーゴは魔力通信機を取り出しルベリア全土の魔力放送網へ強制的に回線を繋いだ

シエルの魔力とリゼのハッキング技術によって教皇庁の通信インフラはすでにユーゴの完全な支配下にある

「聞こえてるか ルベリアの市民ども そして神様気取りの坊主ども」

ユーゴの低い声が白亜の街の隅々にまで設置された拡声魔導具を通じて響き渡る

市民たちは空から降る灰を被りながらその声に耳を傾けた

「お前らが今まで命を削って買っていた奇跡の正体は教皇庁がポンジスキームで回していたただの自転車操業だ 今空で天使がぶっ壊れたのを見ただろ あれで教皇庁は完全に自己破産した 今日からこのルベリアの奇跡の市場は俺たち迷宮都市の特務法人が完全に引き継ぐ」

ユーゴは足元の銅貨の山をブーツの先で蹴り崩した

「教皇庁のジジイども お前らが抱え込んだ莫大な負債と信者どもへの未払い配当は全部俺が肩代わりしてやる その代わり教皇庁のすべての施設と土地の権利は今この瞬間から俺のものだ 立ち退き料はそこに落ちてる銅貨一枚払ってやるからさっさと荷物をまとめて出ていけ」

神の国に対する完全なる敵対的買収の宣言

剣を一度も交えることなく一国の支配権が泥にまみれた道化の手に渡ったのだ

アイラが双剣を鞘に収め小さく息を吐き首を横に振る

「国を一つ丸ごと買い叩くなんてやり方が極端すぎるぞ」

「これはただの正当な企業買収だ 神様が経営不振に陥ったから優秀な経営者が助けてやっただけさ」

シエルが虚空を見つめながら状況の推移を告げる

「教皇庁内部の生命反応が急速に低下 物理的制圧の必要性は皆無と判断 ルベリア全域のインフラ制御権の完全掌握を確認」

リゼが魔力盤を閉じユーゴの隣に並び立った

「これで迷宮都市に続きルベリアも完全に私たちの経済圏に組み込まれたわ 世界の半分はもうユーゴのポケットの中よ」

反逆者たちは空から降る黒い灰の中で絶対的な勝利を確定させた

信仰という名の搾取システムを完全に解体し残るは世界の真理そのものを完全に暴き出しすべてのババ抜きを終わらせる最後の戦いだけである

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