初めての戦場
王都から半日程馬を走らせた場所。
国境砦。
魔族軍の侵攻。
黒煙が立ち上り、角笛が鳴り響く。
「総員、迎撃!」
騎士団が突撃し、魔物の群れと激突する。
金属音、爆発、悲鳴。
初めて見る本物の戦場だった。
リーゼは白い法衣をまとい、震える手で杖を握る。
(これが……戦場……。)
目の前では騎士が吹き飛ばされ、血を流して倒れる。
「ぐあああっ!」
その瞬間。
「聖女様!」
一人の騎士が叫んだ。
「俺を治してくれ!」
リーゼははっとして駆け寄る。
傷口へ震える手をかざす。
「ヒール……!」
淡い光が騎士を包む。
傷は少し塞がる。
「ありがとう……。」
だが、その直後。
「衛生兵!」
「こっちも重傷者だ!」
「足が動かない!」
「魔法使いが倒れた!」
四方八方から悲鳴が飛ぶ。
「聖女様!」
兵士が怪我人を抱えて駆け寄る。
「お願いです!」
「こいつを助けてください!俺を庇ってやられたんです!」
リーゼは息を呑む。
(ど、どうすれば……。)
さらに。
「聖女様!」
「仲間が!」
「早く!」
「聖女様!」
「こっちだ!」
「聖女様!」
「お願いします!」
「聖女様!」
「助けてください!」
「聖女様!」
「まだ息があります!」
「聖女様!!」
声が重なり、押し寄せる。
誰を先に助けるべきか。
誰を見捨てるべきか。
その選択ができない。
リーゼの視界が揺れた。
(無理……。)
(みんなを助けたい。)
(でも、一人しか治せない。)
(あっちも……。)
(こっちも……。)
涙が滲む。
足が前へ出ない。
杖を握る手が震え続ける。
周囲では次々と騎士たちが倒れていく。
「ぐああああっ!」
「援護を!」
「押し返せぇ!」
怒号と悲鳴が絶え間なく響く中、リーゼは立ち尽くしたまま動けなかった。
聖女としての力はあっても、初めて命の重さを突きつけられた少女には、その現実はあまりにも過酷だった。
魔族軍の猛攻は止まらない。
「ぐっ……!」
騎士団長が魔族の一撃を受け、膝をつく。
「このままでは……押し切られる!」
兵士たちの士気も限界だった。
その時――
ふわり。
風に乗って、どこか覚えのある匂いが戦場を包んだ。
最前線の若い兵士が顔を上げる。
「この匂い……。」
隣の兵士が目を見開く。
「間違いない!」
「セシリア様だ!!」
その瞬間。
兵士たちの体に力が満ちていく。
「うおおっ!」
「体が軽い!」
「剣が振れる!」
「これなら戦える!」
同時に――
魔物たちが苦しみ始めた。
「グルル……?」
「ギャアアア!」
巨大なオーガが膝をつく。
ワイバーンが高度を保てず墜落する。
魔族の将軍が目を見開いた。
「何だ……これは!」
「身体が重い……!」
「魔力が練れん!」
一人の魔族が叫ぶ。
「人間の強化だけではない!」
「我らまで弱体化しているぞ!」
戦況が一変した。
「今だぁぁぁ!」
騎士団長が剣を振るう。
先ほどまで押されていた騎士団が、一気に前線を押し返す。
リーゼは呆然と振り返った。
街道の向こうから、一台の公爵家の馬車がゆっくりと近づいてくる。
御者が馬を止める。
扉が開き、一人の少女が降り立つ。
淡い金髪を風になびかせたセシリアだった。
少し息を切らしながらスカートの裾を持ち、一礼する。
「皆様。」
「遅れて申し訳ありません。」
兵士たちの顔が一斉に明るくなる。
「セシリア様!」
「来てくださった!」
「これでもう負けない!」
騎士団長は剣を掲げた。
「総員、反撃開始!」
「セシリア様の一時間を無駄にするな!」
「おおおおおおっ!!」
歓声が戦場に轟く。
リーゼはその光景を見つめたまま立ち尽くしていた。
(そんな……。)
(聖女は……私なのに。)
目の前では、人々が希望を見出したようにセシリアの名を叫んでいる。
「セシリア様!」
「ありがとうございます!」
「あなたのおかげで戦えます!」
その歓声は、戦場全体へ広がっていった。
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