たった一手で変わった世界

兼乃木

第1話 コミックスの世界

 気付いたのは、妹にニヤニヤと嗤いながら言われた瞬間だった。


「羨ましいわ、お姉様。あのアイルファ公爵家の方からの打診だなんて」


 父と母は忌々しげに私を見て「長女を指名して来るなんて」と吐き捨てているのに、何故か妹は愉快そうにニヤニヤ嗤っているのだ。


 エリシクル王国

 アイルファ公爵家

 ベルトリータ伯爵家


 私はベルトリータ伯爵家の長女セイラ

 妹はベルトリータ伯爵家の次女アリア


 そして婚約の打診があったのはアイルファ公爵家の長男ジェイス


『婚約破棄された令嬢は王子に見初められて溺愛される〜伯爵ごときが頭が高くってよ、お父様』


 断片的な情報がひとつになって、私の中で答えを導き出した。

 ここは前世で読んだ女性向けのコミックスの世界そのものだと。


 セイラは主人公で、アリアはザマァされる妹である。なんでニヤニヤ嗤っているのか余計に分からなくなった。


 ううん、突然前世がどうこうと脳内に浮かんで、私も混乱している自覚はある。

 アリアにも前世の記憶がある訳ではないのだから、ニヤニヤ嗤いの理由は別にあるのだろう。


 ジェイスが醜男だから的な!

 …いや、顔面は人並み以上だった。

 性格は最低最悪だったけど。


 婚約者の妹と浮気して、婚約破棄を一方的に突き付けて来るゴミだったけど。


 まさか有名なのだろうか、ゴミ男のクズっぷりが。

 いやでも、そんなゴミカスと浮気するんでしょ、この子。


 男を見る目がないわあ……じゃなかった。


「まだ決まった訳ではないのですよね?アリアを見たら気を変えられるかも……」

「お前ごときに言われるまでもないわ、この無能が!」

「なんとしてもアリアに変えていただくわよ!」


 両親が長女のセイラを罵倒する理由は、前妻の娘だからだ。

 母は後妻でアリアの実母である。


 これ系の異世界恋愛物のテンプレ設定だ。


 父と前妻の仲がアレでソレでと、だいたいテンプレ設定だから説明する必要はないだろう。

 こいつらモブだし。

 ザマァされるモブだし。


 タイトルに頭が高ぇのよ伯爵ごときが、と入っているけど、テンプレザマァイベント後は消えるモブなのだ。


 今すぐ目の前から消えろゴミクズども。


 じゃなかったわ。混乱混乱。

 セイラ、悪い伯爵令嬢じゃないわよ。ヒロインだからね。


 でもセイラ、まだ10歳なので本編が開始される5年後まで虐待される事が決まっているのだ。

 今も差別をされて、使用人のようなボロを纏っている。


 耐えられないので逃げようと思います。






 数日後にアイルファ公爵家で顔合わせが行われる事になった。


 先方は顔合わせなど省略して書面上の婚約を交わせば充分だと考えたようだけど、ベルトリータ伯爵家側が強硬に主張したのだ。


 次女のほうが優秀だ次女のほうが優秀だ次女のほうが優秀だ次女のほうが優秀だ次女のほうが優秀だ!と馬鹿のひとつ覚えで。


 仕方がないのだ。次女はともかく両親はアホだから。語彙力もないし。


 ちなみに次女も両親に良く似ているので、優秀だと思っているのは親バカたちだけだ。


 さすがに長女にボロを着せて人前に出してはいけないと理解していたようで、私もそれなりのドレス姿で公爵家にやって来た。

 妹のアリアのほうがきらびやかで高価なドレス姿なのは言うまでもないだろう。


 そんな主役より派手派手しい恰好をしたゴミとカスがいるって本当ですか?本当です。


 描写する価値のない連中はともかく、アイルファ公爵家のほうも問題が多い家だ。

 たとえ相手が格下の伯爵家の人間だろうと、なんで使用人どもが見下した態度をとるんですか?


 原作を読んだから知ってるけど。


 王国有数の大貴族の屋敷に入り、家族3人とオマケの私が案内されて広い部屋に通された。

 中央に応接用のローテーブルとソファがあり、高級そうな調度品が室内に配置されている。


 飾られた花までゴージャス。


 ゆったりとしたソファに座って少し待たされたが、紅茶が淹れられて各々の前に置かれる程度の時間である。


 このゴミ溜めで唯一イケメンで有能な公爵が、息子と一緒に入って来た。


 伯爵家一同は立ち上がって挨拶を交わす。

 ゴミとカスとクズでも基本的な礼儀作法は叩き込まれているので、表面上は和やかだった。


 軽い世間話もなしに「次女のほうが優秀だ!」と主張するアホだけど。

 使用人たちが軽蔑のマナザシだが、気付いていない事だろう。


 使用人ごときがお貴族様を見下すなんて考えた事もない人種だから。


 私は黙ってジェイスを窺う。

 派手好きなので、見た目が華やかなアリアのほうに興味を示しているのが分かる。


 私のほうへは侮蔑の目を向けているけど。


 こっちこそ願い下げじゃ、ダァホ。


 じゃなかったわ、オホホ。


 アホどもは必死に次女を売り込んでいるが、語彙不足でお話になっていなかった。

 優秀だ!の一点張りで誰が考えを変えるんだっての。


 そもそも公爵は事前に下調べをした上で長女を指名したのだ。


 セイラ、つまり私の母のほうが後妻より血筋が良いし、私のほうが優秀だから。


 この場合の『優秀』は、貴族だけが持つ『魔力』量についての評価だ。

 テンプレ設定で良くある、分かりやすい格差を示すもの、それが魔力だ!


 原作でいろいろ説明されていたからそっちを読んで欲しい。

 私の人生にあんまり関係ないからどうでも良いというか……利用はするけど、成り立ちとか知らんし。


 魔力は5歳か7歳あたりに神殿で測る設定になっていた。

 光の魔力を持つ聖女とか、なんかそんな奴よ。


 ヒロインであるセイラは後妻の陰謀で、実際より少なく申告されてしまう。伯爵に。

 でも神殿側には正しい測定結果が記録されていて、公爵はこちらの神殿の記録を見たのだ。


 妹はもちろん実際より多く申告されている。伯爵に。


 家庭内の話だから犯罪じゃないよ。

 単に後妻に神殿の記録を改竄させる力がなかっただけだと思うけど。


 ここに正しい記録があったから王子様が出て来てザマァしてくれるので、変えられなかったのだろう。たぶん。


 つまり伯爵は次女のほうが魔力が多いと信じているが、騙されているのは伯爵だけなのだ。

 いや、セイラもか。

 アリアは知っていたという設定だった気がする。


 聞かされていた姉の魔力量より少ないと、測定時に気付いてしまったという話だったはずだ。


 一般の貴族女性の中でもワースト10くらいの少なさだったとか、ザマァ対象なので設定が可哀想だった覚えが……


 なんて思いながらアホの主張を聞いていたが、私はタイミングを見計らって立ち上がった。


「申し訳ございません、公爵様!」

「どうかしたのかい、セイラ嬢?」

「ジェイス様が私にゴミを見るような目を向けて来るんです!生理的に受け付けませんわ!」


 直後に後妻が飛びかかって来て私の口を塞いだ。

 子供の戯言と聞き流すラインを越えてしまったのか、青褪めて顔を引き攣らせていた。


 公爵は私たちではなく、息子を見ている。

 息子のほうは私の発言が真実だと分かる表情でこちらを見下していた。


「父上、生理的に受け付けないのは僕のほうです!アリア嬢のほうが良いです!」

「おお、なんと!お聞きになったでしょう!次女のアリアのほうが優秀で可愛いのですよ!」


 息子もアホなら伯爵もアホだった。

 同じアホなら踊らにゃ損々!とアホ踊りを始めている。謎のデュエットが始まったな。


 でもこれでドローですよ。

 乗って来ると思ったぜ、このビッグウェーブに。


 じゃなかった。

 どうにも前世の柄の悪さがちょいちょい顔を出して困りますわね。うふふ。


 言うほど前世の事を思い出してないんですけどね。






 婚約は上手く行ったはずだ。

 もちろんアホとアホの夢のカップル誕生だ。


 どうせ浮気してくっつくんだから、運命のカップルなのだ。

 原作ではザマァされて2人で不幸になってたけど。


 婚約破棄とかしないから、きっとザマァされないよ。


 私も「不幸になれよ」と肩を叩きたい気分だけど。

 今後関わって来ないなら幸せになってくれても良くってよ。興味ないから。


 そして私は公爵家に対してありえない発言をした罰として勘当されて、屋敷を放り出された。

 ヤッフー!


 いえ、貴族の女子が勘当されて身ひとつで放り出されるなんて人生が詰んだと思うかもしれない。

 だが私はこの世界のヒロイン!


 のスペックを持って生まれた勝ち組ですので。


 神殿に行って魔力測定の結果を書面で出してもらって、こいつを持って魔法塔という魔法使いの研究施設に行くじゃろ?


「な、なんて『魔力』量だ!」

「魔法使い志望だと!?貴族の令嬢が!?」

「家を勘当されて今は平民です。お買い得です」


 熱烈大歓迎されました。


 原作ではここにはサブキャラの大魔法使いがいて、ヒロインの味方をしてくれる善人だった。

 信じてたよ、じっちゃん!


 そんな訳でこの世界の主人公は大魔法使いの弟子になりました。

 王子様は好みじゃなかったし、新たな人生こそ薔薇色に輝いて見えますことよ!


 あ、貴族の令嬢言葉はもういらないな。


 次回、新生セイラ「おまえ本当に貴族の令嬢として育ったのか?」ともっともな疑惑にさらされる!


 かもしれないね。

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