第十五話 見ている人

 翌朝。


 広場には、昨日より少し早い時間から子どもたちが集まっていた。


「今日は負けないぞ!」


「先に一本取る!」


 元気な声が響く。


 その中で、昨日何度も転んでいた少年は、木剣を手に自分の足元を見つめていた。


 昨日、旅人に言われた言葉を思い返す。


 ――それでも、もう一度握られるのですね。


「……」


 少年は木剣を握り直した。


 やがて稽古が始まる。


 向かい合った相手が木剣を構えた。


「いくぞ!」


 少年は小さく頷く。


 相手が勢いよく踏み込み、木剣を振る。


 昨日までなら、ここで慌てて振り返していた。


 少年は木剣を握る。


 けれど、振らなかった。


 一歩だけ、身体を横へ動かす。


 木剣が目の前を通り過ぎた。


「おっ?」


 木陰で見ていた老人が、小さく目を細める。


「避けた!」


 周りの子どもたちが声を上げる。


 少年自身も目を丸くした。


「今の……」


 少年は自分の足元を見る。


 先ほどまで立っていた場所から、ほんの一歩だけ離れていた。


 少年はもう一度、木剣を構える。


 今度は先ほどよりも、少しだけ肩の力が抜けていた。


 老人は何も言わず、その姿を見つめていた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の稽古が終わる頃。


 老人が少年を呼び止めた。


「少し変わったのう」


 少年は照れくさそうに笑った。


「昨日、旅の人に言われたんです」


 少年は手の中の木剣を見る。


「何度転んでも、手放してないって」


「そうか」


 老人はそれだけ言って、少年の足元へ目をやった。


 昨日までとは、立ち方が少し違っている。


 少年も自分の足元を見る。


 そして、もう一度木剣を握り直した。


 ◇ ◇ ◇


 その頃。


 桜花は街道を西へと歩いていた。


 広場はもう見えない。


 子どもたちの声も届かない。


 春風が草花を揺らしている。


 桜花がふと足を止めると、一羽の白い蝶が羽織の袖先にとまった。


「……」


 しばらくすると、蝶は羽を震わせ、青空へ舞い上がっていく。


 桜花はその姿を静かに見送り、再び街道を歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕暮れ。


 老人は広場を片付けながら、木剣を振る少年へ目を向けた。


 他の子どもたちは、もう帰っている。


 少年は一人、何度も足を運んでいた。


 一歩。


 また一歩。


 時折、身体がぶれる。


 そのたびに足を止め、もう一度構え直す。


 そして、ゆっくりと木剣を振る。


 木剣が、夕暮れの風を切った。


 老人は小さく頷く。


 何も言わず、ただその姿を見ていた。

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